終章 永遠の結び
在りし日。温泉宮で玄宗皇帝と面会する直前に女道士となって、楊太真と号した。その時に、死後の仙界への行き方を聞いていたのが、思わず役に立つこととなった。
土地神と出会い、通行手形を受け取った。しかし、代わりに大切な物として何を渡せば良いのか。
楊貴妃はしばし考えた。錦の足袋の片方にしようとしたが、寸前で思いとどまって、己の陰毛の三つ編みを片方だけ解き、縛っていた香嚢を手渡した。
仙界の風景は、かつての宰相であり絵の達人でもあった李林甫が描く山水画をそのまま現出したかのような幽玄微妙な趣を持っていた。
背後から名前を呼ばれて、魂だけの楊貴妃は振り返った。そこにはかつて見覚えのある道士がいた。楊通幽であった。
「楊貴妃様。あなたを失った後、皇帝陛下は退位されて上皇陛下となられました。今ではあなたを亡くしたことを悔やみ、悲しみに暮れる毎日です。せめてもう一度楊貴妃様の言葉を聞き届けたいということでしたので、私がこうして仙界へ楊貴妃様を探しにやって来たというわけです」
「ならば、上皇陛下には、良くしていただいた感謝の言葉をお伝えください。また、親戚の楊国忠やわたくしの姉たちも引き立てていただいて、こちらも有り難く感謝いたしております」
「楊貴妃様のお言葉が、本当に楊貴妃様ご本人から聞いたものであって、私が出鱈目を述べているわけではないという証拠に、何か身に着けておられるお品を頂けますでしょうか」
髪に挿している金釵と、もう片方残っていた陰毛の三つ編みを縛っている香嚢を道士楊通幽に手渡した。
楊通幽が現世に帰ってから、楊貴妃は腹に巻いた絹布を愛おしげに眺めた。現世では楊貴妃の首を絞めた死なせたものだが、魂だけの姿になった時、本来の用途として楊貴妃の長い陰毛を押さえるために働いている。
「金釵も香嚢も、陛下から賜ったものだから、陛下にお返しするのが筋というもの。この絹は、あの人からもらった物だけど、あの人の魂が仙界に昇って来た時に、わたくしとあの人を繋いでくれるはず。結び成就するは人の間の百世の縁」
楊玉環は一度転生して女道士楊太真として生まれ変わり、その後は楊貴妃と呼ばれるようになって最期は死を賜り、仙界への魂の転生を果たした。
ここで待っていれば、愛した寿王が来てくれるはずだ、という確信があった。錦の足袋は左右両方で一揃えであるのと同様に、寿王と楊玉環の二人で一揃えの絆の強さも永遠なのだ。
楊貴妃の結び kanegon @1234aiueo
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