第9話/あの日の後悔

 ――昔から、誰かの悲しむ顔は見たくなかった。


 幼い頃、仲の良かった友達が、夕方に一人で公園にいてブランコを小さく漕いでいたけれど、その時の顔がすごく悲しい顔をしていて、それを見た途端胸がきゅっと握りつぶされたような感覚を覚えた。


 どうしたんだろうとか、なんでそんなに悲しそうなのとか。子供の好奇心も相まっていつの間にかその友達に声をかけていた。


「どうしたの?」


「……」


 無言だった。それでも僕の言葉でこっちを向いてくれたけど、もの言いたげな目が直ぐにそっぽを向いて、それ以降目を合わせてくれることはなかった。


 更に胸の痛みが広がって、それが心配してるときの痛みなのは結構後で知ったことだけど、小さい手で友達の顔を掴むと、強引にこちらに向けて。


「何か言わないとわからないよ!」


「……から」


「え?」


「別になんでもない、から」


 強引に目を合わせようとしたのに、目が合ったのはほんの一瞬だけ。それでも、漸く友達は言葉を発した。ただ何でもないなら、今にも泣きそうなその顔はなんなんだとばかりに、僕はまた一歩踏み出していた。


「なんでもなくないでしょ、すごく泣きそうな顔してるもん」


「してない」


「してる!」


「してないって」


「してるよ!」


「してないって言ってるだろ!」


 ばしっと思い切り僕の手を力強く払って、今度は俯く友達。明らかに怒ったのはわかったけれど、急に大声を出されて思わず怯んでしまった。それでも心配でたまらなくて、声を掛けようと思った矢先、友達は立ち上がって「ごめん」の一言。


 その言葉を聞いて僕は何も言えなくなった。手も伸ばせなくて、気づいたら友達はそこから姿を消した。


 でも次の日。昨日と同じように友達がまたブランコに乗っていた。ただ昨日のこともあって少し気まずかったのをよく覚えている。それでも心配なのは変わらなくて、


「な、なにかあったの?」


 と声をかけた瞬間、直ぐにブランコから降りて足早に去っていく。話もしたくないくらいに嫌われたんだって、子供の僕でもよく分かった。でもだからと言ってこのままでは良くないと、友達を追いかけて捕まえた。


「その、昨日は、ごめん」


「……別に、悪いのはこっちだし」


「でも、どうしても、友達だから、何か力になれたらって、思うんだ」


「……友達なら、今すぐ手を放して、放っておいて」


「それは、できない」


 ――だって、今手を離したら君はどこかに行ってしまうような、もう取り返しがつかないような気がして。


 という言葉はまるで出てこなかったけれど、離してたまるものかと手の力を強めて、離さないと行動で伝える。


「……いいよね、ゆーと君は。こっちの気持ちも知らないで、そうやって友達面できて。楽しい?君のそのお人好しのせいで人が傷ついてるの、見ていて楽しい?」


 僕の気持ちが伝わったのか、逃げようとする力は伝わらなくなって、代わりに友達は振り返って涙が次から次へと零れている目で、見つめてその言葉を言い放った。


 元々その友達が、そこまで嘘をつく人ではないのは知っていたのもあるけど、涙が溢れるその眼から、言葉の意味はそのままの意味。嘘は言っていない。紛れもなく本音であることが一瞬で伝わった。


 伝わったからこそ、僕は驚いて手を離して、そんなつもりはないと。言おうとした。でも言葉がうまく出てこなくなって、先に口を開いたのは友達だった。


「いいよ。俺が悩んでること話すよ……俺が毎日悩んでたのは家のことだよ。母さんと父さんが毎日なんの話かは分からないけど、喧嘩して、それのうっぷん晴らしに父さんから殴られたり蹴られたりしてるんだ。それも顔だけは避けてお腹とか見にくいところをね」


「そ、それって先生とか警察には」


「言ったさ。でも父さんはやってないの一点張りで、母さんは見て見ぬふり。というか転んだんじゃない?とか言ってたね。それがあって誰も俺を助けてくれる人はいないんだよ。わかった?」


 想像していることよりも遥かに大きな問題。友達の身体のことなんて一切気づかなくて、友達失格。その言葉が頭の中に浮かんで、友達にかける言葉が一切出てこなかった。


 毎日苦労して、嫌な思いをして、あの時だけ一人の時間を作って、頑張っていたのに僕がそれを壊した。そう思うと本当に友達の言う通りだった。僕は人の気持ちを理解したつもりでいただけで、本当にはわかってなかった。


「ほら君も俺を助けることはできない。だから、ごめん。もう関わらないで。これ以上ゆーと君を傷つけたくはないから」


 友達だったその人が、その言葉を最後に目の前から遠ざかっていく。消えてしまいそうな背中を僕に見せて、どんどんと遠くなっていく。


 それでも僕は手を伸ばそうとした。引き留めようとした。僕だけは君を助けたいと思って、少しでも君の心の拠り所でいたいと思って。


 でも掴んだのはただの空気。今彼をを引きとめたところで、彼は更に苦しくなるだけ。一人でいたいから、決まった時間に公園にいた。なら僕は引き留めるべきじゃないのかもしれない。


 どこかでそう思っていたのか、はたまた彼が言った言葉がショックで足が地面に根付いたまま動こうとしなかった。


 でもその後、友達だった彼は僕の前にもう二度と現れることは無くなって、一週間後先生から彼が亡くなったことを伝えられた。

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青空《そら》のカナタより〜ある日突然やってきた記憶喪失の謎の銀髪美少女は宇宙人!?〜 夜色シアン @haru1524

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