十五分

春日あざみ@電子書籍発売中

十五分の重み

「面会禁止」


 新型コロナの第一波が始まった時、入院施設のあるどの病院でも、デカデカと印刷されたこの文字が張り出されたことだろう。


 やむを得ない。限られた人員で、限られたベット数で、コロナだけでなく、他の重篤な病気で入院している患者にも対応しなければならないのだ。


 病院でクラスターを発生させるわけにはいかない。それは当たり前の処置だ。


 だけどその時。私達の大事な人は、間もなく命の灯火が吹き消されるであろう状態にあった。


 先生は、私達が、あの人に会うことを禁止しなかった。

 もう、長くはないことを知っていたから。


 しかしナースステーションに行くと止められる。


「先生から聞いていますが、今は無理なんです。感染対策なんです。、十五分の間だけにしてください」


 私は、この看護師さんが間違っているとは思わない。多くの人間の命を救わねばならない。


 十五分の時間の中で、めいっぱい声をかけた。

 その人は言った。「ここは監獄のようだ」


 許された十五分を、私達は大事に使った。しっかり消毒をして、マスクをして、ゴム手袋をして。


 ある日、看護師さんは言った。


「今日は、十五分じゃなくても、少し伸びてもいいです。ただ、消毒マスクだけはしっかりしてください」


 その日は、あの人の誕生日だった。限られた家族で天井に映し出された映像を見た。あの人との思い出を振り返るスライドショーを。「お誕生日おめでとう」小さな声で、そう伝えた。


 途中、私達と同じく、「着替えの交換のための十五分」を許された訪問者は、私達のいる病室の前に立つ、看護師さんに苦言を呈した。


 看護師さんは、「すみません、あと少しだけ」と、私達の代わりに謝っていた。


 その日の晩。私達の大事なあの人は旅立った。最後に小声のハッピーバースデーを聞けて、少しでも幸せだったろうか。



 あの人が亡くなってしばらくして、感染者の急増、病床の逼迫、非常に厳しい状況が続いた。


 そしてかつてあの人が息を引き取った病院でも、クラスターが起きた。


 きっとあの病院の医療従事者の人たちは、過酷な状況に心をすり減らしながらも、立ち向かっただろう。苦しい思いをされただろう。眠れない毎日を経験しただろう。


 許された十五分について、度々思う。

 私達はあの時、引き下がるべきだったのかもしれない、と。

 沢山の人の医療のために、あの人を一人で、逝かせるべきだったのかもしれない、と。


 しかし間違いなく、あの十五分に、私達とあの人は救われていた。

 改めて、あのときの看護師さん、先生に伝えたい。


 ありがとう、そして、ごめんなさい。

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