「犬……お前は追放だ!」 S級パーティーに拾われた捨て犬、追放と名付けられる。
春海水亭
読者も長文タイトルってそういう感じで呼ぶよ
「犬……お前は追放だ!」
S級冒険者パーティーのリーダー、聖騎士アルスは捨て犬を拾い上げてそう叫んだ。
犬を含めて誰一人として納得していなかったであろう、アルスを除けば。
魔術師ミルフィーは首を傾げていたし、戦士ドルフは額をとんとんと叩いて、今自分が聞いた言葉をなんとか消化しようとしていた。
捨て犬に至っては、何が起こっているのかもわからずアルスに抱きかかえられたまま、きょとんとしている。
「お前は追放だぞ、追放」と嬉しそうにアルスは何度も繰り返していたが、欲しい説明はパーティーメニューに何一つとして与えられなかったので、ミルフィーは意を決してアルスに尋ねた。
「追放って、何がよ?このワンちゃん拾ったばかりでしょ?」
「何がって……追放だよ、追放」
「拾ったばっかりで追放ってどういうことよ」
「いや、名前だよ。こいつの名前。犬のことを犬って呼ぶ気か?」
「えっ……追放?このワンちゃんをアンタ追放って呼ぶの?」
「いや、俺だけじゃねぇよ……こいつのことは皆が追放って呼ぶんだよ。名前なんだから」
なぁ、追放――そう言いながら、アルスは優しく犬の頭を撫ぜた。
柔らかく大きな手に撫ぜられて、犬は喜んでしっぽを振っていたが、ミルフィーは唖然として次の言葉を紡げずにいた。
「アルス……貴方、追放は無いでしょう、追放は」
ドルフが呆れるように言った。
「わかってねぇなぁ、ドルフ」
アルスは腕を伸ばし、犬の鼻の頭を眺めながら言葉を返す。
鼻の頭は湿っている。
「異世界のニポンって国にはガキに変な名前を付けて、死やら不幸やらを遠ざけるって文化を聞いたことがある、つまり、そういうことだよ。こいつは追放」
「あぁ……なるほど」
どうやら何も考えずに追放という名前をつけていたわけではないらしい。
ドルフはほっと胸を撫で下ろし、ミルフィーは安堵の表情を浮かべた。
「じゃあ、大きくなったらちゃんとした名前をつけるんですね」
「ああ、後悔してももう遅いって名前を付けるつもりでいる」
「はぁ?」
「お前は追放で、将来的には後悔してももう遅いんだぞ~」
微笑みを向けるアルスからミルフィーは犬をひったくった。
「どこに名前を文章で付ける奴がいるのよ!」
「異世界から来た食パン屋とか名前が文章だろうが」
「犬の名前と食パン屋の名前を一緒にしないでよ!」
「出世魚の文化を知らねぇのかよ!最高に縁起が良いだろうが!」
「アホ!」
アルスから庇うようにミルフィーは犬を抱きしめ、ドルフは首を横に振った。
「貴方のネーミングセンスは死んでいます」
「いや、いい名前だろ!!」
「これがいい名前になるのはタイトルだけですよ……」
「そんなに言うならお前らが名前つけりゃいいだろ!一番良いのは追放だろうがな!」
「はん……アンタのアホネームより百倍いい名前が付けられるわよ!」
ミルフィーは犬の顔をまじまじと見つめ、そして最高の笑顔で言った。
「この子の名前はヘルドッグよ!」
「種族名みてぇな名前つけてんじゃねぇよ!こいつ柴犬だぞ!」
「なによ!いい名前じゃない!あ、私のネーミングセンスに嫉妬しちゃったんだ、あ~あ、恥ずかしいわね!」
「恥ずかしいのはお前のネーミングセンスだ!じゃあ街中でヘルドッグって呼ぶのかよ!」
「呼ぶわよ!」
「町の人達が新種のモンスターでも出たんじゃないかってびっくりするだろうが!」
「落ち着いてください」
ドルフがミルフィーから犬を抱き寄せ、その頭を優しく撫ぜた。
「あなた方のネーミングセンスは死んでいます、私がネーミングのお手本というものを見せてあげましょう」
