第3話 契約

 「ねえ、 お腹が空かないかい? おじさんが取って置きの昼食を作ってやるよ」

 「エッ! 平田さんの家に行くの?」

 「そうだよ! 嫌かい?」

 「行きたい! 行きたいよー! 友里は、あの大きな家に入って見たかったのよ」

 はしゃぐようにベンチから立ち上がると、せかすように両手で平田の手を掴み、引っ張り上げるようにして立たせた。

 「ウワーッ! 平田さんは凄く背が高いのね、格好いいわ、どの位あるの?」

 「百八十三センチメートルだよ、友里も背が高くてとても格好いいよ」

 「有り難う、友里はね、百六十四センチメートル、Bは八十九、HはねBと同じなの、どお? グラマーで素敵でしょう?」

 友里は右手の平を首の後ろに当て、左手を腰に持って行き、胸を張り、お尻を出すようなポーズを取ると、お尻を二三度振り、平田の顔を見てウインクすると、何とも言えないあどけない顔で笑った。

 それから、友里は周りに人影の居ない事を良いことに平田の腕を掴むと、しな垂れ掛かり体重を預けた。

 「うわーっ! 重いなあ」

 「どうせ私はデブなんですよー」

 友里はそう言うと、更にしな垂れ掛かった。

 二人はフラフラと蛇行しながら歩き、運動公園を出て坂道を上がって行った。

 住宅が近くに見えてくると、さすがに平田はしな垂れ掛かる友里を突き放すように離れた。友里は口を尖らせ平田を睨み返していた。それから五分程歩くと平田の家の門の前に着いた。

 門扉を開き、広い庭を横目に見ながらアポローチを進み玄関の鍵を開けると、友里は真っ先に家の中に飛び込んで行き、家の中を駆け巡り、「凄い、凄いよー!」と大声で叫んでいた。

 平田は友里に構わず、キッチンに入り、手慣れたてつきで三合の米を研ぎ炊飯器にセットすると、寸胴鍋で得意のカレーを作り始めた。

 寸胴鍋にサラダ油を入れ熱し、角切りの牛肉と、カットした玉ねぎ、じゃがいも、人参、を入れると「ジューッ」と大きな音を出し、白い煙が上がった。長い調理箸を使い炒めていると、その音と、臭いに引き寄せられて友里がキッチンに入って来た。

 「ねえ、大きな音を立てて何を作っているの?」

 平田の腰にそつと手を回し身体を密着させながら鍋の中を覗き込んだ。

 「僕の得意なカレーライスだよ」

 「ねえ、ねえ、友里も得意よ、家で良く作っているのよ」

 平田の顔を見つめ、両手は平田のシャツを掴み上下に揺すりながら真剣な顔で言うと、今度は甘えた声で懇願しなさいとばかりに言った。

 「ねえ、手伝って上げようかー・・・」

 平田は友里の目を見つめ、微笑みながら大きく頷いた。

 「助かるなあー」

 友里は笑顔になり、鼻の穴を膨らませ得意になると、直ぐに手伝い始めた。

 それから四十分もすると、カレーが出来上がった。

 友里はダイニングと居間が連なった三十畳程の広い部屋の東側に配置してある楕円形の大きな天板に太い円形の彫刻された脚が付いた豪華なダイニングテーブルの上に二人の共同作業で作ったカレーを銀製のカレー皿に盛り付けたライスの脇にたっぷりとかけた特製カレーライスを大事そうにゆっくりと置いた。

 平田はその特製カレーライスの脇に銀のスプーンとワイングラスにを置き、ワイングラスにミネラルウオーターを注いだ。

 まるで、高級レストランの豪華なカレーライスに見えた。

 「美味しそうね」友里が呟いた。

 その言葉が合図のように、二人はテーブルの椅子を引き腰掛けると、銀製のスプーンを持ち、お互いに顔を見合わせ、ライスとカレーを同時にすくい口に運んだ。

 「凄く,美味しいよ」

 平田は叫ぶように言うと、友里は平田の顔を見て微笑み、両手の人差し指と中指でVサインを作り身体ごと左右に揺すりおどけていた。

 平田はいつも独りだけのただ、腹を満たす機械的な食事と違い、久しぶりの会話のある楽しい食事となり満足していた。

 食べ終わると、平田は、食器をダイニングテーブルに置いたまま、その西側にあるソファーに移動すると腰を下ろし、背もたれに身体を預け天井を見ていると、友里は食器を洗い、追いかけるようにして平田の側に来ると、サイドテーブルに置いてあったティッシュボックスからティッシュペーパーを数枚取り出すと平田の膝にまたがり、カレーで汚れた平田の口の周りを丁寧に拭いてやった。 その後、直ぐにサイフォン式のコーヒーメーカーで沸かしておいたコーヒーををマグカップに注ぎ、持ってくるとサイドテーブルにマグカップを置き、平田の左側に座った。

