コミュ障の女の子が絵の見せ合いでセックスする話

碓氷華香

第1話 

 私は、絵に込められた思いを読み取る能力を持っている。

 絵の作者が、どういう気持ちで絵を描いたのかを知ることができる能力だ。小学校に上がった頃、この能力は自分しか持っていないんだ、と思って嬉しくなったのをよく覚えている。それが、この能力について思い出せる最後の記憶だから、きっと物心ついた時からそうだったんだと思っている。

 私は物心ついたときから、他人とのコミュニケーションができなかった。

 保育園では先生と一緒に延々と絵を描いて過ごしていたらしい。たぶん当時からまともに友達ができなかったんだと思う。この能力も、長いことそういう条件の下で育った反動なんだろうと勝手に信じ込んでいるのだけれど、実際にはどうなのかわからない。

 絵を描くことしかできなかった私は、暗くて怖い人間としてクラスメートから面白がられていた気がする。その時の感覚は今ではよく覚えていない。でも、自分の気持ちも絵の中に込められると知った時は確かに嬉しかったし、小、中学校時代に描いた自分の絵の中には、クラスメートの人たちを罵る拙い心境が込められている。きっと憎悪の気分は抱いていたんだ。毎日通っていたはずの中学校の校舎が、そこを卒業してしまえばどんな風だったか思い出せなくなるのと同じように。


 そういうふうにぼんやり過ごしているうちに進学をした私は――彼に、出会った。




 彼とは同じクラスだった。休み時間とかに、私と同じようにひっそりとアニメの絵を描いているのを見て、この人は私と似たタイプの人なんだ、と知っていた。

 学校での空き時間は大抵絵を描いていたし、うちのクラスの中でそういう「陰」の側の人は少なかったから、最初から彼のことが少しだけ気になっていた。長身で、体が細く、色白で地味な容姿。人畜無害な雰囲気と性格をしているぽかった。教室の前の方の席に座っている彼のことを、私はいつも斜め後ろから見ていた。なんだかだるそうに緩慢にあくびをしたり、動くその様子が羊のように見えた。

 「陰」ではあるようだけど、意外と私が話せないような人とも軽快に話している時もあったし、第一印象から私は彼のことを良い人だと認識していた。

 私がしばらく斜め後ろから気にしていたのを気付かれていたのかわからないけど、彼も私に興味があるみたいな振る舞いをした。

 二、三日に一度は話しかけられて、好みのアニメや漫画について会話をすることがある。私はいつも聞き手側だったし、目を合わせて話をするのが苦手で、いつも彼の、私よりもさらさらで綺麗な髪を見ながら、うん、ううん、くらいしか口をきけなかったのに、諦めないでいてくれる彼はひどく優しいと思った。

 だから、今年の夏休みに彼から「君のことが好きだから付き合ってほしい」という風に告白をされた時も、私はそれを断るのに十分な理由を持っていなかった。

 それに、告白と同時に手渡された一枚の絵には、私への恋心だけが、ただ一つ純粋に含まれていた。私は告白に頷くことしかできなかった。

 私は、恋愛がどういうものなのか、よくわからなかった。かといって、彼はおそらく一生懸命なのに、彼のことをよく知らないこのまま受動的でいるのもどうかと思ったので、彼とは定期的に互いの絵を見せ合いをすることにしていた。絵を見せ合うことで、互いに心を通じ合わせることができると思ったからだ。

 絵を見せるごとに、私の心が彼に伝わる気がして、どきどきした。絵に思いを込めて、他人にそれを贈るなんて、数えるほどに経験がない。だからなのか、そのどきどきする気持ちは、やり取りを繰り返すごとに大きくなっていった。

 彼が私の絵から気持ちを汲み取ってくれた時はすごく嬉しかった。

 普通の人とは、拙い会話でしか伝え合うことができないのに、彼とは絵で心を伝え合うことができるかもと思った。私の本当を知ってもらえると思った。当初わからなかった彼の気持ちも、最近なんとなく、ぼんやりとだけど、わかるようになってきた。絵に込められた気持ちと彼の言葉の間に多少の乖離があるようだったけど、そんなことが気にならないくらい、彼をもっと知りたいと思うようになった。反面、私をもっと知ってほしいという思いもあって、彼への気持ちを積極的に絵に込めるようにもしていた。