「は~ん、じゃあ見せてもらおうじゃねぇか!俺の追放よりも良いって言うんだろうな!」
「何よ!良いじゃないヘルドッグ!格好いいじゃない!」
ドルフはしばらく考え込んだ後、重々しい確かな声で告げた。
「チートムソウ」
「はぁ?」
「えぇ?」
「この子の名前はチートムソウです、競馬場のアナウンサーのように貴方の名前が連呼される未来が見えますよ……フフ」
「さんざん俺のネーミングを腐しておいて似たようなジャンルじゃねぇかテメェ!」
「やっぱり私のヘルドッグが一番いいわよ!」
「いえ、この子の名前はチートムソウです!」
「追放だよ!追放!」
S級冒険者パーティーが犬の名前で一触即発の事態になりかけたその時である。
「なーに、やってンすか」
そんな三人を見かねて、彼らに声をかけたのは動物の声を聞こえるアニマルテイマーのムツである。
「ムツ、お前は追放がいいだろ?」
「はぁ?」
「いいえ、ヘルドッグよ!」
「はぁ?」
「チートムソウです!」
「なんすか、新作小説のジャンルでも考えてンすか?」
「誰がどう聞いても犬の名前を考えてんだろうが!」
「誰がどう聞いたら、そうなるのかわかンないっすわ……」
ムツは呆れて、そう言うと三人から犬を取り上げた。
「僕がこのわんころから聞くんで、それで名前を決めましょう。アンタらが話してても一生決まンないっすよ」
そう言って、唸り声をあげるムツ。
本人が名前をつけるというなら、文句のつけようがない黙って見守る三人。
ムツの唸り声に応じるように、犬もきゃんきゃんと吠えてそれに応じる。
「ふむ、ふむふむ……」
「追放はなんて言ってんだ?」
「ヘルドッグよ」
「チートムソウでしょう」
「自分の名前でご主人さま達が喧嘩するのは耐え難い、と」
言われてみれば、全くそのとおりの話である。
新しい家に迎えられるというのに、その家が喧嘩ばかりではなんと居心地の悪いことだろう。
三人は深く反省し、ムツに次の言葉を促した。
「だから、三人から名前を貰い……S級パーティーを追放された俺、ヘルドッグであることが判明しチート無双する、後悔してももう遅い!とする、と」
「「「「S級パーティーを追放された俺、ヘルドッグであることが判明しチート無双する、後悔してももう遅い!」」」
三人は声を合わせて、そう叫んだ。
「いやぁ、流石にそれはねぇだろ……」
「僕はこの名前が良いとS級パーティーを追放された俺、ヘルドッグであることが判明しチート無双する、後悔してももう遅い!が言ってるンで……」
ムツがそう言うと、S級パーティーを追放された俺、ヘルドッグであることが判明しチート無双する、後悔してももう遅い!もそれに肯定するようにワンと吠える。
「じゃあ、このワンちゃんは今日からS級パーティーを追放された俺、ヘルドッグであることが判明しチート無双する、後悔してももう遅い!ってことになるのね」
「まぁ、そういうことなら……S級パーティーを追放された俺、ヘルドッグであることが判明しチート無双する、後悔してももう遅い!と呼びましょうか」
「ま、しゃーねーな。よろしくなS級パーティーを追放された俺、ヘルドッグであることが判明しチート無双する、後悔してももう遅い!」
というわけで無事に名前が決まり、S級パーティーに迎え入れられたS級パーティーを追放された俺、ヘルドッグであることが判明しチート無双する、後悔してももう遅い!であったが、誰も正式名称が覚えられなかったので、結局三人それぞれが追放、ヘルドッグ、チートムソウと呼ぶこととなったのである。
「犬……お前は追放だ!」 S級パーティーに拾われた捨て犬、追放と名付けられる。 春海水亭 @teasugar3g
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