 友里は何も喋らずにじっと平田の顔を見つめていた。 平田は後頭部に両手を回し、ソファーの背もたれに身体を預け、じっと天井を見つめ何かを考えていた。

 「ねえ! コーヒー冷めてしまうよ」

 友里は身体を右側に倒して肩で平田の脇腹を何度か押した。

 「くすぐったいなあー」

 平田は身体を捩じり友里を見て微笑み、身体を起こしマグカップを右手に取り美味しそうにコーヒーを一口飲みマグカップをサイドテーブルに置くと、何を思ったのかソファーに座ったまま、背伸びをするかのように右手を上げ上半身を右側に反らし、ソファーの右端の床に無造作に置いてあったバックを右手で掴み重そうに引き寄せサイドテーブルの右端に置いた。

 友里は何をするのかと、サイドテーブルに置かれたバックを見つめていた。

 平田はバックのチャックを開くと四角い紙の束を取り出し、サイドテーブルの上に置いた。

 紙の束はしわ一つ無い手の切れるような一万円札で帯封が巻かれていた。

 友里は初めて見る百万円の束に驚き、目を見開き食い入るように見つめていた。

 「先ほどの約束したお金だよ」

 平田はそう言うと札束をサイドテーブルの上を滑らせ、友里の前に移動させた。


 「エッ! これ全部?」

 「そうだよ」

 「平田さん、これでは多すぎよ? 5千円でいいのよ」

 「いや、いいんだよ。その代わり僕と今日から五日間付き合ってくれないか?」

 「いいわよ、それにしてもこんなに沢山のお金、本当に良いの?」

 「いいんだ、心配せずに受け取ってくれよ」

 友里は平田の目を見て微笑み、札束を小刻みに震える手で掴むと立ち上がり、テーブルの椅子の背もたれに掛けておいた赤色のショルダーバッグに丁寧に押し込むように入れていた。

 

 平田は友里との契約が成立して、ほっとすると、お腹も満たされおり急に眠くなって、ソファーにもたれると瞼が自然とおりてきた。

 その時、突然、友里が駆け寄り、平田の手を取ると強く引き起こすようにしながら甘い声で叫ぶように言った。

 「ねえ! 綺麗なお風呂に一緒に入ろうよー」

 平田は突然手を強く引かれ驚き、眠くて閉じた目を半分ほど見開くと、何事かと友里をじっと見つめていた。

 「聞こえないの?・・・」

 「ねえ! お・ふ・ろ・に入ろうよー」

 「お湯が入っていないから駄目だよ」

 平田は眠たそうな目をこすりながら呟くような声で断った。


 「あのねー、平田さんがキッチンに居る時、私、部屋を全部見せてもらったのよ。浴室が二階にあるのね。あまりにも見晴らしがよくて、綺麗な浴室なので入りたくなっちゃってね! 湯沸かし装置の自動給湯ボタンを押しておいたの。もう、お湯が沸いている頃よ」

 大きな声で早口で言い終わるのと同時に、平田の胸に抱き付くと同時に洋服を脱がせ始めていた。

 「やめてくれよー」

 「やめないわよ! くすぐって脱がしちゃうからね!」

友里は両手で平田の上半身をくすぐりながらソファーに倒し、その上に跨り更に脱がし続けた。

 その何とも言えない友里の可愛らしい仕草にのせられ、いつの間にか平田は眠気も覚め友里の洋服を脱がし始めていた。


 裸になると友里は平田の手を確りと握り、先導して階段を駆け上り浴室に飛び込んで行った。

 浴室は三坪ほどあり広く、正面に大きなピンク色の浴槽が床に埋め込まれてあった。浴槽の西側は浴室の幅いっぱいに大きく開口された出窓になっており、午後の日が暖かく差し込んでいた。

