74パーセントの想い

土蛇 尚

大人の

「カフェインレス…ない…」


 オフィスの入り口から曲がったところにある扉のない給湯室、かっこよく言えばカフェコーナー。

 珈琲マシンもカートリッジも良いものを導入してるのに、人の流れの多い配置と扉のないってところに会社のサボらせないぞと言う真意が透けて見えている。入社したばかりの頃は、無邪気にドリンクバーみたいだと思った。


 僕はいつも自分が飲んでるやつを探していた。人気のカートリッジから補充されるから配置がたまに変わる。カフェインレスは人気がないみたいで奥に追いやられてた。


「まだコーヒーダメなの?」


「あ、おつかれ様です。宮田先輩。ダメってわけじゃないですよ。口に合わないだけです」


 戸棚を漁ってた僕の後ろから先輩が話しかけてきた。珈琲マシンに残った豆の香りに先輩が付けている香水の匂いが混じる。


「ほら、また社員証が絡まってる。インターンの頃から変わらないんだから。ちゃんとしなさい」


「え、あすいません。……自分で出来ますよ」


 先輩がぐっと近づいてきて僕の首にかかってる社員証を直す。コーヒーの匂いはわからなくなって、先輩の香水の匂いだけがする。


「あの宮田先輩、結婚するんですか?同期の女子から聞いて」


「え?あぁうん。だからもうすぐ宮田先輩じゃなくなるからね」


 今更だけどあの同期は、何で宮田先輩が結婚するって話を俺にしてきたんだろう。あの子の指導担当は別の人だったはずだ。

 その子の指導担当は宮田先輩と同期の女性で、うちの会社で若い頃から競いあってたらしい。話した感じだと宮田先輩と違ってキツい雰囲気の人だった。あの子が毒された感じはしないから幸いだけれど。新人が指導担当に似ることはあるし。


「…おめでとうございます」


「ありがとう。じゃあ午後もがんばってね」


 そう言って先輩はチョコレートを1ピースくれた。六角形の小さなチョコ、カカオが74パーセント入っていて僕には少し苦い。先輩はダメ出しする時も仕事を褒めてくれた時も最後にこのチョコをくれた。

 このチョコがコンビニで売ってるのを見ると先輩がいつもくれるやつだなって思う。

 自分で買ったことはないけれど。


「はい。宮田先輩」


「だから笑。またね」


 僕は貰ったチョコレートを口に入れてコーヒーを飲む。

 口の中で六角形のチョコは角がとれて丸くなっていく。こうするとチョコの苦さはましになる気がしてる。だけど今日はダメみたい。とても苦いや。

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74パーセントの想い 土蛇 尚 @tutihebi_nao

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