来し方行く末繋ぐもの④
車が完全に視界から消えるのを見届けたあと、私たちは目の前の石畳を真っ直ぐ進んだ。
石畳の中間地点で右に曲がって、砂利の上を進む。
すると直ぐに、お守りや御朱印を販売する受付のある建物についた。
「こんにちわー」
声をかけてくれたのは受付の巫女さん。大学生くらいに見える。
「こんにちは。私、今日からここでお世話になる、凰宮というものなんですが……」
「あぁ!話は聞いています。凰宮さんから見て右手の、あの玄関から入って待っててください」
建物には、受付を挟んで二つ扉があった。
左の扉には“関係者以外立ち入り禁止”の文字の張り紙が貼ってある。その名の通り神社関係者が入るためのもの。
右の扉には何も貼ってあらず、代わりに、表札が掲げてあった。
つまり、右の扉はこの建物に住む宮司さんの一家が使うための玄関になる。
そして、それはこれから私たちが使うことにもなる。
「今日からここが私たちの家だよ、藍月」
「ここが玄関?」
「うん。入ってみようか」
取っ手に手をかけ、扉を右の方にスライドさせる。
「お邪魔します」
「おじゃまします!」
なんか、すごくあたたかい。
この家の第一印象はそんな感じだった。
少しして、女性が小走りでやってきた。
「初めまして!文夜姫ちゃんと藍月ちゃんで合ってるかな?」
「はい」
「うん!私は今日から一緒に住むことになる、宮司の嫁の鷹司みさとです」
「「ぇ?」」
文夜姫と藍月の重なる声は、“鷹司”という単語に激しく反応していた。
(でも、だって表札には……)
急いで玄関の外に戻って表札を確認する。
そこには確かに鷹司という文字が。
(鷹司だわ……)
それを確認してさっさと玄関の中へと戻る。
藍月は少しばかり怯えて硬直していた。
「おねえ、さま……。たかつかさって……」
「うん。大丈夫だよ、藍月にはお姉様がついてる」
そう言って藍月の手を握る。
「あぁ、そっか二人とも凰宮のご令嬢だもんね。安心して。後でちゃんと説明しますから」
あちら側も何かを汲み取ったようで、優しい表情ながらも真剣に言葉をかけてくれた。
「はい、お願いします。ところでお母様は?」
「あぁ、
朔夜というのはお母様の下の名前。呼び捨てということはそれほどの仲なのだろうか。
“凰宮”と“鷹司”なのに。
みさとさんに連れられて二階へ上がる階段を上る。
まだ強ばった顔のままの藍月の手を引きながら登るけれど、私も正直不安だった。緊張していたのだ。
今日、私は二人の“鷹司”に出会ってしまった。
一人は学校に。もう一人はこれから住む家に。
どちらもこれから長く一緒に時間を過ごすことになる。
あの家からやっと逃げて来れたのに。
「さぁ、着いたよ。朔夜はこの部屋の中にいるからゆっくりしてね。6時頃に夕ご飯ができるからその時は三人で下に降りてきて。聞きたいこともその時に、ね」
「分かりました」
みさとさんは疑惑の余韻を残しながら下の階へと降りていった。
それを見て、少しずつ目の前にある和室の襖を開いた。
「……お母様?」
「文夜姫?」
あぁ、お母様の声だ。
「お母さまぁ!!」
藍月はもう気持ちを抑えられず、泣きながら、布団から起き上がろうとする母親に抱きついた。
文夜姫も、ぽろぽろ涙を流しながらお母様に歩み寄っていく。
「あらっ、二人ともなんで泣いてるの。今朝も会ったじゃない」
「だってぇぇ!」
藍月がこんなに泣いてるのは久しぶりだ。
「藍月も不安だったんですよ。お父様のことだって、あの家のことだって。幼いながら察しがいいですからね、うちの藍月は」
「ふふっ、さすがね。藍月も貴女もありがとう」
今まで暮らしていた家は私たちにはストレスの多くかかる家だった。幼い藍月にはなおのこと。それなのに、彼女はすぐに事情を把握して私に従ってくれた。
今泣いているのはきっと、それまでの疲れとここに来た安心の表れでもある気がする。
母にもそれはわかっていて。だから、私たちに優しい言葉をかけてくれた。
「あのねっ、お母さま!私たちをここに案内してくれた人、鷹司って名前だったの」
「お母様、どういうことなのです?」
「うーん。色々話すことはあるけど、まず、鷹司と
「へー!そうだったんだぁ」
母親の言葉を聞いて、藍月はほっと胸を撫で下ろした。
大きい家同士が仲良くなりすぎるのは良くないとされている。藍月はこの暗黙のルールを意識しすぎていたのだろう。
鷹司と、我が一族である凰宮は、日本にいくつかある大きな家―――つまり、名家のうちの一つである。
パーティや食事の席で話したりするなど、決して仲が悪いわけではない。
ただ、鷹司は……
「文夜姫も、少なくともここに貴女の敵は一人もいないわ。だから安心して」
「はい、わかりました……」
鷹司には、私のお父様の行方不明に関与している疑いがある。
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