メスガキ「雑ぁ~魚♡ちりめんじゃ~こ♡」

春海水亭

こんなちっちゃなお魚をパクパク♡パクパク♡

「ちっちゃいくせにこんなに群れ群れ♡ばっかみたい♡将来性なし♡」

 形の良い桃色の薄い唇が嘲りの言葉を吐き出すために動く、可憐な声であった。

 声の主はメスガキ(成人男性などに挑発的な態度を取る淫蕩な性質を持った女児)と呼ばれる存在であり、スーパーの鮮魚コーナーのことである。

 彼女はパック詰めのちりめんじゃこを取り上げてそう言った。


「他のイワシはちゃんと出世魚ルートに乗ってるのに、アナタ達が乗ってるのは流通ルートで~す♡じゃ~こ♡ちりめんじゃ~こ♡」

 メスガキは買い物かごにちりめんじゃこ1パックを放り込み、それから少し考え込んでしらす1パックを放り込んだ。

♡辞書的な意味合いで雑魚じゃこだと意味合い変わる♡ちりめんじゃこだと更に意味が変わる♡ちっぽけなくせに辞書的に面倒くっさ♡」

 頬を紅潮させた上機嫌のメスガキはレジへと向かう。

 ちりめんじゃこ、しらす、共に半額のシールが貼られていたのである。

 メスガキといえど、社会的な生き物である。商品が安く買えるならばそれに越したことはない。メスガキとはファンタジー存在ではない、現代日本を生きる人間なのだ。皆さんも現実から目を逸らしてはいけないよ。


「レジ袋いらないです、支払いにポイント使います」

 レジで会計を済ませて、メスガキハウス(メスガキの家)へと急ぐ。

 レジ袋はもらわないタイプのメスガキである、手にパックを二つ持って家に帰ることなどなんら難しいことではないのだ。

 スーパーから十分程歩いたところにガキハウスはある。

 それは全く奇妙な家であった。

 形がおかしいわけではない、広すぎるであるとか、あるいは高すぎるということもない。

 ただ落書きが多い。

 多すぎる。

『ガキイかせろ』『大人はメスガキに負けないんだが?』『ワンワン』そのような負け犬の遠吠えが屋根から壁、地面から塀に至るまであらゆるところに書き散らかされている。小さい女の子に負ける弱い大人はそのような形でしかメスガキを襲うことが出来ないのだ。


「こっわ♡」

 そのガキハウスの二軒隣がメスガキハウスである。

 玄関の鍵は閉まっている、今日は両親共に帰ってこない。

 メスガキは鼻歌を歌いながら、鍵を回し玄関の戸を開く。

 両親がいない日は、渡されたお金で好きなものを食べて良い。

 そして、お釣りはメスガキのお小遣いになるのだ。

 メスガキは密かにこのような日のことをボーナスタイムと呼んでいる。


「炊け♡炊かれちゃえ♡鍋で炊かれて♡米おっ立てろ♡」

 メスガキは米を研ぎ、鍋に水とうま味調味料と一緒に入れる。

 メスガキハウスに炊飯器はないが、電磁調理器でも炊飯に不便はない。

 米は一合。

 米は量るが、水は量らない。

 いつも感覚的だ。

 米が浸る程度の水にさらに半カップほどの水を加えている。

 多すぎるような気もするが、ちゃんと米が炊けているので問題はない。

 うま味調味料でご飯の味が変わるのか、メスガキも正直なところ理解はしていない。

 ただメスガキはうま味調味料のことを調味料の形をした美味しくなれという祈りであると思っているので、とりあえず入れれば良いのではないかと思っている。

 米を炊く時にも入れるし、焼きそばを作る時にも入れる、唐揚げを作るときにも唐揚げ粉に混ぜる、味が変わったのかはよくわからないが、祈りであるので美味しくなった気はする。


「大人の芸人がこんなに引き出しパッカパカにされちゃうんだ~♡」

 米を炊く以外のことは何もしない、オカズを作ったりもしない。

 今日はちりめんじゃことしらすの食べ比べをするだけと決めている。

 米が炊けるまで、配信で千原ジュニアの座王を見るのだ。

 ソファの柔らかな感触に身を委ねて、しばらく座王を見ていると台所の方から電子音が響く。


「はい♡炊け~~~♡」

 鍋の蓋を開くと、優しいご飯の匂いと共に湯気が立ち上った。

 すっかりと炊きあがったご飯を前に、メスガキは淫蕩な笑みを浮かべる。


「貴方達が作られるのに農家の方々は大変に苦労なされたけど……ちっちゃな女の子に簡単に食べられちゃいま~す♡」

 小ぶりな茶碗にしゃもじでご飯を装い、食卓に運ぶ。

 ちりめんじゃことしらすはビニールの包装を少しだけ破られ、ご飯にかけられるのを待ち望んでいる。


「いっただきま~す♡」

 メスガキが小さく柔らかい手を合わせる。


「じゃ、まずは♡辞書的な意味合いでのしらす♡」

 しらすをパラパラとご飯にふりかけ、熱々のご飯と共に一気に口に放り込む。

 噛む。何度も噛む。

 噛めば噛むほどに味が口の中に広がっていく。

 しらすのふわふわとした柔らかな食感、ほのかな塩味。

 まるで弱い大人とメスガキのように、ご飯との相性が最高だ。


雑魚ざこの分際でやるじゃん♡うっま♡漁師さん♡流通業者♡スーパー♡ありがと♡」

 あっという間に茶碗一杯のご飯を平らげたが、まだちりめんじゃこを振りかけるぐらいのご飯の余裕はある。

 再度ご飯を盛って、ちりめんじゃこをかける。


「次はじゃ~こ♡ちりめんじゃ~こ♡」

 噛む。これだって何度でも噛める。

 しらすよりも塩味がはっきりとしている。

 濃縮された旨味の塊のようである。

 これもまた、ご飯が止まらない。

 よく干されている分、ちりめんじゃこよりも噛みごたえがある。

 そして、ちりめんじゃこが美味しい分、しらすの美味しさにも気づく。

 食感の違いが楽しくなる。

 食べ比べて正解だった、箸が止まらない。


「はぁ~♡美味しかった♡ごちそうさまでした♡」

 あっという間に食べ終えて、メスガキは再び手を合わせる。

 心の底からの感謝の言葉がメスガキから放たれた。


「広い海で生まれて♡アタシのちっちゃいお腹で同じ雑魚ざこなのに違う調理されて魚生終了♡ご愁傷さま♡雑魚ざこもじゃこ可哀想♡美味しくって可愛そう♡そんな雑魚ざこ共の未来を守りたい、アタシがメスガキからメス大人になっても美味しい雑魚ざこが食べられるように……」


 将来の海洋資源に思いを馳せるメスガキであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メスガキ「雑ぁ~魚♡ちりめんじゃ~こ♡」 春海水亭 @teasugar3g

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