第二話:大蛇と神話オタク(自称)

「すげえ……ここは神の国なのか?」


「あはは、お褒めに預り光栄です。あ、そういえば紹介がまだでしたね。僕は鳴神なるがみハヤトっていいます。ナルガミって呼んでください」


「ああ、よろしくな。ナルガミ……へっくし!」


「おっと、早いとこ僕の家に行きましょう。難波ここから近いんですが、その格好だと体が冷えますし、また警察に捕まってしまいますからね。ここはタクシーを使いましょう」


「タクシー?」


「あ、ちょうど良いところに」


 二人が立っているところに1台の黒いセダンのタクシーが近づいてきていた。ハヤトが右手を挙げるとタクシーは二人の元へ停まり、後部座席のドアが自動で開いた。


「さあ、乗ってください」


「ああ……」


 ヨルムンガンドは恐る恐る車内に乗り込むとあることに気付いた。


「これ、中に誰もいないぞ」


「自動運転ですよ。今どきのタクシーはどこもこうなんですよ」


「そ、そうなのか」


「本日はご利用ありがとうございます。ご希望の行き先をお申し付け下さい」


「うわっ!コイツも喋るのか!?」


「AIの音声案内ですね。すみません、浪速区なにわく一丁目のトガワヒルズまでお願いします」


「かしこまりました。走行中はシートベルトの着用をお願いいたします」


 音声案内が終わると無人のタクシーは静かに発進した。


「う……動いたぞ!」


「ヨルムンガンドさんの世界には乗り物なんてありませんでしたからね。びっくりするのも分かりますよ」


 最初は驚いていたヨルムンガンドだが慣れてくるといつしか興味津々に車窓を眺めていた。窓からは大阪名物道頓堀の戎橋や色とりどりの看板達も見え、彼の好奇心を更に掻き立てる。


『すげえ……俺の知らない世界にこんなところがあったなんて……』


 タクシーに揺られること10分。二人は目的地のトガワヒルズへと到着した。


「目的地に到着いたしました。料金は1100円です」


「支払いはクレジットでお願いします」


 ハヤトは胸ポケットからあのカードを取り出すと手元に現れた空間ディスプレイにかざした。


「クレジットカードを承認しました。またのご利用お待ちしております」


「なあ、さっきも使ってたけどその金色の板って何なんだ?」


「ああ、これですか。クレジットカードっていってこれがあればお金を持ってなくても支払いが出来るんですよ。さあ、早く降りましょう」


 タクシーから降りると目の前には白の外壁をした地上7階建ての高級マンションがそびえ建っていた。


「た……高え……ここがナルガミの家なのか?」


「僕の部屋はここの5階にありますね。さ、どうぞ中へ」


 二人は早速マンションのエントランスに入りロビーの奥にあるエレベーターへと向かう。ロビーは高級マンションらしいベージュを基調とした趣のある内装が施され、さながらホテルを彷彿とさせるようであった。二人はエレベーターに乗り、5階にあるハヤトの部屋を目指す。魔導ブースター搭載の高速エレベーターはわずか30秒で二人を目的の階まで運んだ。


「5階です」


「コイツも喋るのか……」


「着きました。僕の部屋はエレベーターホールのすぐ近くなんですよ」


 扉が開きエレベーターホールを抜けると「501」と書かれたドアが最初に目に入った。どうやらここがハヤトの部屋らしい。彼が腕時計型の携帯端末マギノ・ギアをドアにかざすと自動でロックが解除された。


「ささ、どうぞ上がってください」


 ハヤトはドアを開けヨルムンガンドを部屋へと招く。二人は玄関に上がると廊下を渡りリビングへと向かった。


「ここがリビングです。どうぞゆっくりしてってください」


 リビングは白を基調とした清潔感漂うデザインで立派なシステムキッチンが完備されている。中央にはグレーの色をしたソファーもあり、くつろげるようになっている。そして何より一際目をひいたのが壁に飾られている数々の絵であった。