 絵の見せ合いはこっちから誘うこともあるけど、それはなんとなく本格的に彼への気持ちが溢れた時くらいで、基本的に彼から『これ描いたんだけど』みたいな文面が送信されてきて皮切りになる。彼は彼でなんでもない時に送ってくるらしくて、今回も、送られたメッセージがはじまりだった。




 それは、ある日曜日の昼下がりの頃のことだった。

 今回の場合は、いつもと少し違っていた。彼は今度の合唱コンクールのプログラムの表紙を飾る絵を任されていて、その下書きができたので、私からアドバイスが欲しいとのことだった。彼から、外向きの絵に対してのアドバイスが欲しいと求められたのは、この時が初めてだった。

 絵=描いた人の心として捉え読み取る私は、不特定多数に見られる絵に込められた気持ちにどう反応するのが適切なのかわからない。

 そういえば、彼の絵そのものに対しての評価はいつも心の奥にとどめていたなと思っていると、通知音とともに写真が送られてくる。

 白いコピー用紙に描かれた、指揮者の女の子の周りに音符が舞っている絵だ。拡大すると、いつもの通り、絵に込められた感情が読み取れる。すごく綺麗で美しいと思う以上に、彼の想いが伝わってくる。

 でも、ふと、写真の中に違和感がある。

 これはなんだろう。思って、写真を限界まで拡大して、スマホと顔を近づける。

 白い紙を背景に、黒くて細い、一本の糸のようなものが目に映る。ばねのようにも見えた。ちぢれていて、太さは一通りではないみたいで、先端は細いけど中ほどの部分は太い。

 これが、にあるものだと確信するのには、だいぶ時間がかかった。

 確信すると同時に、私の中ではじめての衝動が蠢くのを感じた。

 ――特有のその形状には、心当たりがあった。私の身体にも生えている毛。普通は誰にも見せないように隠しておくべき場所に、生い茂っている。そんなものが、どうして写っているのだろう。

 はじめての衝動は、私のへその下あたりを中心に発生した。熱くて重たい。今まで感じたことがない感覚。

 はっとして、すぐに鉛筆を持って机に向かう。

 ぼーっとしてはいられなかった。

 描かなきゃいけない。私のこの感覚を、いつでも思い出すことができるように、絵に描いて残さなきゃいけない。

 描き上がった絵をスマホで撮って、彼に送信する頃には、私は自室のベッドに横たわって、スマホの画面を凝視していた。早く、この絵を見てほしい。見て、私からの問いかけに気付いてほしい。

 私の身体の中で、きっと一生使うことないと思っていた器官が脈を打っていた。

 私は、の脈動が求めるものに従うように、おもむろに下着の中に手を伸ばした。




 私はそのまま、気を失っていた。

 汗をかいていたし、身体のいろんな場所が濡れていた。その中でも、下着の濡れ方がひどかった。意識を失う前に何をしたのか、思い出す。その時に感じたことも、ほんとは全部全部、描いて絵に収めておきたかった。でも、身体の力は抜けきっていて、動く気にもなれなかった。こんなことは、本当にはじめてだった。

 ベッドの上で気がついたら、もう夜の十一時を回っていた。

 慌ててスマホを見ると、私の問いかけは彼に届いていないらしくて、どうしてアドバイスをくれないで絵を送ってきたのか不思議そうにしている彼の顔が思い浮かべられるような返信が届いていた。

 やっぱり彼は、まだちゃんと私の絵を読み取れないんだと思い、少しだけ悲しくなった。それ以降、私の方から返信を返すことはなかった。

 明日も学校があるから、お風呂に入って、寝なきゃいけない。脱衣所で服を脱ぐとき、ふと、洗面台の鏡に自分の裸が映っているのが見えた。

 私は一瞬だけをなぞると、なんでもないように、シャワーで身体を洗った。




 お風呂上がり、寝巻きに着替えた私は、またスマホを手に取った。ただ、さっきの絵の写真をもう一度見たかった。夢中になって忘れてしまっていたけど、彼のその絵に含まれているはずの思いを読み取っていなかったのだ。

