デックス

「せっかく死んだのに、わざわざ記事の催促にいらしたんですか?」

「わざわざ? 私たちにとっては、いちばん大事なことのはずだけど」


 おれの背後で、椅子の足が床と擦れて鳴いた。


「――さて、と……もう行かないと。南行きの馬車が出ちゃうわ」

「……これっきりでしょうね」

「そうね。でも忘れないで。私はいつまでもあなたのファンよ、デックスさん」


 年老いた細い手が、そっとおれの肩を撫でた。


「ここのお勧めはサンドウィッチ。旅に出る前に一度食べてみたかったの。試してみて」

「マルセルに奢ってもらうことにしますよ」


 おれが持ち上げた手は、ただ自分の肩を撫でただけに終わった。ため息がでそうだった。おれは葉巻を咥え、先ほどウェイトレスに渡された紙にペン先を滑らせた。

 ヨコに『デックス』、タテに『網の目メッシュ』。

 まるで聖教会式の墓標だ。ただし、下に疑問符がついている。


「あーもう! しつこいったらないんだから……」


 そう嬉しそうにぼやくマルセルの声に、おれは便箋に息を当てて畳んだ。

 マルセルは対面の席に座りつつ、目ざとくこちらの胸元を指差す。


「ちょっと。いま何か隠したでしょ。何?」

「……マルセル、うちのクロスワードパズルってどこの誰が作ってるんだ?」

「へっ? クロスワード? それは……」


 マルセルは当然のように名を言おうとして、視線を宙に彷徨わせた。


「誰だっけ……? 会ったことないかも……? でもデックスとは性格が合うかもよ?」

「なんで会ったことないのにおれと合うか分かるんだよ」

「カミチョー。出てくる問題は勇者様とか聖教会がらみばかりだし、批判的だし」

「……なるほどねぇ」


 おれは気分良くメニューを眺めた。ジョー婦人のオススメは――、


「……おれ、サンドウィッチな。どんなのか知らんけど」

「えっ? ああ、うん。いいけど……知ってたの? お父様の知り合いが――」

「なんでもいいよ。とりあえずそいつを食いつつ原稿の相談といこう」

「……何かあった?」


 マルセルが訝しげにおれを見た。ほんの少しの間にやりにくいくらい察しが良くなった。

 おれは葉巻をシガーケースに置き、背もたれを軋ませた。


「デックス&マルセルの記事があんのにマルセル&デックスの記事がねぇんじゃ片手落ちだろ? だから今度の記事は『ジョー・マングスト 知られざる英雄の最期』」

「……えっ?」

「知りたいだろ? おれがジョー婦人から何を聞いたのか」

「知りたい! 教えてくれるなら私――」


 バン! とマルセルはテーブルに手をつき、身を乗り出して――、

 すぐに、さっと顔色を変えた。

 もちろん、おれは続くであろう言葉を知っていた。


「なんでもする。そうだよな?」

「……ちょっと待って。デックス、今度は、何を……」

「何かって? 次の大ネタを決めたんだよ」


 おれは人差し指を中指を揃えて掲げ、ウェイトレスを呼んだ。

 次の次の記事で狙うは、便箋に描かれた五枚の花弁のインチキ教団。斜めに伸びた三枚目の黒い花弁。橙色の君、ラナンキュラス・ファビアーニだ。


 聖教会はなぜ予言より十年も早く北への進出を目論んだのか。

 なぜラナンキュラスは広報官になれたのか。

 政治と経済のネタで隠せば、ヘイズも文句を言えまい。


 やることが決まると、後悔ばかりが湧いた。

なぜデスクとニセカーライルの誘いに乗ってやらなかったのだろう。潜入し、内側から告発する手もあったはずだ。

 ウィットネスの身でありながら、復讐心と怒りに囚われ、手段を違えたのだろうか。

 ――こういうときは、ヤケ食いに限る。

 おれは未知の料理を注文し、自作の着火装置に火花を舞わせ、手紙に火をともした。


「――ちょっ!? いいの!?」

「いいんだよ」


 おれは燃える五枚の花弁で葉巻に火を点け、霧のような煙を吹いた。

 聖教会のケツに火をかけてやる。

 墓標に名を刻むのは、それからでも、まだ早い。

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裁くのはおれじゃない λμ @ramdomyu

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