―∴―

 近くの公園。そこのベンチで、私は胸の違和感を覚えながらも、休んでいた。隣には私のバイト先のケーキ屋の箱が置かれていた。きっと長谷川さんが買ったものだろう。


「珈琲です」


 長谷川さんから片手で缶珈琲を渡される。もう片手には開封済みの珈琲が握られていた。一口飲んだのだろう。


「有難うございます・・・」


 マシになりましたか?と問われるが、私は首を横に振る。長谷川さんはそうですか、と引き下がる。


 あの後、長谷川さんが私の手を引いて、この公園まで連れてきてくれたのだ。とにかく休もう、と。



 先程のことを思い返すたびに、当然の質問が頭に浮かぶ。


「どうして長谷川さんが?もう帰ったんじゃないですか?」


 少しの期待はあったりする。ほぼ外れるだろうと思いながらも、期待するこの想いに嘘は吐けなかった。



「いやぁ、実は迷子の子どもがいまして」



「ほら、この近くにイルミネーションがありまして。どうやらそこではぐれたらしいんですよ。ご両親が見つかるのに数時間かかったんですよ」


 はぁ、などと気の抜けた返事をしてしまった。

 期待外れの答えに呆れたというよりは、意外性の塊のような解答に驚いた、という方が適当な気がする。


「別に待ち伏せてたとかそういうのではないですから!」


 余計な事を考えたのか、早口で弁明をする。



「別にそんなこと思ってませんよ。助けて頂き有難うございました」


 私は立ち上がり、感謝を込めて丁寧にお辞儀をする。

 救われたのは事実だ。長谷川さんがいなかったら、私はさらにつらい思いをしていただろう。


 しかし、それを否定するように、いやいや、と言う長谷川さん。


「そんなことよりすみませんでした。助ける為とはいえ、恋人などと・・・」


 そう言うと、俯く長谷川さん。


「別に構いませんよ。その一声で助かりましたから」


 その言葉に、微笑み返す長谷川さん。



「しかし、今日はよく降りますね」

 長谷川がベンチに座り、天を見ながら言葉をこぼす。

 そして、こう続けた。


「私、世界とケーキって似てるって感じるんですよ」

 正確には冬の世界とケーキが、と訂正する。


「この雪が降りきったら、一面は真っ白になるでしょう?何処となく、ケーキと似てませんか?」


 私はクエスチョンマークを浮かべながら、話を聞く。


「冬の間、私はこの空気感が甘く感じるんですよ。ついついケーキを食べたくなってしまう」


 長谷川さんは笑う。


「珈琲で、やっと中和できるぐらい甘いんですよ。そうやって珈琲ばっかり飲むから糖分が欲しくなるわけですが」


「だから去年は毎週のように?」

「そういうことです」


 長谷川さんは缶に残った珈琲を飲みきり、ゴミ箱に投げ捨てる。外れることもなく、ゴミ箱に吸い込まれるようであった。


「糖分が欲しくなりましたね」

「まぁ、ブラックですから」


 私も丁度飲みきったところだった。

 まるで長谷川さんは見計ったかのように、私に嫌な笑みを向ける。


「ここからうちが近いんです。良ければそのイチゴの乗ったケーキ、一緒に食べませんか?」


 一瞬驚いたが、瞬時に全て理解する。


 そして私は彼にこう言うのだ。


「喜んで」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

甘美なる銀世界 Racq @Racq_6640

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説