 出窓からは、頂きに雪を被った美しい山々を背景に先程までいた運動公園や川べりの景観が眼下に広がっていた。

 友里は平田を背後から優しく抱き締めるようにして浴槽に入るとゆっくりと湯の中に腰を沈めて行き、肩まで浸かると二人ともじっと外の景観を見つめていた。

 平田は見慣れた外の景観より、友里の若くて張りのある乳房が自分の背中を圧迫している箇所に神経が集中いているいるのを感じていた。

 その圧迫された感触は、とても心地よく何故か懐かしさ感じさせてくれていた。

 平田はその懐かしさは何かと、追い求めようと、ゆっくりと瞳を閉じると、脳裏にうっすらと映像が浮かび上がって来た。

 それは二十八年前の結婚したばかりの頃で、アパートの暗く、狭い浴室に妻と一緒にいる映像と感じた時、はっきりと映像が浮かび上がった。

 湯沸かし釜が壊れ、鍋で沸かした湯を狭い浴槽に入れ妻と二人で入っていた。

 背中に妻の乳房が強く当たっている感触が蘇ってきた。妻は乳房の先端の乳首で字を書くように背中を擦りながら立ち上がり浴槽から出ると洗い場に立ち微笑んでいたが、何故か? 妻の身体には霞がかかっていた。

 平田は咄嗟に呟いた。 「か、身体を見せてくれないか?・・・」

 

 友里は平田の呟きに笑いながら頷くと、浴槽から出て洗い場に立った。

 若い友里の濡れた身体に午後の太陽が当たり、光り輝き眩しかった。あどけなさの残った可愛らしい顔に対してアンバランスな張りのある大きな乳房、引き締まったウエスト、ふくよかな臀部が目の前にあった。

 平田はゆっくりと目を開けると浴槽の中からじっと友里の身体を見つめていた。

 

 平田の目には涙が溜まっていた。

 「平田さん、何故泣いているの、友里に触りたいの?・・・いいわよ」

 「いや、友里には悪いが、友里の身体を見て、結婚した頃の妻の身体を思い出していたのだよ・・・」

 友里はその言葉を聞くと頬を膨らました。

 「私の身体は奥さんより魅力がないのね?・・・絶対に許せないわ」

 友里は笑いながら、この世にいない平田の妻に嫉妬し、浴槽に入って来ると平田の身体に纏わりつき挑発してきた。

 平田は友里の行動が可愛らしく感じ嬉しかったが、妻や娘の事を思うと何もできなかった。

 友里は不思議に思っていた。友里の周りにいる男達は挑発すると直ぐに抱き付き身体を要求してきたが、平田は全く違い、友里がいくら纏わりつき、挑発しても乗ってくる気配が全くなかった。

 平田に一体どの様な事が起きて、このようになってしまったのか、どうしても知りたくなっていた。


 浴室から出ると、平田はクローゼットを開け掛けてあったバスローブを羽織ると、引き出しから新しいバスローブ出し友里に渡した。さすがに平田のバスローブは大き過ぎて肩が落ち、袖が長く手が隠れたしまっていた。

 平田は笑いながら袖をめくってやると、友里は平田の目を見つめ微笑みながら寄り添い、手を取り先導して寝室に入って行った。

 「ゆ、友里。 一体何をするのかい?・・・」

 思ってもいない行動に驚き、声が震えていた。

 「貴方の荒んだ気持ちを癒してあげるのよ」

 医者が患者に答えるように平然と静かに答えた。

 平田は何をされるか心配であった。妻への償いのためにも快楽に浸るつもりは無かった。 いや、出来なかった。

 しかし、要求されたらどう断ろうかと頭の中で考えながらついて行った。

 友里は寝室に入ると直ぐにカーテンを引き照明の照度調整レバーを動かし、平田の顔が見える程度の明るさにすると、十五畳程の寝室の中央に置いてある通常サイズより大きいウオーター式のダブルベッドに入り、中程に行き足を延ばして座ると、両足を大きく広げた。

 「平田さん、友里の側に来てくれる」

 友里の側に行くと、平田の身体を広げた足の間に座らせ頭部を友里のお腹を枕にするようにして、仰向けに寝かせた。

 平田が見上げると友里は屈み込むようにして平田の顔を見て微笑んでいた。友里のバスローブからは豊な乳房が覗いており、呼吸をするたびに乳房が揺れ、生暖かい息と若い身体から発散する甘酸っぱい香りが平田の顔に漂っていた。

 その香りは何故か平田の心を落ち着かせ、自然と瞼が閉じていった。

 

 友里は平田の髪を指先で撫でながら静かに言った。

 「さあ、ゆっくりと貴方に起こった悲しい出来事を思い出して話なさい・・・」


 平田は催眠術でも掛けられたかのようにゆっくりと語り始めた。



 


 

 




 


 



 

 

 

 


 






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