来し方行く末繋ぐもの③

 転校初日の放課後、私は学級委員の皆方みなかたさんと一緒に帰ることになった。帰ると言っても、向かう方向は違うので昇降口まで一緒に行くだけだけど。

 二階にある昇降口までは、皆方さんと他愛ない会話をしながら向かう。

 その会話の中で、皆方さんに「私のことは栞って呼んで」と言われたので、これからは“栞さん”と呼ぶことにした。

 さん付けなのはまだ慣れていないから。


「着いちゃったね、昇降口」

「はい。みなっ……栞さんともう少し話していたかったです」


 下の名前で呼ぼうとするけど、まだぎこちない。


「うん。わたしも!」


 良かった。

 転校初日で不安だったけどちゃんとお友達ができた。


 二人は靴を履き替え終えると、昇降口から外に出て、歩道へと繋がる大階段を降りる。


「この大階段、とても素敵です」

「うんうん、私もそう思う。校舎もだけど、何だかアニメに出てきそうな学校だよね」

「はい。同感です!」


 少しして、大階段を下り終え、


「じゃあね、あやめちゃん」

「はい。さようなら、栞さん」


 そうして私達は別々の方向へと別れた。

 栞さんと別れた私の行き先は、今日これから住み始める、新しい家。

 学校からのルートも、住所も教えてもらったから一人で行けるはず。


 だが、辿り着いた先は。


「―――神社?」


 見上げてみれば、木でできたベージュの鳥居。

 足元を見れば、本殿へと繋がる、縦に真っ直ぐ延びた石畳。

 目の前には、誰がどう見ても立派な神社が広がっていた。


(神社?わたし、ここに住むの……?)


 戸惑い、立ち尽くしていると、後ろの道路から車の音が聞こえた。

 振り返ってみてみれば、それは見覚えのある車だった。

 黒塗りの、所謂いわゆる、高級車と呼ばれる車は私の立つ鳥居の前で停車した。

 そんな車の中から出てきたのは、


「お姉さまっ!!!!」


 出てきたのは、耳の下で髪を二つに結った可愛らしい少女。

 私の、大事な妹。

 車から出てくるや否や、私を呼びながら駆け寄ってくる妹が、とてつもなく愛おしい。


藍月あづき!」


 駆け寄る妹をすくうように抱きしめた。


「あづきね、風沢かぜさわさんに、ここが今日からあづきたちが住むところだって言われたんだけど……」


 一人称が自分の名前あづきな妹は、先程の私のように目の前の鳥居を見て言葉を詰まらせた。

 ちなみに、風沢さんとは、私たち姉妹専属の運転手さんのこと。黒塗りの車を運転して藍月をここに連れてきたのが彼。


「あづきたち、神社に住むの?」

「うん、そうみたい」


 藍月の眼差しからは、戸惑いや不安が半分、神社に住むことへの好奇心が半分感じられた。


「ちょっと待ってね、風沢さんとお話してくるから」

「わかった!」


 車の方に行き、足を止めると、私に話しかけられることを予測していたかのように風沢さんが車から出てくる。

 そして、私に一礼して自分から喋り始めた。


「姫様。姫様が今日からお住いになられるのは、この神社で間違いありません」

「そう。お母様は神社の中にいらっしゃるのね?」

「ええ、そのように伺っています」

「分かったわ。ところで、藍月のことなのだけれど、藍月のことはこれからも風沢さんが送迎してくださるのよね?」

「それが……その……」


 風沢さんが口ごもりながら、目を逸らした。

 きっと、誰かに何かを言われたんだろう。


「風沢さん、貴方の主は誰?」

「……!」


 彼はかつて私に忠誠を誓っている。

 その忠誠を忘れられては困る。


「お答えするのが遅れて申し訳ございません。……実は、当主代理様より、姫様には手を貸すなと言われました」


 当主代理、ね。

 私たちをここまで追いやっておいて、まだなにかする気なの?


「そう。じゃあこう伝えてちょうだい。“これ以上私たちに危害を加えるようだったら容赦しない”ってね」


 だったら、覚悟は決まってる。

 お母様と妹だけは、絶対私が護るから。

 お父様だって、この手で探し出してみせる。


「はい。承知致しました」

「もし、貴方が危険な目に合いそうになったら何時いつでも私に教えてちょうだい。この近くに部屋を用意したから、準備ができ次第そこに住んで。もちろん家族と一緒でいいわ」


 風沢さんは今、千代田区にある凰宮家の別邸に住み込みで働いている。この別邸というのが私や妹、母の三人が昨日まで暮らしていた所。

 だが、私たちがやしきから居なくなった今、私たちの専属である風沢さんには居場所がない。あっち側に取り込まれてしまうのも時間の問題だろう。


「お心遣いありがとうございます」

「ええ。でも、もし貴方が少しでもあっち側に寝返りそうだったら、問答無用で突き放すからね」

「はい。これからも姫様に精一杯仕えさせていただきます。ところで、藍月お嬢様の送迎は私が行いますが、姫様は……?」

「ありがとう。私はここから学校までは歩いていくわ」

「分かりました。では、これで失礼します」

「あ、待って」


 言い忘れたことがあったので呼び止める。

 手招きをして、耳を貸すよう合図した。耳が近くなると、藍月には聞こえないように小さな声で話した。


「貴方から見て9時の方角に鼠がいるようだから、処理して帰ってね」


 言われると、風沢さんは9時の方向である左の方をチラッと見た。


「あぁ、なるほど」


 それだけで全てを察してくれたようだ。


「お姉さま?どうしたの?」

「ううん。なんでもない。じゃあ、風沢さん明日からまた藍月をよろしくお願いしますね」

「はい。それでは失礼します」


 それから30秒も経たないうちに、黒塗りの車は静かに音を立てて去っていった。

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