 今回、彼から流れに向かおうというアピールがされたんじゃないかと思い込んでいた。いつか私も、彼とことをするんじゃないか。恋愛をしていて流れになるのは、学校で周りにいる人の話から聞き取っていたし、保健体育の授業とかでも知っていたから、なんとなく想像をしていた。

 でも、絵をすみずみまで眺めてみたけど、違うみたいだった。

 驚いたことに、そこには、いわゆる下心的な感情は含まれていなかった。

 いろいろ考えてみたけど、理由がぜんぜんわからなかったから、そのまま、さっき私の身体に起こったことについて詳しく調べようと思った。ブラウザアプリを開いた私は、検索窓にワードを打ち込んだ。それからいろんなサイトを回った。保健の授業では教わらなかったことを知った。




 スマホを開いたまま寝落ちしてしまった私は、次の日、遅刻しそうな時間に家を出た。

 学校では、彼と一言も会話を交わさなかった。席が遠かったし、恋愛的な付き合いをしているとはいえ、こうやって会話がない日は珍しくはなかったので、そもそも彼が写り込んでいたものに気づいていない可能性もあった。

 ずっと、なにかもやもやしたものが胸の中にあった。授業中も、休み時間も、ずっと。

 全部私の考えすぎだったらどうしよう、と思った。

 それを憂うたびに、私の下腹部が疼くのを感じた。我慢できないくらいだったけど、彼から直接の気持ちを聞き出すのは、とてもできなかった。

 だから、その日の夜、私は彼を試すことにした。




 私は、昨日衝動的に描いて彼に送った絵を、もう一度スマホで撮った。自分のの毛を、わかりやすく写り込ませて。撮って、それを彼に送った。

 ――私と、こと、したいの? 

 その絵に込めた疑問が、彼に届くことを祈っていると、すぐ既読がつく。

 五分後くらいに、彼の方からも絵が送られてきた。

 絵は、以前彼が見せてくれたもののようだけれど、その絵の隅には、透明な液体がかかっている。

 私は、慌てて本棚を漁って、保健体育のときにもらった小さな冊子を取り出した。

 ページをめくると、「男子に起こる変化」という見出しの下に、白い液体が入ったペトリ皿の写真がある。それが、彼の絵にかかっている液体と同じものだとわかった。

 冊子には、その白い液体が、精液命のもとだと書いてある。

 絵にかかっている液体は、彼の精液に違いなかった。

 彼は射精したのだと、電撃が走ったように理解した。彼は、私とのやり取りの間で、私の――陰毛に気がついて、それで射精したんだ。

 私はいてもたってもいられなくなる。 

 彼は私のために遺伝子を吐き出した。

 その事実が、私をどうしようもない世界へ誘う。

 美味しそうなものを見て涎が垂れるように、身体じゅうの粘膜がじゅくじゅく濡れそぼるのを感じた。同時に、身体のいろんな場所が、内側から焼かれるみたいに熱を持つようになる。とにかく、熱かった。

 服を脱いだ。

 初めて、インカメラを起動した。

 画面いっぱいに自分の姿が映ると、私は、自分の全裸の写真を撮る。

 何回も、何回も、シャッターの音だけが、私の部屋に響く。彼への気持ちを込めたポージングをする私の姿が、私のスマホの中にどんどん溜まっていく。自分なのに、見たことのない自分を知る感覚に高揚していく。別の誰かに成り代るような感覚で、舌を出した。そのまま、膣口に触れて濡れそぼった指を口に咥える。

 ふと、彼が精液を出すなら、私は何をすればいいのだろう、と思った。

 自分の分泌液でどろどろになった指で、今度はさっきの冊子を拾いあげる。「女子に起こる変化」のページを見つめると、男子よりも女子の身体の方が複雑だった。子宮、膣、卵巣。これらの様々な器官が、自分の身体の中にあるのが信じられなかった。

 でも、やらなきゃいけない。彼が遺伝子を吐き出してくれたように、私も。ベッドに身体を預けて、今までは絵を描くこと以外何も成せなかった指で、自分の遺伝子を探しはじめるのに、なんの迷いもなかった。

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コミュ障の女の子が絵の見せ合いでセックスする話 碓氷華香 @hanakausui

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