つかれたらつきかげあびよ 4
naka-motoo
つかれたら散歩しよう
わたしがたいちゃんを幼稚園に送っていく時、かならず通る家がある。
神社の鳥居から朝日がのぼる方向に向かって前につながる大通りの途中にある一階だての一軒家。
その窓からね、ウチのおばあちゃんとおなじぐらいの年のやっぱりおばあちゃんが通りをながめてるんだよね、毎朝毎朝。なにしてるのかな、って思ったら、たいちゃんを見てるみたい。それからたいちゃんだけでなくって幼稚園に通うほかの子たちのことも。
かわいらしい子供たちを見るときっと元気になるんだろうね。そのおばあちゃんは出窓になってるところに腰かけてニコニコしてみてるよ。
それでね、その窓の脇にね、小さな鉢植えの小菊が咲いてるんだ。むらさき色のね。
「おはようございます」
たいちゃんを幼稚園に送っていく時に通る同じ敷地の小学校の前でわたしはせんせいや学校の子たちにあいさつはできないけど、このおばあちゃんにはあいさつできる。
だってわたしがおはようっていうのを楽しみに待っててくれてるって顔でわかるから。
ふんいきでわかるから。
「ほら、たいちゃんもあいさつしなよ」
「おはようございます」
おばあちゃんは声は出さないけど、ニコニコして、はいおはよう、って感じでえしゃくしてくれる。
「うーん。あのおばあさんはおとさんほどじゃないけど少女の頃は美人だったようだな」
「わかるんだ」
「オレを誰だと思ってるんだ。美少女コメンテーターのたいだぞ」
しらないけど。
夕方少し前になってたいちゃんを迎えに行く時もその家の前を通るんだけど、その時は誰もいない。
ひとりぐらしかな?
「たいちゃん。あのおばあちゃんの少女時代に時空移動して結婚したら?」
「ふっ。オレは浮気はしない」
「でもさあ、たいちゃん」
「ん?」
「ゆうべみんなでテレビ見てたとき、パリコレチャレンジ特集に出てたモデルの女の子たち、じーっと見てたよね」
「それはいわばバーチャル世界の話。リアルな現実世界では浮気しないの」
どうだか。
まあ、ウチのおとおばあちゃんのことは人格や性格まで含めて理想の女性って言ってはいるからあながちウソではないと思うけど。
でも、やっぱりウチのおばあちゃんにしたって最初は顔から好きになったんだろうからなあ。
ちょっと気になるのは、わたしのいまの顔がね、おばあちゃんがわたしぐらいの時にそっくりなんだって。
だったらわたしが高校生ぐらいになった時、やっぱりおばあちゃんにそっくりになるのかな?
たいちゃんはその時のわたしを見てどう思うのかな?
「たいちゃん」
「なんだい」
「最近あのおばあちゃん、窓にいないね」
「いそがしいんじゃないの」
「そうかなあ」
「それかさ、家のひとが連れてったとか。ひとりぐらしみたいだったから」
「だったら家族といられて幸せかなあ」
「わかんないぞ。家のひともみんないそがしくて、しせつに入れってるかもしれないし」
「しせつの部屋ではひとりなのかなあ」
「さあね」
たいちゃん、ドライだね。
「行ってきます」
「あれ、なみ?どこ行くの?」
玄関を出ようとするわたしにたいちゃんが声をかける。
「ちょっと幼稚園の前あたりまで」
「今日は日曜だよ。大体オレを置いて?」
「ちょっとね」
わたしはかけ出した。
だってひとりで調べてみたかったから。
走ちょうどいつもの朝と同じぐらいの時間にあのおばあちゃんの家の手前に着いた。そこから窓の方を見るとおばあちゃんはやっぱりいない。
「たいちゃんのいう通り、もうここにはいないのかなあ」
わたしが家の前をそのまま通りすぎようとしたら、声がした。
「・・・さん、おねえさん」
あれ?
どこから聞こえるんだろう。
おねえさん、ってわたしのこと?
