愛を運ぶ猫

いちご

第1話 猫の友だち


 わたし相原三歩あいはらみほには猫の友だちがいる。


 なに言ってんだこいつって引いてない?

 もしくは人間の友だちがいないから猫を友だちとしてカウントしている痛いヤツなんだろうって思ってる?


 しゃーない。

 うん、よく言われるから生温かい目で見られるのにも慣れたよ。


 慣れたけどさ。


「わたしがチャツネのことを友だちだって思うのは自由デショ?」


 お代わりのお茶を湯呑に足しながら唇を尖らせる私の顔を見て、木村さんはにこりと爽やかな笑顔を浮かべて「そりゃ自由だよ」と頷いた。


「でもあんまり大っぴらに言わない方がいいんじゃない?友達いないかわいそうな子だって思われたくないならさ」

「失礼だなぁ。わたしにだって人間の友だちくらいいますぅ。ただ休みが合わないから最近は連絡取り合わないだけで」


 お茶を入れ終わったあとで木村さんの前にある空になった食器が乗ったお盆を引き寄せる。


「まあ俺だって三歩ちゃんとチャツネ嬢の仲睦ましい様子を見るまでは『この子かわいい顔してるのに頭は残念なんだな』って思ったくらいだし?あ、このリンゴ甘くてウマい」


 常連であり隣の不動産の社員さんだからサービスで出したデザートを指で掴んでむしゃりと食べた木村さんが目尻を下げてだらしない顔になった。

 そんな笑い方するといつもは色っぽい左の目の下にあるホクロもなんだかのほほんとして見える。


「かわいいはいいとして、頭が残念はひどくない?」

「あらら。そこは素直に受け止めればいいのに」

「どうせ高卒ですよっ!」


 しゃくしゃくという音を響かせた後でごくんと飲み込んだ木村さんは「いや後半じゃなくて前半の方」と苦笑いした。


 素直に受け止めたら照れ臭いからスルーしてるんだから放っておいて。


 つんっと横を向いてお団子ヘアーを揺らし、そのままお盆を下げるために厨房の中へと入っていく。

 流しの中へと食器を入れて手早く洗い物を済ませて時計に目をやる。


 十三時を半分回ったくらいの時間帯は大手の飲食店ならまだ稼ぎ時なんだろうけど。住宅街にある個人経営の小さな食堂では急な内見で昼食時間がズレてしまった不動産勤務の常連か午後の授業がない大学生がいるくらいだ。


 拭き上げた食器を棚に戻してじっくりと店内を眺める。


 入り口から入って右側が厨房とカウンター、左側に四人掛けのテーブルが三席ほどの小さなお店。

 それがわたしの働く”あいはら食堂”であり、母睦美が経営する小さなお城だ。


「ただいま~」


 勢いよく引き戸を開けて醤油のペットボトルを抱えてお母さんが入ってくる。戸が閉まるまでのわずかな時間にひょこりと顔を出し「にゃ~ん」と可愛らしく鳴いたキジトラの猫―—それがわたしの友だち。


 チャツネである。


「わあ~!来てたの?」

「にゃん」


 声をかけると返事が返ってくるのがまた愛らしい。

 丸く小さな顔に真ん丸の大きな瞳は金茶色、短いながらもふわふわの毛並みは茶色。長く真っすぐな美しいしっぽは揃えた前足の前にふわりと寄り添っている。

 座って見上げてくるチャツネは完璧な猫にしか見えない。


 だけど。


 女性らしい丸みを帯びた体は後ろ足の少し上、ちょうどウェスト部分が不自然なほどくびれている。

 そしてそこから後ろの部分は出会った頃の華奢な細さのままで、腰から上のふっくらとした様子とはちぐはぐに映る。


「んにゃん、にゃう、んにゃ、んんなぁうん。にゃにゃにゃにゃん」


 喉をゴロゴロ鳴らして一生懸命お喋りする姿にわたしの顔はあっという間にゆるゆるになった。

 きっとどこで日向ぼっこしてたとか、どこの猫と遊んでたとかそういう報告をしてくれているんだろうなぁ。


 はぁ、かわい。


「うんうん。そっか。楽しかった?」

「にゃっ。うーにゃん!」


 店先でごろんと横になったチャツネのお腹を遠慮なく撫でまわす至福の時間。

 春先の温かな日差しが心地いいから余計に幸せを感じる。


「ねぇ、チャツネ。わたしたち友だちだもんね?」

「んな!」


 即座に返ってくる力強い声にわたしはにんまりと笑う。


 ほらね?

 わたしとチャツネは友だちなんだよ。

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