「変わった絵だな。何の絵なんだ?」


「ああ、それはギリシャ神話の逸話を表現した絵ですね。こっちのは日本神話の神々を描いた浮世絵、そっちのはインド神話の神々を描いた絵ですね」


 リビングの壁には様々な国に伝わる神話の絵が飾られている。


「こういうの好きなのか?」


「まあ、はい。自分で言うのもなんですが大阪一の神話オタクだと思ってます」


「そうなのか……ってオタクってなんだ?」


「それは……また今度話しますね……」


「あ、これ」


「この絵ですか?これが北欧神話の世界における宇宙を描いた絵ですね。つまりヨルムンガンドさんがいた世界の絵ですよ」


 ヨルムンガンドの目に入ったのは彼の故郷である北欧神話の絵であった。白黒の絵には世界樹ユグドラシルを中心に様々な世界が存在する北欧神話の宇宙が描かれていた。


「この大蛇がヨルムンガンドさんですね」


 ハヤトが指さしたところに描かれていたのは海を取り巻くほどの大きさをした大蛇であった。そう、紛れもないヨルムンガンド本人の絵である。


「え~これが俺かよ。俺こんなんじゃないぞ。なんかこう、威厳に満ち溢れてるっていうか……とにかくもっとカッコいい姿なんだぞ」


「まあ、誰もヨルムンガンドさんの姿なんて見たことがないですからね…… そうだ、よかったらお風呂入ってきてくださいよ。着替えも置いてあるんで」


「そう……だな。この臭いも早いとこ落としたいしな」


「風呂場はドアを出て右側にありますので」


「わかった。ありがとうな」


 ヨルムンガンドは脱衣場で服を脱ぎ浴室へと入った。


「え~っと、これをひねればいいのか……ってうわっ冷てえ!!」


「ヨルムンガンドさ~ん!最初は冷たい水が出るんで気をつけてくださいね~」


「それを早く言ってくれよ……」


 しばらくすると冷たかった水が温かくなりシャワーが浴びられる状態へとなった。


「はあ……」


 彼がふと視線を落とすと、そこには少女の姿が映し出された鏡があった。


「本当に人間になったんだな……俺」


 彼は死に際に第二の生を願った。それを考えれば願いは叶ったと言えるだろう。しかし、大蛇の姿ではなく人間──それも少女の姿で転生するとは誰が思っていただろうか。今の彼は言葉で言い表せない不安で一杯であった。


「……」


 浴室に響くシャワーの音がシトシトと降る雨のように聞こえていた。


 およそ10分ほどでヨルムンガンドは脱衣場から出てきた。リビングに入ってきた彼はハヤトが用意した漆黒のスーツと手袋を纏っていた。


「……似合ってるか?」


 あまりの美しさにハヤトは一瞬上の空になっていた。


「え……ええ。とても似合ってますよ。あれ、ネクタイはどうしたんです?」


「ネクタイ?ああ、この黒い帯みたいなやつか。これもつけるのか?」


「ああそっか。そういえば結び方を教えてなかったですね。ちょっと失礼します」


 ハヤトはヨルムンガンドからネクタイを受けとるとシャツの襟を上げ、そこにネクタイをかけると慣れた手つきで結んでいった。


「よし、これで完了。いまのがプレーンノットっていう結び方ですね。簡単な結び方なのですぐ覚えますよ」


「ほうほう…… このスーツっていう服すごく良いな。気に入ったぜ」


「気に入ってもらえてこっちも嬉しいです。それにしても……いやあ~まさか目の前にあの北欧神話のヨルムンガンドがいるなんて」


 そう言いながらハヤトはヨルムンガンドの周りを回りながら観察を始めた。観察対象である彼はもちろん少し戸惑っている。


『なんかオタクってのを分かった気がする……』


「たまにはこのも役に立ちますね~」


「目?」


「ええ。実は僕の目、なんですよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アングルボザ~大蛇は近未来に転生す~ 管理人 @Omothymus_schioedtei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