第7話 ありがとう
バスの時間まで、あと30分。
アイスクリームを買い、ショッピングモールの敷地内のバス停で時間を潰すことにした。
ふたりでベンチに並んで腰を下ろし、メロンフレイバーのアイスを黙々と食べ、誰も見ていない隙に口づけを交わした。
了だって、女性と交際したことはある。一通りの経験はした。それなのに、真澄と唇を重ねた瞬間、過去の交際相手にはなかった感慨深さが湧いてきた。
真澄と過ごした時間は、14年前の、1年間にも満たなかった。付き合ったわけでもなかった。それでも、了にとってふたりで過ごした時間は、濃く、深く、甘く、大切な時間だった。
ラーメンとアイスで腹が満たされた真澄は了に寄りかかって眠ってしまった。
了は、図書館から借りていた電子書籍をスマートフォンで読み始めた。種田山頭火の句集。最近は俳句の本を読み漁っている。早く読めて冊数を稼ぎたいのが当初の動機だったが、案外興味深い。
「文学の教養があるなんて、了は心も美しいね」
いつの間にか真澄が目を覚まし、スマートフォンを覗き込んでいた。
「俺は了に見合う人になりたい」
「真澄ちゃんはすでに俺の上を行ってるじゃん。美形だし、勇気があるし、礼儀正しいし」
バスが来る。一番後ろの隅の席に座ると、どちらからでもなく、手を重ね、肩を寄せる。
バスが発進し、揺れるたびに了は眠気を誘われてしまった。祖母が亡くなり、四十九日法要まで気が張っていたのかもしれない。
昔の自分は、把握している近所が世界の全てで、祖母が買ってくれた安いメロンアイスがごちそうで、神社の裏の森でこっそり真澄と会うのが数少ない楽しみだった。
今は、働いて収入を得て、バスや電車で好きなところへ行けて、値が張るラーメンやアイスクリームも買える。
これからは、好きな人と新しい世界を見ることだってできるのだ。
改めて気持ちを伝えよう。気持ちを聞こう。連絡先を交換しよう。一緒に行きたい場所、食べたいもの、買いたいもの、過ごしたい時間、これからのことも話したい。
肩に重みを感じながら、了は口が綻ぶのがわかった。
「ごめんね」
まどろむ思考に、愛おしい声が話しかける。
「ありがとう」
了が目を覚ますと、隣には誰もいなかった。
重ねていたはずの手には、時代劇で見るような薬包みを持たされていた。ショッピングモールでもらったチラシで折られている。中には、折り畳まれた1万円札が入っていた。祖母の墓前で受け取らなかった香典の中身を、そのまま渡されたのだ。
了は座席から立ち上がってバスの中を見回す。真澄の姿はどこにもなかった。
とっくに稲刈りが終わった寂しくまっすぐな田舎道を、バスは進んでいた。
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