第4話 忌まわしい過去の出来事
平田の目の奥に忘れようとしても忘れられない、あの忌まわしい過去の出来事が浮かんで来た。顔をゆがめ、何度も首を振り、過去を忘れたい思いを断ち切りながら事実を一つ一つ噛みしめるようにゆっくりと話し始めた。
それは、三年前の一月半ば過ぎの金曜日であった。
その日はAB工業の取締役技術本部長である平田は、統括している技術本部のある○○工場の技術本部長室にて技術本部の各部長達を集め、朝から来期の新製品の開発計画について打ち合わせをしていた。
昼になり、昼食を取り、引き続き打ち合わせを始め一時間程経った午後二時半頃、平田の机の上に置いてあったスマートフォンが鳴り響いた。
社長からの指示で、直ぐに本社に来るようにとの事であった。
平田は部長達との打ち合わせを直ぐに中止すると、東京にある本社に向かい、本社に着いたのは午後五時を回っていた。
社長室に入ろうとドアをノックしようとした時、社長秘書が飛んで来て、社長が外出したことを耳打ちされ、封筒を渡された。直ぐに人気のないトイレに入り、封筒を開封すると一枚のメモが入っていた。
至急メモの場所に来るようにと書かれており、ここに来る事は誰にも言わない事と追記がかかれてあった。
メモに書かれた赤坂の料亭小牧に行き、奥の座敷に通され襖を開けると、大きな座卓を囲み社長と社長派の山川常務と役員四名が座っており、世間話をしていた。○○工場の工場長の高田専務と高田派の役員五名はいなかった。
会社の中では、社長派と高田専務派の派閥があった。平田は派閥には入らず中立の立場を取っており、このような席に招かれたのは初めてであり、何故か不吉な予感が
身体中に駆け巡った。
社長は平田を見ると笑顔を作り手招きし社長の脇に座らせると、一人一人顔を確認するかのように見渡し「これで全員揃ったな!」と念押し、これから話すことは、ここのメンバー以外には絶対秘密だと言って話し始めた。
「市場の状況が悪くなってきており、その影響で我が社は前期より経営状況が悪化しており今期の決算は減益となるであろう、このままの状態で来期も更に減益となり明るい材料が無ければ高田専務派の攻勢作戦により私は責任を取らされ失脚させられるであろう。その時は君たちもどうなるかは分かっているだろう」
社長はコップのミネラルウオーターを飲み口を潤すと更に話し続けた。
「今期、平田君が開発提案した画期的な製品は、高田専務派の陰謀にはまり我々も開発提案を棄却することに同意してしまい、我が社には明るい材料が無くなり、会社の経営状態を良くすることも出来ない。そこで、平田君の開発提案を更に改良を加え再提案し、我々の力で採用・開発・商品化することが我々が生き残れる道である。高田専務派の抵抗を断ち切り一致団結し、やり抜こう!」
そして話の最後に,この画期的な製品が商品化され経営状況が良くなった時には社長は会長となり、社長には平田君になって貰うと付け加えられた。
平田は社長及び社長派の常務や役員たちから、社長派となり協力してくれるように強く要請された。
平田は技術者として開発提案の内容に自信があった。商品化すれば必ず売れ、会社の経営状況もよくなることを確信しており、今度は社長派が付いており、必ず商品化ができると思うと嬉して、要請を了承した。
「社長、私、平田は社長派となり全力で協力いたします」
この一言から、平田は自分が奈落の底に落ちて行くなんて、この時はほんの一欠片も思ってもいなかった。
むしろ、開発提案が復活し、商品化できることが嬉しくて、家に帰ると妻と娘に報告した。
妻と娘は開発提案が棄却され悔しがっていた夫を思い出し、その開発提案が通りそうだと聞き喜んでくれた。
翌日の土曜日は家族三人で久しぶりに銀座に出かけ、ロードショーを観賞した後、レストランに入り楽しく夕食を取っていた。
その時、妻が何を思ったのか、突然、寂しそうに「ポツリ」と言った。
「あなた、会社を立て直す重要な開発が始まれば、このような楽しい時間が過ごせなくなりますね?」
突然の言葉に、娘が笑いながら言った。
「お母さん、寂しいこと言わないでよ! このような楽しい食事くらいはいつでもできるわよ。ねえ、お父さん?」
平田は二人の話を黙って聞いていたが、妻と娘を見つめ苦笑いしながら言った。
「お母さん、そんなに心配することは無いよ。休みは必ず取るよ。平日はなるべくく早く帰ってくるよ」
この開発提案は基本検討を十分にやっており、新技術の部分は先行研究で確認を取っており自信があったので、今まで通りの生活ができ問題無いと思っていた。
二か月後の開発会議に開発再定案を出すことになり、翌週より社長からの要望も取り入れて開発提案の内容を見直しして、更に競争力を高める改善を加えて行った。
一か月と半ばをすぎた頃より、何故か○○工場内で平田取締役技術本部長が次期社長になるとの噂が立ち始めた。
その頃より、高田専務の平田に対する接し方が変わって来た。
平田の所に来ると、なぜ棄却されたばかりの開発提案を再提案するのか、お前は俺を見捨て社長の手下になったのかと言って、最後は、お前の開発再提案を潰してやると捨て台詞を残して出て行った。
この状態では半月後の開発会議がどうなるのか心配になった。
半月が立ち、開発会議が開かれ、平田の提出した全方向性マルチ車両の開発再提案が審議された。三百六十度どの方向にでも運転席と車輪が追従して動き、どの方向にも安全で楽に運転できる画期的な運搬車両で価格も廉価であり、非の打ちどころがないように思えたが、案の定、高田専務派は開発再提案を潰そうと攻めて来た。
「売れる根拠が誠に不明確である」
どのような所で、どの様な作業に使われ、需要はどの位あるのか推定では困る。必ず、お客様に購入して貰える根拠を明確にせよ。製造原価の新技術の部分の算出の仕方が曖昧である。販売価も需要量及び製造原価の根拠が不明確であるのに設定できるはずが無い。等と市場が冷えて来ていることを理由に細部まで正確に調査するよう要求してきた。
新製品の場合は開発しなければわからない所もあり、今までもある程度は推定に頼る所もあったが、高田専務派の完璧な調査・検討要求を社長派は押し切ることができず、再調査・再検討することになってしまった。全てのしわ寄せが平田の所にきてしまった。
奈落の底で出会った汚れた天使が目を覚ます @nukatosi
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