3章 解剖されるセカイ
第57話 ジークの妹
鼓動が聞こえる。
それは自らのモノよりも遥かに大きい。
これは何の音だ? どこ……どこから聞こえている?
あぁ、そうか。これは――世界の鼓動か――
「…………なるほど、実に歪である」
誰だい? 僕の住みかに足を踏み入れるのは。
「我が名は【天秤王】」
おやおや、これはこれは大変な大物だ。『帝王』の右腕が何の用かな?
「ドクトルターフ」
懐かしい名前だ。僕の事をそう呼ぶモノは全て
「我が陣営に迎え入れたい」
僕は同族じゃないよ?
「貴殿は同族だ。過ぎた探究心の果てに己が肉体の『解剖』を極めし偉大なるドラゴンよ。我が王の為にその力を奮ってはくれぬか?」
良いのかい? 『帝王』の陣営内で、大きな亀裂が生まれる危険性もあるのに。
「閣下は生物を見た目や性格でなく“魂”で見る。故に我が身を遣わせたのだ。貴殿にはそれ程の敬意が必要であると」
好き勝手させてもらうよ?
「閣下が声を上げぬ限りは好きにして良い」
好待遇は良い。そこまで言うのなら断る理由は無いね。『帝王』に仕えるとしよう。
『解剖』に集中するために崩していた肉体を再構築。骨、目玉、筋肉、頭、腕、足――
「まぁ、こんなモノかな」
「人の身へ変わるのも自在であるか」
「性別とか姿にはあまりこだわりは無いんですけどね。男性の方が“生理”が無くて楽で良いんです。まぁ、女性にくらべて第六感的要素はかなり落ちますが」
肉の山から形を成した私をバルバトス様は不気味がらず、感心した様だった。
「閣下へ御目通りを済ませよう」
「その前に、私はこの地に“グルンガスト”によって封印されているのですが、どうやって抜けましょうか?」
「既に制圧し、封印は破壊した。貴殿は何も気にする事はない」
「これはこれは……末恐ろしい御方だ」
『解剖の災』と呼ばれる私は探究さえ出来れば何でも良かったが……その邂逅は思った以上のモノだった。『解剖』以外に別のモノに興味と感動を覚えたのは閣下が初めてだったのだ。
『帝王』は……私が追い求めていた世界の“答え”だったのだから――
「本当に便利な能力ですね」
『世界安定協会』の本部より、『空間跳躍』にてサンドロスの自宅へ戻ったカナタは改めてガイナンの能力に感心する。
「『ドラゴン』の中にはワシの様な能力を持ったヤツは居らんのか?」
「我々の持つ能力は自然界に由来するモノだけです。ですが、その様な能力を持つ敵とは合間見えた事があります」
「ほぅ、それにしてはワシとの戦いには遅れをとったな?」
「あの様な使い方をされたのは初めてだったのです」
ガイナンの能力はかつて敵対していた勢力の総長グルンガストと全く同じモノだった。
グルンガストもまた、数多の物質や味方を転送させ、己に迫る攻撃は歪曲でそらす能力にて『帝王』に肉薄した。
当時、戦った『七星王』――【無双王】と【雷霆王】 も苦戦を強いられた記憶がある。
グルンガストは比肩する事の無い己の能力で数多を平伏させて来たのだろう。故に油断と隙が生まれ、そこをカナタが討った。
しかし、ガイナンは能力に胡座を掻かずに鍛え、己自身も武芸に秀でている。
環境利用、状況利用、心理誘導など、同じ能力を持っているとは言えその使い方はガイナンの方が遥かに上だ。
「まぁ、貴方との戦いは
「カッカッカ。それは訂正せんのか」
「貴方が言い出した事です」
ガイナンは家具の新調する為にリストと寸法の設計図を取りに自宅へ。カナタもその後に続く。その時――
「―――閣下」
足を止めて空を見上げる。それはとても懐かしい魔力であり、かつて一度だけ世界各地の同胞へ放たれた“命令”だった。
