第32話 久遠
白虎に謝る機会が訪れないままひと月が経とうとしていた。
毎月恒例の志呂の墓参りの日の今日も、吾子は狛と小虎と一緒に朝の食事をしている。
小虎の失敗談を聞きながら食事を終わらせると、使った皿を持って厨(くりや)に行こうとしたが、
「皿の片付けは僕がやりますよ。あこは着替えてください」
そう狛が言って皿を持って部屋を出て行く。
吾子は布団の枕元に置いている風呂敷の包みをほどき、白虎と狛が、かかさまに贈った梅と桜の刺繍が入った着物を取り出す。
この着物は毎月の墓参りに行くときにだけ着る特別な着物。
まだまだ、かかさまのように大きくないけれど、裾を引きづらいないように腰のあたりで布を手繰り寄せ、紐で縛る。
着替え終わると髪を結わき、着物と同じ刺繍を入れた幅広の布を髪に巻く。
支度が終わると小虎を呼び、吾子の髪を結わいたのと一緒の幅広の布を小虎の首に巻く。
「これで、準備完了!」
吾子が1人呟いた時、障子の向こうから狛の声が聞こえる。
「準備できましたか?」
「はい!できました!小虎、行こう!」
小虎と一緒に障子を開けて部屋を出る。
いつもなら、玄関まで誰が早くたどり着けるが競争するが、3人とも何となくそんな気にならなくて自然と歩いて玄関に向かう。
「白虎様は今日一緒にきてくれますか?」
吾子は狛に聞いてみるが、狛は首を横にふり、
「何も聞いていないです」
と答える。
「そうですか……」
吾子は肩を落としながら、玄関へと歩いて行く。
肩を落としたまま玄関に到着すると、白虎が外に座っているのが見える。
吾子は思わず、
「白虎様!」
と声を掛けたが、吾子の声など聞こえなかったかのように、微動だにせずに座ったまま外を見ている。
横にいる狛は、
「頑固爺がっ」
と小さく呟いたあとに、
「あこ、行きましょう」
と促す。
吾子は白虎に無視されて肩を落としたまま白虎の横を通り過ぎ志呂の墓に向けて歩き出したが、後を追うように白虎も一緒に歩き始めた。
白虎の家から志呂の墓までは半刻(1時間)程で、道すがら野に咲いている花を摘みながら志呂の墓に到着する。
吾子が志呂の墓に花を置くと、
「かかさま、先月はお参りできなくてごめんなさい。みんなと毎日楽しく過ごしています。それから……」
その先を言おうか悩んで、
「……また、来月きます」
と終わらせると、突然白虎の声が聞こえてくる。
「次は我でよいかの?」
吾子は後ろにいる白虎を見て頷くとそのまま後ろに下がる。
白虎は吾子より少し前に出て座ると、
「志呂、あこはだいぶ成長して大きくなったぞ。身丈だけではなく、中身もだいぶ成長していてな。毎日いろんなことを覚え成長している」
吾子も狛も小虎も白虎の言葉を静かに聞いている。
「先日もな、小虎が巫女としての素質があると言いだしてな。我は反対しているのだが、あこは巫女になると言いだしてな……」
吾子は体に緊張が走るのを感じる。
「狛も反対してくれればよいのに、我に土下座して、あこを巫女にしてほしい、と言い出してな」
吾子は横にいる狛を見る。だが、狛は戸惑いの表情を浮かべながら白虎を見ている。
「狛からあこの思いを聞いて、我も毎日考えていてな。やっと答えを出した」
吾子はその言葉を聞くと、ぎゅっと目を瞑る。
「志呂、あこを巫女として我のそばにおくことを許してもらえないだろうか?」
吾子はぱっと目を開けると、白虎を見るが、頬に涙がつたうのを感じる。
「巫女として生きていくことの覚悟もできているあこに反対する理由を探したが、見つからなかったのだ。それなら、あこの思いを尊重したくてな、この答えになった」
吾子は声を上げて泣き始める。
「もちろん、これからもあこを見守り、暴力からも守ろうと誓おう」
その時、志呂の墓の周りが優しい白い光に包まれる。
白虎はとっさに小虎を見るが、小虎もこの光景に呆然としている。
「……これは、志呂からの答え、と解釈しておこうかの」
白虎はくるりと振り向くと吾子に向かい、
「あこ、これからは我の代理として、村人に言葉を伝えよ。そして、身に宿した力で村人を救え」
「はい、白虎様」
吾子は涙でぐしゃぐしゃになりながら、白虎に頷く。
「それから、これからは、あこ、ではなく、久遠と名前を変え、我の代理を務めてほしい。よいか、久遠」
吾子は新しい名前を呟きながら、大きく頷いた。
そのあと、白虎は小虎に向き直ると、
「癪にさわるが、麒麟の望み通りとなった。小虎はしばらく久遠の元にいれるのか?」
小虎は白虎の問いかけに、我に返ると、
「うん。時折は麒麟様の元に帰るけど、あこ……じゃなくて、久遠の元に必ず戻る」
白虎は頷くと狛に向き直り、
「狛の土下座で考えを改めた。久遠が考えた道だ。これからも支えてほしい」
狛は大きく頷く。
「それと狛、今日は巫女の誕生祝いとしてごちそうを作ってくれないか?」
「もちろんです。作りましょう!」
「よし、それなら屋敷に戻るかの?」
白虎の言葉にみんな頷く。
久遠は最後にしゃくりあげながら、
「かかさま、私はこれから白虎様の元で巫女として生きていきます。見守っていてください」
志呂の墓でそう言葉にした瞬間、どこからともなく1枚の花びらがひらり、と久遠に舞い降りてくる。
久遠がその花びらを両手で受取ると、それは桜の花びらで、1枚、2枚、と舞い降りてくる。
見上げると季節外れの桜の花びらは数を増していき、巫女の誕生を祝うかのように優しく久遠に舞い降りている。
3人は桜の花びらに包まれている久遠を暖かく見守りながら、巫女として歩みだした人生に静かに応援を送った。
久遠 高岩 沙由 @umitonya
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