蘇生渇望都市 大阪
第一話:魔導都市大阪
「簡易スキャン完了。対象ノ生命活動ヲ確認シマシタ。警戒レベルヲ0カラ1ニ引キ上ゲマス」
『……なんだこの声?』
聞いたことのない声がヨルムンガンドの耳に入る。
『アレ?俺、確か死んだんだよな?なんで音が聞こえるんだ?』
「情報ヲ更新。対象ノ意識回復ヲ確認。拘束・事情聴取モードヲ準備シマス」
『にしてもうるせえな、この声。誰がしゃべってんだ……?』
声の主を確かめるべく、彼は瞼を開けようとする。すると、動くはずのない瞼はゆっくりと開き、真っ暗な視界に光を与えた。
「どこだ?ここは……って臭っ!!」
彼が目覚めるとそこは薄暗い路地裏にあるゴミ捨て場であった。季節は冬なのか吹き込む風がとても冷たい。周りからは室外機の稼働音が鳴り響き、ビニールや包装紙などが散乱していた。そしてゴミ捨て場からは鼻を刺すような生ゴミの臭いが漂っている。しかし、彼がもっと驚いたのはそれだけではない。
「誰だ……この声?それになんで俺に手が付いてるんだ!?」
高く透き通るような美声。彼の口から出た声は明らかに自分のものではなかった。もっと言えばそれは男性の声ではない。そして大蛇の彼にあるはずのない手──それも人間の手が見えている。それも細くしなやかで美しいものであった。
「おいおい……何が起きてるんだよ……」
彼はゆっくりと体を起こし周りを見渡す。すると視界に一瞬キラリと光るものが見えた。
「これ、鏡か?」
見つけたのはひびが入った折り畳み式の手鏡であった。彼は恐る恐る手鏡を取り、そこに映る自分の姿を確かめる。
「な……」
「なんじゃこりゃああー!!」
大蛇の驚愕の声が路地裏に響き渡る。鏡の中にいたのは恐ろしい姿の大蛇──ではなく、可憐な少女であった。さらりとした銀髪のロングヘアーに琥珀色の瞳。年齢は17歳ほどだろうか。そして目線を下げると胸元には豊かな膨らみがあった。
「こ……これ、俺なのか?」
彼は震える手で自らの顔を触る。手から伝わるのはザラザラした鱗ではなく、絹のように滑らかな女性の肌の感触である。
「一体何がどうなってんだよ……」
「対象ノ精神状態ノ乱レヲ感知。拘束・事情聴取モードヲ展開シマス」
またも聞き覚えのない不愉快な声が鼓膜を震わせる。
「ったく……何なんだよこの声は」
彼はイラついた表情をしながら声がする方を振り向く。
「これって鳥……なのか?」
振り向いた先にいたのは見たことのない飛翔体であった。白と黒のカラーリングで羽のようなものはなく、胴体の先端には大きなカメラレンズが付いており、ボディーにはアルファベットで「POLICE」と書かれている。
「裸ニ近イ状態デノ外出ハ公然ワイセツ罪及ビ大阪市迷惑防止条例違反トナリマス」
よく見ると彼が身に纏っていたのは、みすぼらしい肌着のようなワンピースだけであった。
「……さっきから変な声で訳の分からねえことばっか言いやがって!もう限界だ!!」
遂に怒りが臨界点に達した彼は謎の飛翔体に向けて自慢の毒の息を吐こうとする。しかし──
「嘘だろ、毒が……出ない」
彼は何度も毒を出そうと試みるが、いくら力を込めても彼の口から毒の息を出すことはできなかった。
「警備ドローンヘノ攻撃ヲ確認。公務執行妨害デ拘束シマス」
そう言うと警備ドローンの頭上に電気を帯びたリング状の拘束具が出現し、ヨルムンガンドに向けて投げ飛ばしてきた。
「おわっ!」
彼は間一髪のところで拘束具をかわし、ゴミ捨て場から転げ落ちた。しかし、警備ドローンは間髪を入れずに再び拘束具を飛ばしにかかる。
「クソっ!」
攻撃の手段がない彼に出来ることはただ一つ、逃げることであった。ゴミ捨て場を後に裸足の状態で路地裏を全速力で走り出す。幸いなことに、身体能力は普通の人間より格上なようで高速で追ってくるドローンとの距離を徐々にあけていく。
「よし、なんとか逃げ切れそうだな」
しかし、そう思ったのもつかの間。彼は無我夢中で走っていくうちに行き止まりへと迷い込んでしまった。
「な……行き止まりかよ!」
振り向くとそこにはさっきまで遠くにいた警備ドローンが浮遊していた。ドローンは再び拘束具を出現させヨルムンガンドに照準を合わす。後方には壁、前方には拘束具を携えた警備ドローン。それはまさしく絶対絶命のピンチである。
「ちくしょう…… まだ何も分からないままだってのに、こんなモノに捕まるのかよ……俺」
彼の息はさらに荒くなる。そして狙いを定めた警備ドローンが拘束具を投げようとしたときだった。
「あ、姉さーん!こんなところにいたんだねー」
人の声が聞こえた。見上げると警備ドローンの後ろに人影が見えていた。人影は小走りでこちらへ向かっているようでだんだんと大きくなってくる。
「もう~ どこ行ってたんだよ~ 心配したんだぞ!」
やってきたのはどこかの学校の制服を着た少年だった。年齢から見て高校生だろうか、黒い縁の眼鏡をかけ、青のブレザーに赤いネクタイ、そしてグレーのチェック模様のスラックスを纏っている。
「えっと……」
「あれ、警察のドローン?……姉さん、なんかやらかしたの?もう、しょうがないな~ここは僕に任してよ」
少年は胸ポケットから金色のカードを取り出すと警備ドローンの頭上にかざした。
「クレジットカード承認。罰金ノ納入ヲ確認シマシタ」
「じゃ、そういうことで僕らはここで。どーもお世話をかけました~。よし、帰ろっか」
「お、おい」
少年はヨルムンガンドの手を取り路地裏を後にする。もちろん目の前で何が行われていたのかヨルムンガンドは皆目見当がつかなかった。警備ドローンの姿が遠のき、しばらく歩いた後、少年はヨルムンガンドに話かける。
「いやあ~災難でしたね~」
「あ、ああ…… ありがとうな、助けてくれて」
「お安い御用ってもんですよ。ヨルムンガンドさん」
「なんで俺の名前を……」
「それはですね……っともうすぐ路地を抜けるみたいですね」
二人の目の前に大通りへと続く出口が現れた。出口を抜けると太陽の強い光が二人を包み込む。さっきまで薄暗い路地裏にいた為、ヨルムンガンドは一瞬目がくらみ目を細めてしまう。そして彼がゆっくりと目を開けると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
「おお……!」
「ようこそヨルムンガンドさん。ここが科学と魔法が発達し、今なお発展を続ける大都市──魔導都市大阪です」
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