ふとしたきっかけで気付いた、二重人格

常世田健人

ふとしたきっかけで気付いた、二重人格

 美容院という場所ほど、話すことしかない場所はないと思う。

「いやー、クリスマスイブなんてやることないよねー」

「私は仕事していますけどね」

「それは本当に申し訳ない!」

 今日も俺は行きつけの美容院で、いつも指名している美容師さんに髪をカットしてもらっていた。十二月二十四日という、一部の界隈ではテンションが上がる一日かもしれないが、社会人になって数年経ち特に何も色恋沙汰が無い俺にとっては、同じく特に何もいろめき立たない一日でしかなかった。もっというといつも通りでしかない。もしかしたら何かあるかもしれないと思い会社の有給をとっていたが、結局例年通り何もないせいで暇でしかない。

 その結果、二ヶ月ぶりの美容院に行くくらいしか予定の立てようがなかった。

「髪、ジェルでセットしますか?」

「大丈夫。この後誰かに会う予定も無いし」

「要らない補足ですね〜」

「辛辣すぎる!」

 笑いながら容赦無く毒舌を吐いてくる美容師さんが個人的にツボだった。

 それゆえいつも、この美容師さんを指名して美容院に来ているという訳だ。

腕も確かで、カットをして髪のボリュームを減らしてもほとんどの人に気づかれないほどの変わらなさを維持してくれる。日々の人生にできる限り波風を立てたくない俺としてはこの上なくありがたかった。

「いつも同じくらいのスパンで指名してくれてありがとうございます」

「いやいや、こちらこそありがとうございます。ちなみにクリスマスイブの夜は何をされるんですか?」

「彼氏が七面鳥焼いてくれたら良いのになと願います」

「今日の夜願っても叶わないのでは!」

 美容師さんはいつも軽口を叩きながら、会計を待つ間に何かメモをしている。

 バインダーに挟まれはメモ用紙――普段は内容が見えない位置だったのだが、今日はクリスマスイブで(?)油断したのか、支払いの視界に入るようになってしまっていた。

 断じて、見ようとしたわけではない。

 俺の意に反して見えてしまったメモ用紙には、こう書かれていた――


『今年もクリスマスイブ、暇らしい』

『教育関係の仕事のため、学校が休みの期間は基本的に休みになる。今年も同じく』

『今年もイブに出勤して良かった。この人の軽口に付き合えるのは多分私しかいない』


「…………」

 どう考えても、俺の情報だった。

 どうやらこの美容院は、顧客のトーク内容を毎回記録に残しているらしい。正しい情報しか記録されていないなと思うとともに、この美容師さんに軽口対応が大変だと思われていることに若干悲しんでしまった。まあでも対応してくれるならありがたいなと思いつつ、内容に惹かれてしまう。そのメモ用紙にはこんなことが書かれていた。


『好きな飲み物はお酒。嫌いな嗜好品はタバコ。この前一緒に行ったお酒も美味しかった』

『映画が好きで、サブスクを登録している。一緒に観ていて楽しい。最近観た映画で面白かったのは「ブラック校則」と「まともじゃないのは君も一緒」』

『毒舌の女性が好きらしい。チャンス、あるのでは』


「…………は?」

 身に、覚えが、無いことしか、書かれていない。

 俺と、この美容師さんが、美容院以外で一緒に居る……?

 何も記憶がなかった。

 呆然としている視線にようやく気づいたのだろう――美容師さんは勢いよくメモ用紙を胸元に持っていった。視線を上げると、美容師さんが顔を真っ赤にしている。

「見ました?」

「見、ました……」

「変態ですね」

「わざとじゃないんです!」

「わかりますよ、それくらい」

「…………」

「…………」

 カット代金三千三百円を間に挟みながら、お互いに無言になる。

 美容師さんは、何かを待っている気がした。

 一方で、俺は、それどころじゃなかった。

 自分の知らないところで、自分と美容師さんが時間をともにしている。

 スマホを取り出し、写真履歴を一気に見ても、そんな履歴は一切ない。

 それでも、このメモ用紙には、時間を一緒にした履歴が残されている。

 ふと思い立って――美容院のポイントカードを見てみた――

 二ヶ月に一度しか見ないもの故、どれくらいポイントが貯まったかなんて確認すらしようとしない。

 そのポイントカードには――来店履歴があって――

 その履歴は間違いなく、一ヶ月ごとになっている――

 重度の記憶障害でなければ、こんなことが起こるはずも無い。 

思いつく展開としては、一つしかない。

――二重人格。

俺の中に、間違いなく、もう一人いる。

そのもう一人が、美容師さんと良い関係性を築いている。

こんなことが本当に起こるなんて信じられなかった。

でも、間違いなく、起こっている。

「……貴女に、伝えなければならないことがあります」

「え、は、はい。なんでしょうか」

 普段の毒舌からは考えられないほど動揺していて可愛らしく見える。

 けれども、ここから俺が言わなければならなのはそんなに甘酸っぱいものではなかった。

 自分とは違う存在の確認――

 そこから、別の自分とどんなことをしたのかの確認――

 心苦しさしかない。

 美容師さんは俺との時間を楽しんでくれたのかもしれないが、俺はその時間をともにした男ではない。

 そんな悲しい事実を、クリスマスイブの日に話さなければなら無いのが辛い。

 それでも、言うしかない。

 意を決して言葉を紡ごうとした、その瞬間――

 ふと、一片の記憶を思い返した。

 美容師さんが俺と一緒に観たと言った映画二本は、間違いなく俺が一人で観て、オススメとして美容師さんに紹介した作品だった。

「……んんん?」

 一気に辻褄が合わなくなった。

 紹介した上に既に視聴済みの作品を、わざわざ一緒に観るか?

 一緒に観るのであれば、お互いが未視聴でお互いが観たい作品を観るのではないか。

「何が引っかかっているんですか。早くなんとか言ってください」

 美容師さんはメモ用紙を挟んでいるバインダーを思い切り両腕で握り締めながら、両目を潤ませている。

 じっと、何かを、待っている。

 この瞬間を待ち侘びていたのかもしれないが、それだけでは無いように思た。メモ用紙が俺に見られてしまったのは、本当に偶然なのかもしれないと思えるような、そんな雰囲気も感じ取れる。

 ――もしかして。

 そんなはずがないと思いながら、もしそんなことが本当だとしたら、どういう対応をすれば良いのだろう。

 しかし、そうだな――これまでの人生で二重人格という症状の可能性が一切なかったことを思うと、この展開の方がより可能性が高そうだと思ってしまった。

 だからこそ俺は、口角をできる限り上げて、からかう様にこう言った。


「妄想話をメモする時、どんなことを思っているんですか?」


「な、な、なななななななな」

 一瞬で顔を更に赤くさせた後、俯いた。

 どうやら、当たりだったらしい。

 美容師さんは、俺の来店履歴に、思うがままのことを書いていたようだ。

「一ヶ月ごと来店のポイント額にしていたのは何故ですか?」

「……ポイント多めにして特典早めにしたほうが、たくさん来てくれるかなと」

「映画、一緒に観たかったんですか?」

「そりゃあ、そうなんじゃないんですか」

「じゃあ、今日の夜、一緒に観ますか?」

 ガバッと、顔を上げた。

 その顔はありえないくらい真っ赤で、おそらく俺も同じくらいで――

 彼女は勢いよくメモ用紙に何かを書き、俺に見せつけてくる。

 十二月二十四日の欄には――こう書かれていた。


『七面鳥を一緒に食べた』

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ふとしたきっかけで気付いた、二重人格 常世田健人 @urikado

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