第3話 祈り

「お母さん、お母さん……」

 目の前に私の娘がいる。

「どうしたの! その恰好!」

 娘の姿は酷いものだった。体中、痣だらけで、傷もある。着衣も乱れていた。目からは涙が流れている。

 何が起きたのか、容易に想像ができた。

「誰!? あなたをこんな目に遭わせたのは!」

「名前はわからないけど、近所に住む男の人。年齢は四十歳くらいで……」

 犯人の名前はわからなかったけど、特徴を聞くことならできた。

 四十歳くらいの男性。細い目、豚みたいな鼻、たらこ唇、ビヤ樽みたいな腹……

 どこにでもいそうな不細工な男性のようだが、これらの特徴を持つ男性は、近所に一人しかいない。

 ――あの男だ!

 私は確信した。

「お母さん、来て……」

 娘は歩き出した。

 私は娘の後を追いかける。


 私は、あの男の家の庭にいる。

 娘も一緒。

「私は、こことあそこにいるの」

 娘は真下の地面と、少しばかり離れた所にある肥溜めのふたを指差した。

「こことあそこって……」

「私は、その後、体を複数に分けられたの……」

「な……」

 娘の発言を理解した私は絶句した。

 直後、体の奥底からマグマのように熱いものが、せり上がってきた。



「夢か……。やけにリアルだったわね」

 夢の中で娘から衝撃的なことを聞いたところで目が覚めた。

 娘が行方不明になってから、何日も経つが、警察からは何の連絡も来ない。

 ――夢の中で娘が言っていたことは、本当だろうか?

 ――だとしたら、あの男は許せない!

 あの男が犯人だという証拠は見つかっていないが、私はを信じることにした。



 ――ここね。

 私は、あの男の家の前に来た。

 どこにでもありそうな二階建ての家。

 男は四十歳で独身。両親はすでに他界している。

 なので、この家に住んでいるのは、あの男一人だ。

 ――あの男に罰が当たりますように。警察に捕まりますように。

 私は家の前で祈りを捧げた。

 毎日、祈りを捧げた。

 あの男が犯人であるという証拠が見つかっていない以上、私にできることは、これくらい。

 夢の内容を警察に話したところで信じないだろう。

 ――変人だと思われても構わない。

 ――娘のかたきを打ちたい。



 祈りが通じたのか、あの男は逮捕された。

 最初は公然わいせつ罪での逮捕だったが、すぐに死体遺棄と強制性交殺人の罪でも逮捕された。

 男の家からは娘の死体が見つかった。

 だが、その姿は、あまりにも変わり果てていた。

「う、う、うわあああ……」

 私は思わず、膝を床に着けてしまった。

 温かくて塩辛い液体が、頬を伝っていく。

「私の可愛い娘、自慢の娘! とても優しくて、いい子なのに! どうしてこんな姿に……」



 目の前には娘の墓がある。

 あの男が逮捕されたことを報告した後、花束を置き、両手を合わせた。

 ――どうか、安らかに。


 娘の冥福を祈ると共に、あの男に厳罰――死刑――が下ることを願ってやまない。

 もし、死刑にならなかったら、その時は……



 あの男がむごたらしく死に、地獄に落ちることを

 根気よく、いずれ願いはかなう。

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便所から死霊軍団 矮凹七五 @yj-75yo

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