第9話 鹿島という男

鹿島『株式会社ランディア代表取締役社長、鹿島です。このような事態を招いたのは、私の力不足に他なりません。皆様を巻き込み大変申し訳ありませんでした。

………皆様はこの事態を目の当たりにし、何を考え、何を思いましたか。』

鹿島は諭すように続けた。


鹿島『我々は、仕事をします。なんのために仕事をしていますか?給料のため?生活のため?そうでしょう、それは重要なことです。ならば質問を変えます。今君たち一人一人が行っている目の前の仕事は、誰のためにやっていますか?』


栗林繊維の社員、そして大会議室にいるすべての者が黙って鹿島の言葉に耳を傾けた。


鹿島『答えは一つ。お客さまのためだ。』

鹿島の言葉に、場の空気が引き締まる。


ハッと、夏木は鹿島に目を向けた。


鹿島『我々はタイヤを作るという使命のもと、お客様のために汗水を流している。タイヤには人命を守るという重要な役割がある。例えば、お金のために作られたタイヤに誰が命を預ける?私利私欲のために作られたタイヤに、お客様は心を動かさない。すべてのサービス業は、真心なくして成り立たない。』


栗林繊維の全社員が鹿島の言葉を聞き、それぞれの思いを馳せた。


鹿島『我々の、お客様に安全を届ける次世代タイヤの開発に…皆様の力をお貸しいただきたい。』

鹿島の思いが、その場にいる全員に伝わった。


鹿島『帰るぞ!忙しくなる!』

鹿島の一言に、滝沢、高中が席を立った。

夏木は立ち上がれずにいた。


鹿島『夏木、早くしろ。始末書は明日までに出せ。』


夏木『始末書…?懲戒解雇では…?』

夏木は目に涙を溜め、驚いた顔で鹿島を見上げた。


鹿島『俺は何も見ていない。契約は成功した。なんの問題もない。お前の力をこれからも俺に貸せ。』

鹿島は情報をリークし自社の開発を他社へ渡そうとした夏木を許した。



夏木『社長…………申し訳ありませんでした……。』

栗林繊維の社員に見送られ、ランディア一同は自社へと帰っていった。



……………



株式会社ランディアが開発した次世代タイヤの売れ行きは止まることを知らず………

タイヤの歴史が変わった………

鹿島社長の手腕に密着…………


ニュースは株式会社ランディアが開発した次世代タイヤの話題で持ちきりだった。


また、シノシノラバーの不正も明らかとなり、社長である篠山、そして秘書の狩野が退陣することとなった。


そして栗林繊維の佐川は自ら退社。栗林社長の失脚を狙い、自らが社長に躍り出るための画策であった。また佐川とシノシノラバーの狩野は愛人関係であることが判明、2人の共謀に狩野と旧友の夏木が金銭の授受を条件に協力していたことがわかった。


鹿島の行きつけのバーに、顔馴染みが集まっていた。


鹿島『みんな、本当にありがとう。特に今回ばかりは藤木に助けられたよ。一年前に出した特許申請が降りるのを早めろだなんて、正直無理がある指示をしたと思っていたからな。』

鹿島は嵐が過ぎ去ったかのようにゆっくりと話した。


藤木『社長の教えの通り、真心で仕事をしただけです。通じるものですね、真心というものは。』

藤木は笑顔で答えた。


夏木『社長と藤木さんの間にはなにかあるのですか?出身地も違うし接点がまるでないので……』

夏木はもう立ち直った様子で、社長に恩返しするため一生懸命業務に従事している。

そしてずっと疑問に思っていたことを、鹿島に質問した。


鹿島『少し前に山口に出張に行ったことがあってな。』

鹿島はゆっくりと話しはじめた。

鹿島『俺が空港に着いてタクシーを待っている時、ひったくりにあってな。まあその犯人が藤木だったんだが。』


夏木『よくない話ですね……。』

夏木は鹿島に苦笑いをして見せた。


鹿島『まあ話を最後まで聞け。』


鹿島は続ける。


鹿島『当然おれはこいつを追いかけてな。だけど目の前に老父が倒れていたんだ。こいつは自分が捕まるリスクを負ってまでその老父を助けたんだよ。』

皆静かに鹿島の話に耳を傾けた。


鹿島『俺もひったくられたことなんて忘れて必死に老父を助けたよ。その一件で俺は肌で感じたんだ。こいつには真心があるってな。』


藤木は恥ずかしいのか顔を背けた。


鹿島『そこで俺は仕事を失い途方に暮れていたこの男を迎え入れることにした。もちろん面接を受けてもらって、だ。』

鹿島の腹心は、近くに置かず地方に居たのだ。


夏木『コネ入社でもないから足がつかなかったんですね。』

夏木は納得した様子でほほ笑んだ。



鹿島『ああ。面接に落ちればそれはそれでそこまでの男だったと思うことにしてたからな。甘やかしてもなんにもならないからな。だがこいつは期待に応えてくれたし信用に足る人物と判断し、今回の件を任せた。』


ウイスキーの入ったグラスの氷が、カランと音を立てた。

株式会社ランディアは前に進み続ける。


鹿島『さあ、まだまだ販売店へのプレゼンがある。やってくれるな?内山。』

鹿島は、バーの隅で話を聞いていた内山に声をかけた。


内山『お任せください。私を拾ってくれた社長に必ず恩返しをしてみせます。』


鹿島率いる株式会社ランディアの戦いは、これからも続いていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

陰謀の影には美女がいる 篠貴 美輔(ささき みほ) @shinoshino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