「おねえさん、おねえさん」
わたしの右耳の方から声がしたから、横を見ると、おばあちゃんの家の玄関んの引き戸がほんの少しだけ開いている。
わたしは少しためらったけど、引き戸をガラガラ、って開けた。
「おばあちゃん!」
おばあちゃんが、玄関のコンクリートの床の上にぺたん、ってすわってた。
「おばあちゃん!どうしたの!?」
「ごめんねえ。わるいけどこれでサイダー買ってきてくれないかい?」
「サイダー?」
おばあちゃんがわたしに手渡したのは千円札。
「その角を曲がってすぐのところに自動販売機があるのよ。それでサイダー一本買ってきてくれないかい?」
「う、うん」
事情がわからないけど、おばあちゃんのたのみごとだ。わたしはお札を受け取って自動販売機まで歩いた。
おばあちゃんのいうサイダーはなかったけど、代わりにグレープ味の炭酸ジュースがあったからそれを一本買っておつりを受け取った。
「はい、おばあちゃん。これ」
「ありがとうね」
なんということもなく家の中を見るとね、きたない、ってわけじゃないんだけどゴミぶくろが何個も置かれたままになっててね。
それから、テーブルの上に炭酸ジュースの空き缶が何個ものっかったままになってて。
「おばあちゃん、ひとり?」
「ああ。そうだよ」
「家族のひととかは?」
「みんな遠いところに住んでるのさ」
「ごはんとかどうしてるの?」
「この間まではカートを杖代わりにしてスーパーになんとか買いものに行ってたんだけど、腰を痛めちゃってねえ」
「たいへん!病院にいかないと!」
「病院はダメなんだよ」
「どうして!?」
「お金がないのさ」
「だって、色々手続きすれば保険とかでお医者さんにみてもらえるんでしょう?」
「でもねえ、病院までどうやって行いくのさ」
「た、タクシーとか」
「タクシー代もないんだよ」
「でもでも、千円札持もってるじゃない。これで行けるよ」
「無理だよ。わたしみたいな動きのとれないおばあちゃんを運ぶにはね、お金が千円じゃ足りないんだよ」
「じゃ、じゃあさ、わたしがお母さんにたのんでみる!」
「それはやめておくれ」
「どうして?」
「おねえさんのお母さんまでまきこみたくないよ」
「でも・・・・・じゃあ、わたしでもできること、何か言いってください」
「今ジュースを買ってきてくれただけでじゅうぶんだよ。これで水分補給できるからね。ほら、これはお礼だよ」
おばあちゃんはわたしが手渡そうとしたおつりをいらないって言うんだ。
「ダメだよおばあちゃん。受け取れないよ」
「どうしてもかい?」
「うん。どうしても」
「こまったねえ・・・・・・あ、そうだ」
おばあちゃんは床に座ったまま振り返って入口のあたりからてさぐりでなにかを取り出した。
「これ、おせんべいなんだけどね。これをあげるよ」
「でも・・・・・おばあちゃん食べるものもあんまりないんでしょう?とっておいたほうがいいよ」
「これも受け取とってくれないのかい、こまったねえ・・・・」
「それよりおばあちゃん、もっと他にわたしにできることを言いって!」
そうしたらおばあちゃんはもういっかい振り返ってなにをするのかと思ったらね、テーブルの前にあるお仏壇に手を合わせたんだ。おじいさんの写真があるけどもしかしたらダンナさんなのかな。それでおばあちゃんはなにかおいのりしてるみたいにしたあとで、わたしの方に向き返って言ったんだ。
「それならねえ、おねえさん。このおせんべいをね、おそなえしてきてくれないかい」
「おそなえ?」
「ああそうだよ。この大通りを左に曲がると酒屋さんがあるの知ってるかい?」
「はい。知ってます」
「その酒屋さんから三軒ぐらいのところにとこやさんがあってね。そのとなりの家の前あたりにおじぞうさんのお堂があるんだよ」
あ。
そういえばあったかもしれない。
「そのおじぞうさんにおそなえするの?」
「ああ。そうだよ。その小さなお堂にはね、おじぞうさんと不動明王さまがおわすんだ」
「ふどうみょうおう?」
「ああ。右手に剣を、左手に縄をお持ちになったほとけさまさ。人が誰でも持っている悪い心を縄で縛って剣で斬ってね、よい心へとみちびいてくださるんだ」
「わかった。おそなえしてくる」
「きっとおねえさんに『ごかご』があるよ」
