第6話 墓地を後にして

 自分はあの日も泣いていた。今日も泣いてしまった。

「了は可愛いね」

 彼はあの日も儚げに微笑んだ。今日も儚げに微笑んだ。

 アクセサリーを一切つけていない白魚のような手で涙を拭われ、手櫛で髪を梳かれる。

 ふたりの腹の虫が同時に鳴り、ふたりして腹を抱えて笑った。

「真澄ちゃん、お昼は」

「まだ。夜勤明けでシャワーを浴びてから、すぐに来た」

「何か食べに行こうよ」

「ラーメン食べたい」

「真澄ちゃんのイメージと違う」

「俺だって、ラーメンくらい食べるさ」

 寺の石段を下りながら、会話が弾む。

 あの日から、14年。あの日以来一度も会わなかったのが嘘のようだった。

 市営バスに乗り、ショッピングモールのラーメン店に移動した。

 真澄は、カウンター席で綺麗なお顔を次郎系ラーメンに突っ込みそうなくらい眠そうだ。

「夜勤、大変なの?」

 了が製造業で働いていたときは、夜勤もあった。真澄も大変なのだろう。ホワイトカラーのイメージがあったから、夜勤をするような職に就いているのが意外だった。

「うん。頭を撫でられたり、頭に届かなかったら尻を撫でられたり、可愛いねって」

「おい……!」

「了が怒ることじゃないよ。俺にとっては、大切な人達なんだ」

 恐怖に怯えることもなく、さも当然のような顔で、はぐはぐと太麺を頬張る真澄。

 感覚が麻痺してしまったのか、本当に心の底から思っているのか、真澄の本心が、了は察することができない。

 台風のあの日から数日後、近所は真澄とその父親の話で持ちきりになったのだ。真澄が父親から、恋人か妻のように振る舞うことを強要され、性的暴行を受けていたこと。真澄が警察に被害状況を告白し、発覚した。携帯電話を没収された真澄が、大きなぬいぐるみの中にビデオカメラを仕込み、暴行の様子を撮影したことで、信憑性が増した。

 警察の信頼が地に落ちた、とか、父親を売る親不孝者だ、とか、隠していれば良かったのに、とか、真澄を悪く言う人もいた。

 でも、少なくとも、了の祖父母は真澄の行動を褒めた。真澄を警察署まで送った祖父も、了を励ましてくれた祖母も。ふたりとも警察に事情聴取されたが、了が真澄と神社で会っていたことは知っていたが話さなかった。了も、ほとんど何も話さなかった。

 真澄とは、それから一度も会わなかった。真澄は一時的に施設に引き取られたのではないかと言われたが、詳しくは誰も知らなかった。

 真澄自身は、何も語らない。了も聞き出さないことにした。

 何より、初めてふたりでランチをしたことに心が綻び、後ろめたさが少しだけ消えた。

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