第8話 そして
月が変わり、了は思い切って転職した。
無資格未経験大歓迎、正社員登用制度あり。その謳い文句に誘われて面接を受けたのは、老人ホームの介護職員。人手不足だったらしく、すぐに採用が決まった。
祖父母の遺品は、少しずつ整理している。思い出を噛み締めながら、気持ちも整理して、もしかしたらあの彼がひょっこり遊びに来るんじゃないかと期待して。
「真澄ちゃんは可愛いねえ」
「良い子、良い子」
「好きな子いないの?」
車椅子のおばあちゃま達に囲まれていのは、若い男性職員だ。中腰で話を聞き、頭を撫でられたり、頭に手が届かない人には尻を撫でられている。
「好きな人は、いるんですよ。でも、素敵過ぎて俺は釣り合わないんです。せめて、その人に見合うようになりたいと努力しているところです」
自信を持って語るのは、四十九日法要の後に会った彼。
夜勤業務があって、頭を撫でられたり、尻を撫でられたり、可愛い音と言われたり、それでも大切な人達なので。
って、こういうことですか。なんでここにいるんですか。
相手が了に気づき、顔を上げる。しばし固まった後、恥ずかしそうに微笑んだ。
人生は孤独な一本の道のようでいて、きっと、自分では気づかない程度に曲がっている。
どこかで他の人の人生とぶつかり、人によっては、それが特別な瞬間になるのかもしれない。
道が寂しいか寂しくないかは、その人次第だ。
【「アイスとキス」完】
アイスとキス 紺藤 香純 @21109123
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