わたしはこうしておばあちゃんから重要うなたのみごとをされてそれをはたすためにおばあちゃんの家を出た。
「おばあちゃんはどうするの?」
「もう腰もだいぶよくなってね。あしたには歩けそうだからスーパーに買いものに行くよ」
「うん。わかった。おばあちゃん、困ったらいつでもわたしを呼び止めてね」
「ああ。たのむよ」
「はい」
少し歩いたところでまた声がした。
「おねえさん!あのぼうやとなかよくねぇ!」
酒屋さんを通りすぎてとこやさんも通りすぎて。
わたしはおばあちゃんの言っていたお堂の前に立った。
「あ。おろうそくがともしてある」
この家のひとがともしてくれてるのかな。それからきれいな紫のお花もあげられている。
「おばあちゃんの窓にあった花に似てる」
真ん中におじぞうさまが立っておられて、その後ろあたりを見るとね、右手に剣を、左手に縄を持ったほとけさまが立っておられた。背中にあるのはほのおみたい。
「わ・・・・こわいお顔」
怒った顔をしておられるのは悪い心を断ち切るためなのかな。
おじぞうさまのお足元のあたりにわたしはおせんべいのふくろをおそなえしたよ。
なんておいのりしようかな。
『「・・・・・あの家のおばあちゃんや、ウチのおばあちゃんや、お年寄りがみんな幸せにくらせますように・・・・』
家に帰ってたいちゃんにこの話をするとたいちゃんからこう言われた。
「なんだよ、なみ。せっかくなら『自分が幸になれますように』っていのれよ」
「ううん。いいの」
おばあちゃんはこう言ってくれた。
「そうかいそうかい。なみちゃん、それはよい『くどく』をしたねえ。そのおばあちゃんのおかげだねえ」
「おばあちゃんもそう思う?」
「思うさ。やっぱりなみちゃんはいい子だねえ」
学校へ行かないわたしだけど、おばあちゃんはいつもこうやってほめてくれる。
わたし、甘やかされてるのかなあ。
月曜の朝。
わたしとたいちゃんはおばあちゃんの家のずいぶんと手前からびっくりしてしまった。
「なんだよあれ」
たいちゃんがそう言いながら指差すとおばあちゃんの家のまわりに赤いカラーコーンがいっぱい立ってて、トラックとかショベルカーみたいなのが何台も前に止まってる。
わたしはそこにいるヘルメットをかぶったおじさんに聞いた。
「この家、工事するんですか?」
「ああそうだよ。取りこわすんだ」
「とりこわす!?」
「駐車場にするんだよ」
「あ、あの!ここに住んでたひとは!?おばあちゃんがいたんですけど!」
「さあ?もう立ち退いたんじゃないのかなあ」
それから一週間で工事は終わって、おばあちゃんの家があった場所はコインパーキングになった。
「たいちゃん、ちょっと付き合って」
幼稚園んにたいちゃんをお迎えに行った帰かえり道、わたしはたいちゃんの手を引いておじぞうさんとふどうみょうおうさまがおられたお堂の道にまわった。
「あれっ!?」
わたしは目をこすってみる。
「なんだよなみ。ないじゃないか」
「そ、そんなあ・・・・・確かにおせんべいをお供えしたんだよ!」
とこやさんのとなりの家の前にあったお堂が完全になくなってる。
「あ、すみません!」
ちょうどその家からわたしのお母さんぐらいの年の女のひとが出てきたから聞いてみた。
「あ、あの!ここにあったお堂ってどうしたんですか!?」
「お堂?ああ、引っ越ししたわよ」
「引っ越し?」
「そう。ダンナのおかあさんがね、お花とかおそなえしてたんだけど転んで骨折せつして寝たきりになっちゃって施設に入ってもらったのよ。ダンナもわたしも働いてるからおじぞうさんのお世話なんてできないからさあ。おかあさんの知り合いのお寺に引き取ってもらったのよ」
そうなんだそうなんだ
みんなとしをとってよわっていくんだ
よわっていったらじぶんでじぶんをおせわできないんだ
・・・・・わたしだってそうなのにな
わたしだってひとりじゃむりで、おばあちゃんやお母さんやお父さんや、時々たいちゃんにたすけられて生きてるのにな
だれだってそうなはずなのにな
「なみ・・・・・それ、なんの歌?」
「みんなおなじの歌」
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