来し方行く末繋ぐ者⑤

「お母様、私ちょっとお散歩してきますね」

「……ごめんね、文夜姫。色々考えさせちゃって」


 さっきまでとは違う声色。

 お母様はなんだか申し訳なさそうだった。

 やめて。そんなこと思って欲しいわけじゃない。

 

「違う。そんなことありません。ただ、今日からここに住むんだったら神様に挨拶しなきゃって思っただけ」


 何かを取り繕うように必死で言葉を紡いだ。

 私まで申し訳ない気持ちになったから。


「そっか」

「うん。じゃあ行ってきます」


 なんだかここには居づらくて早く外へ出ていこうとした。

 だが、母親の「待って」という声に足を止める。


「どうしたの?」

「あ、えっと。神社の敷地からはあまり出ないでね?それと変に探索しないこと!」


(……??)


 幼児が受けるような注意を受けて、十五の私は困惑。


「わ、わかりました」


 と、気の抜けた返事をして部屋を去った。


 外に出た文夜姫は神社の境内を歩いて回った。

 最後は本殿に行き、これからを安全に過ごせるようにお参りをした。


(神社の外にも行ってみようかな)


 境内は一周してしまったので、外へ出てみようと思った。

 だがそこで、さきほどお母様から受けた忠告が頭をよぎる。

 でも、私だって中学生だし、学校からの帰り道も一人だったし。少しくらい出ても問題ないわよね……?


 考えながら歩いていると、境内からの出口である鳥居の前についた。

 一歩足を踏み出せば外、という所で、やはり外へ出ていいものなのかと躊躇してしまう。

 やっぱり外へ出るのはやめておこうかと体の向きを変えたその時だった。


「痛っっ!」


 頭部に痛みが走る。

 いきなり、髪の毛を引っ張られたのだ。同時に、明らかなる自分への殺意も感じた。

 髪の毛を引っ張ったのは人の手のようなものだった。

 ようなもの、というのは、それは人の手とは似て非なるものだと感じたからだ。

 唐突に髪を引っ張られた文夜姫は、鳥居の外に尻もちをついた。


(痛たたた……)


 痛んだ頭部を左手で擦りながら見上げると、人間のような者が私を見下ろしていた。

 これもまた、人間とは似て非なる者のようだった。

 全身に黒の装束を纏い、顔さえもほとんど隠れている。見えるのは殺気を帯びた瞳だけだった。

 さらに、体の周りには黒いモヤが漂っており、これが不気味さをより演出させた。


「……どちら様ですか?」


 ゆっくり立ち上がりながら、恐る恐る聞いた。


「ふっ。本当にのだな」


 低くて野太い声が脳を揺らす。直感的に判断したのは、“こいつは私を殺しにきている”ということ。


「なんのこと?それに、なぜそれを……!」

「さぁ、どうしてだろうな」

「いやっ!」


 左腕を強く掴まれ、思わず声が出る。


「うっ……握力が随分と強いことね……」

「そう強がるなヒメ様。すぐ楽にしてやろう」


 そう言って構えられたのは拳。

 拳は、文夜姫目掛けて一直線に振り下ろされようとしていた。


(殺される……!!)


 恐怖につい、目を瞑ってしまったその時。


万雷ばんらいよ、とどろきたまえ!!!」


 そう叫ぶ男性の少し低い声が聞こえてきたかと思うと、紙一枚のような瞬刻しゅんこくで、数多の雷が目の前の白装束に降り注いだ。


「ぅぐぁぁぁっっあ゛あ゛!!」


 男はうめき声を上げながら地に膝をつく。

 私は、その様子を困惑しながら眺めていただけだった。


(何が起こってるの……?)


「大丈夫?」


 現実から目を背くように俯いていると、目の前に誰かの手が差しのべられた。

 一瞬手を取ろうか迷う。もし敵の罠だったら、という警戒心が私を不安にさせる。

 だが、助けてくれたのは事実だ。それに、知りたい。この人は一体ーーー、


「鷹司……雅くん?」


 その正体は、今日の文夜姫の悩みの種である鷹司雅だった。


「貴方は一体、何者なの?」


 何故か懐かしさを帯びた、爽やかな風がこの空間を抱きしめるように優しく吹いた。

 雅は、微かに揺れる前髪を整えて、「うーん、そうだなぁ」と、言葉を紡ぎだした。


「もう隠すことはできなさそうだ。僕は、鷹司家異端の魔法使い。そして、君の守護者ガーディアンだ」


 自らを異端と名乗る彼は優しく微笑むのだった。


 後になり、この日が私達の数奇でまばゆい青春の物語の始まりだと分かることになる。

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彼岸花の守護者 白銀 アリア @aria_66

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