第5話 ごめんね

 「次」は、突然訪れた。

 終わりは突然訪れた。

 台風が接近し、朝から急な雨が降ったり止んだりを繰り返す日だった。

 了は祖父母と3人で朝食を食べ終え、居間のテレビで台風情報を見ながら読書感想文に着手し始めたときだった。

 玄関のインターホンも押さずに、雨水で全身ずぶ濡れの真澄が駆け込んできたのは。

「真澄ちゃん?」

 了は玄関に下り、俯く真澄の髪をかき上げた。黒目がちな瞳はうるみ、目の周りは、泣いたように腫れていた。

 水が滴る着衣は、いわゆる寝間着だ。足元は、サンダルならぬ「つっかけ」。レジ袋に包んだ大きなものを抱えている。

 何事かと、了の祖父母も出てきた。すると、真澄は決意したように顔を上げた。

「おじいさん、お願いです。今すぐ、このまま、俺を警察に連れて行って下さい」

 しばらく沈黙が下りる。

 了は気づいてしまった。

 はだけた着衣の鎖骨辺りに、新しい口づけの跡があることに。

 抱いていたレジ袋が落ち、中から大きなぬいぐるみが出てくる。背中の部分が大きく裂かれ、機械みたいなものが詰め込まれている。多分、ビデオカメラだ。

 震える真澄を、了は抱きしめる。自分が濡れても構わない。勇気を出して何かから逃げてきた真澄を助けたかった。

 その間に、祖父が「車をまわしてくる」と外に出る。

「巻き込んで、ごめん」

 真澄は力尽きたように、ぼそぼそと言葉を落とす。

「了のところしか、思いつかなかった」

「いいよ、そんなの」

「了は俺みたいになっちゃ駄目だよ。汚いし、親を捨てるようなことをするし」

 車の準備ができた祖父が、真澄を呼んだ。

 真澄は了から離れる。

「ごめんね。でも」

 泣きそうで、今にも消えそうに、儚く微笑む。

「ありがとう。俺のこと、好きだって言ってくれて」

 台風の雨の中、嵐が過ぎ去ったように静かになる。

 了はその場で膝をつき、歯を食いしばった。そうしないと、倒れ込んで泣いてしまいそうだから。

 疎遠になっても良いと思っていたのに。傷つく覚悟はできていたのに。いざその瞬間になったら、固めたはずの気持ちは崩れてしまった。

 祖母が玄関に下り、了の隣に膝をつく。

「了ちゃん」

 祖母が背中をさすってくれる。

「誰かのことを好きになって、大切にしたいと思える了ちゃんは、優しい子だね。了ちゃんは、これからもっと色んなことを見て知って、経験して、お勉強できるんだよ。そうして大人になってから、伴侶をどうしたいか考えなさい」

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