「……目覚められたのですね」
「カナタ、どうした?」
「いえ。何でもありません」
邸宅へ止めた足を歩む。
世界を統合する『神槍』が発令された。今、世界で目覚めている同胞は自分を除けばニールとドクターと、後一人だけ。
「……現存する戦力では難しい世界ですよ、閣下」
妹と会うのは本当に数年ぶりだった。
しかし、オレとしては血の繋がった家族ってモノにはあまり良い思い出が無い。
「お兄様! お話があります! 船から降りて貰えますか!?」
「悪いジーナ! 仕事中だ! また、二日後に来てくれ! それじゃ! ギルムさん! 行きましょう!」
「良く解らんが、よっしゃー!」
ギルムさんは結構空気を読んでくれる。後で説明をするつもりだが今は、何も言わずに船を出してくれた。
既に抜錨もしてるので、帆をバサリと開いていざ発進――
「では、私も同行します」
しかし、ジーナは重力が消えた様にふわりと浮くと、動き出した船上に着地した。
「……相変わらず良いスキルだな」
「どうも」
「ガッハ! 今のは重力関係のスキルじゃねぇな! 『浮遊』とも違う」
「流石、【微塵】のギルム様です」
「おお? お嬢ちゃん、儂の事を知ってるのか?」
「はい。あの【時空師】と同格のお相手にして明友となれば、この街では話題に事欠きませんでした」
「ガッハ! ジーク、良い子じゃねぇか!」
「……社交性はあるようで何より」
妹はギルムさんに友好的な笑みを向ける様子から、堅物な父上よりも柔軟な思考を得た様だ。
「ところで、お兄様。あちらの女性は?」
「……」
ジーナは難しい顔をして樽に座るニールへ視線を向ける。珍しい表情をしてるな。と言うか、考え事をするニールは初めて見たかもしれん。
「ニール、どうした?」
「ん? ああ、すまん。ちょっとな……お? 何だ何だぁ? 我の知らん内に出港し、知らないメスガキが乗ってるぞ!」
本当に気づいて無かったのか。それ程に何を考えてたんだ?
「メスガキ……おほん! 私はジーナ・フリードと言います。貴女は?」
「我は【再生】のファブニール。“フリード”と言うことは我が英雄殿の親族――年齢的には妹君と言った所か。よろしくな!」
樽に座って足を組み、腕を組んで偉そうにふんぞり返ってドヤるニールに、ジーナは訝しげな表情だ。
この雑多なサンドロスで生活するオレとギルムさんはこの態度には馴れたモンだが、礼節と高貴な騎士社会からやってきたジーナからすれば馴れないモノだろう。
「……よろしくお願い致します。ファブニール様」
「ほう……我に敬称をつけるとは素晴らしい心構えよ! だが、ソレは必要ない。確かに我は最強種『ドラゴン』であるが、その様な隔ては嫌いなのだよ! 気軽にニールさんとでも呼ぶと良い。我の方が年上だしな!」
「……わかりました。ニールさん」
「うむ!」
ふっはっは! とニールは上機嫌に笑う。外見年齢は明らかにジーナの方が上だが。
「お兄様」
「なんだ?」
「あの方は、何か薬物でもやっておられるのですか?」
「この砂漠に居ると色々あるんだ。察しろ」
信じさせる様な証拠を提示するのも面倒なので、ジーナの疑問は適当にあしらった。
「と言う事は、貴様は我にとって義妹になるワケだな」
その言葉から、オレとニールの関係を即察したジーナが視線を向けてくる。
「……お兄様。説明をお願いできますか?」
ホント……何の脈略も無しにぶっぱなすの止めてくれよ、押し掛けドラゴン。
スキル『竜殺し』を持っていたら竜の女の子と世界を救う事になった話 古朗伍 @furukawa
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