レイクサイドキャンプの奇蹟

つくお

レイクサイドキャンプの奇蹟

 湖畔のキャンプ場に来た男はあまり人気のない奥まったところに一人用のテントを張った。手際の悪さから初心者だとわかった。同じ場所に四人の男たちが次々にやって来て、最初の男から適度に離れたところにそれぞれ一人用のテントを張った。すんなり設営できた者は一人としていなかった。

 はじめのうち、五人は互いに牽制し合うような雰囲気があった。その中の一人である太った男が折りたたみ椅子から二度も三度も転げ落ちるとささやかな笑いが起きた。それをきっかけに警戒心が緩み、五人の間にキャンプ道具の貸し借りをしたり、持参した食べ物を交換したりといった交流が生まれた。全員がキャンプ初心者とわかるとさらに距離が縮まった。

 午後はゆっくりと時間が流れた。ある者は物思いに耽り、ある者は採取した木の実を分けて回った。一人が広場の中央に火を焚くと、夕飯は自然とその周りに集まって食べることになった。どこから来たかという以上のプライベートな質問には揃って口をつぐんだが、連絡先の交換は思いのほか円滑に進んだ。

 五人はそれぞれ板橋、市川、横浜、川口、八王子から来ていた。全員男性で年齢は十代後半から三十代前半だった。

 少しだが酒も飲んだ。和やかな雰囲気になったのも束の間、横浜が貸したキャンプ用グローブが又貸しの果てに行方知れずになったことや、川口が食後に食べるつもりだったマシュマロがなくなったことがわかると、五人は疑心暗鬼に陥った。もともと口数の少ない男たちは険悪なムードを払拭できないまま就寝した。

 翌朝、挨拶を交わすものはいなかった。それぞれ黙々とテントや道具類を片付けはじめたが、八王子がいつまで経っても起きてこなかった。他のキャンプ客たちが続々と帰っていく中、四人はさすがに心配になってテントを覗いた。八王子は横になったまま冷たくなっていた。凍死だった。酔ったまま横になり、寝袋に入らないで寝てしまったのだ。

 四人の中に昨夜ぎこちなくなる前に一瞬生まれた連帯感がよみがえった。一番若い横浜が、八王子は死んだら見晴らしのよい場所に埋葬されたいと語っていたと口に出した。他の者はそんな話を聞いたかどうか記憶が曖昧だったが、誰しも八王子を仲間として葬ってやりたかった。すぐ目の前に湖に突き出るようにしてそびえる崖があった。高さはせいぜい二十メートルだが湖を一望できる場所だ。全員一致でそこに決めた。

 八王子は太っていた。いざ運んでみると遺体は想像以上に重く、四人がかりでも苦戦した。息が合わずに何度も落としてしまい、あちこち傷つけた。途中にみすぼらしい山小屋があった。中を物色するとチェーンソーが出てきた。ためしにエンジンをかけてみると動いた。四人は互いに視線を交わし、遺体を切り分けることに無言で同意した。

 地面に転がった部位を一人ずつ掴んでいくと、持ち手が五人いることに気がついた。五人目は誰あろう、八王子だった。他の四人は悲鳴を上げたが、八王子はきょとんとしていた。お前は死んだはずだと非難混じりに言われると、八王子は自分は死んでなどいないと反論した。現にここにこうしているではないかと。確かにその通りだった。では、チェーンソーで切り分けたのは誰の死体だったのか。

 五人は地面に部位を並べ直した。知らない男だった。他のキャンプ客か、あるいは地元の人間か。誰もその人物が何者かわからなかった。どちらにしても死体は目の前にあり、五人はもはや共犯といっていい間柄にあった。この死体は隠さなければならなかった。

 見晴らしのいい場所を望んだのは八王子だったが(八王子は昨夜そう語ったことに同意した)、そこは人目につきにくい場所でもあった。崖の上を目指すという計画に変更はいらなかった。死体を切り分けたことにより、登り坂はぐっと楽になった。

 まもなく崖の上に出た。五人は死体を地面に投げ出し、山小屋から持ってきたスコップで交代で穴を掘った。手頃な穴が掘れた。

 五人が各部位を投げ入れようとしたそのとき、不吉な地響きとともに穴の底から鬼がぬっと現れた。鬼は八王子の足を掴むと穴の中に引きずり込もうとした。八王子が抵抗すると、鬼は悪行を働いたものを地獄に引きずり込むのが自分の役目だと不気味に笑った。誘拐殺人犯は地獄に落ちると相場は決まっているのだ、と。

 鬼がはたと見回すと、その場にいる他の四人の男たちもみな凶悪犯罪者であることに気がついた。板橋は強姦魔、市川は親殺し、横浜は放火魔、川口は連続無差別殺人犯だった。五人は、自分たちがお互いに犯罪者だったことを知り驚いた。と同時に、他の犯罪者も思うところがあって一人でキャンプに来たり、何でもないことに笑ったりするような人間的な一面があるということがわかり、不思議と気持ちが和んだ。

 五人は一致団結して鬼を捕らえた。そいつを抱えて来た道を引き返し、先ほどの山小屋の脇にあったウッドチッパーにその赤黒くてがっしりした体を投げ込んだ。鬼は五人に呪いの言葉を浴びせながら辺りに飛び散った。

 その後、五人はそれぞれの悪事に精を出した。キャンプで交換したLINEは宝物となり、お互いの技に磨きをかけるために使われた。五人はそこで最新の悪事を報告したり、お互いの計画にアドバイスをしたりした。誰かが怯んでいるときは背中を押し、波に乗っているときはもっとやれと煽った。協力を募うようなこともあった。そこでは負けられないと張り合う気持ちが自然と生まれた。キャンプで五人がばらばらにしたのは誰だったのか、結局分からずじまいだった。


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