気にしないでください
他山小石
気にしてはいけない場所
夏場、ドライブに行った
山道に、車5台分はおけそうな駐車場があった。
さびれた食堂と、文字の消えかかった看板。店名は読めない。
入って席に着く。古い木製テーブルと椅子。客はいない。
山奥なのだから、人通りも少ない。
店主は見当たらないが、鍋から湯気があがっている。営業はしているのだろう。
メニューだけでも見てみようか。壁にはそれらしい文字が並んでいる。でも読めない。ドライブの疲れで目がおかしくなってるのか?
メニューはないのか?
視線をテーブルに戻す。
注文もしてないのに空の丼が目の前にある。誰が置いたものかわからない。
もう一度調理場を見るが誰もいない。
誰かが器を置いたのに気配も音もしなかったのか?
再び視線をテーブルに戻した。
空だった丼に、汚れたもずくのようなものが大盛りになっている。
ゴミにしか見えない。見つめて、正体を確かめようとする。
突如襲ってきた臭気と寒気。
何かが腐ったような。魚や肉がくさったような臭いが広がる。
器の中身が動いた。
それは溶けかけた女の顔面。
顔面はこちらを見て口を開く。
ぽっかりと、先の見えない真っ暗なトンネルを思わせる口。
俺は席を立った。女はこちらを見ている。
いけない。
ここに居てはいけない。
何も言わず、店を出る。足元の何かに躓く。
氷の塊、天井に小さいつららができている。咳がでる。息も白い。
寒いわけだ。
今は8月なのに。
振り向くこともせず、扉を開けて外に出た。
ジーワジーワ。
セミの音がしみる。途端に汗が噴き出る。
あれは、なんだったんだ。
店は? 扉などない。そこにあるのは廃屋。柱も壁も崩れてなくなり、屋根だけが、建物であったことを知らせる。
暑い。
夏なのだから当たり前だ。
いつもならアイスクリームでも食べたい気分になるのだが、しばらく器に入ってる ものを見たい気分ではない。
なんだったのか。あれはなんだったのか。
古い看板は元あったであろう文字が白いペンキで塗りつぶされていた。
「変なものを見ても気にしないでください」と手書きの文字がかかれていた。
気にしないでください 他山小石 @tayamasan-desu
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