Dear My Santa
aobuta
Dear My Santa
「わたし、今年はサンタさんに雪をお願いする!」
春風(はるか)の一言から、私たち家族のクリスマスは始まった。
運動会も終わり、私は学年が上がるごとに増えてきた漢字の書き取りと算数の計算問題にユウウツな気持ちになりつつ、週1回のクラブ活動の授業を楽しみに、家のこたつから出るモチベーションとしていた頃だった。妹の春風にとっては、小学校に入って初めての冬だ。
父と母がいちにちの仕事を終え、4人で夕ご飯に、タイムセールで仕入れたまつたけを薄く切った、炊き込みご飯を頂いていた時のことだった。テレビでひと足先に始まったクリスマス特集を見た春風はこの年、流行りのぬいぐるみでも、最新のゲーム機でもなく、サンタさんに雪を願ったのだ。
「雪って……あの、雪合戦とかする雪か?」と父が念のため、春風に聞いた。
「うん、そう! 楽しみだなー」
自分の茶碗に入った大きなまつたけをお箸でつまみながら、春風は毎週欠かさず見ているアニメの主題歌を口ずさむ。
私も父も母も、最初はディズニーの新作でそういうキャラクターが出たのかな、などと考えていたが、詳しく聞いていくと、春風は本当に、あの空から舞い降りる雪を希望していることがわかり、私は父と母の背中に緊張感がただよい始めたのを感じた。直接、口にしたことはないが、私はそれとなく、サンタさんについて理解のある年齢だった。あの夜は父も母も、まつたけご飯の香りを思う存分には楽しめていなかったかもしれない。
春風はなぜ、サンタさんに雪をお願いしたのだろう。
ある日曜日、今日も今日とて、和室にあるこたつの中でぬくぬくとした時間を過ごしながら、私は考える。大人になって一人暮らしをするようになったら、猫を飼ってみたいなあ、なんてことも考える。
「ちょっと買い物行ってくるから、お留守番しててくれる? ずっとこたつにばかりいちゃダメよ」
コートに身を包み、お気に入りの買い物袋を手にした母が私に声をかける。私は口と眉を顔の中心にギュッと寄せて、こたつの中から出ることについて、イエスともノーともとれないリアクションをして応じた。
母が玄関の鍵を閉める音を聞きながらふと、よく小さい子に向かっていましめる、「良い子にしていないと、サンタさん来ないよ」の言葉を思い出す。昔はよく買い物の手伝いを進んで行っていたが(本当は、運が良ければジュースやお菓子にありつけるのがねらいだったが)、こたつという安全地帯から一歩も出ない今の私は、良い子、ではなくなってしまったのかもしれない。
和室とつながるリビングの、12月のカレンダーを、じっと見上げている春風に目を向ける。クリスマスが待ち遠しいのだろうか。私も春風くらいの時は、父と母が決めたことを着実に成功することが"良い子"だった。クラブ活動を1つ決め、選択科目の授業を取るころから、私は自分の次の行動について自分で選択し、それが"良い子"だったかどうか、判断することが増えてきた。
その日の夜、夕ご飯を食べたあとに4人でこたつを囲んでくつろいでいた時、私は春風に、「サンタさんに、雪の他にお願いしたいものはある?」と聞いてみた。私なりの、助け舟というか、時期的には舟より艝(そり)かもしれないが、サンタさん達の役に立とうと思った。
「うーん、そうだなあ……アクアビーズの、キラキラのセットとか!」
春風は目をキラキラさせて応える。私は心の中で、作戦成功、とほほえんだ。
「冬華(ふゆか)は、サンタさんに何をお願いするんだ?」
タブレットで調べ物をしていた父が、私に聞いた。
「新しい卓球ラケット! ドライブ攻撃型のやつ!」
台を挟んで密にならず、お互い気疲れなく楽しめる卓球クラブは人気だった。両面に貼るラバーはお年玉で手に入れたいと思っていたので、私はあつかましくも型の指定までさせてもらったのだった。
こたつの中、みんなで足を伸ばし、春風とつま先でくすぐりっこをしたり、ふざけすぎて父母にぶつけてしまい、足首をすくめたり。仕事と学校とまいにち踏んばっている私たち家族も、12月はみんなで飾り付けたクリスマスツリーに見守られながら、この安全地帯でお互いの温かさを共有していた。
この年は、冬休みの初日とクリスマスイブがぴったり重なった。相変わらず私はこたつの中、図書館で借りた本を適当に読み進めつつ、時々気になって、窓の外に見える自分の家の庭を眺めた。春風が1人で遊ぶのにちょうど良いくらいの大きさで、春から夏にかけては、父母が世話している色とりどりの花が、ちょっとした自慢の庭だ。今はきたるべき時に向けて、静かに呼吸を繰り返しているようだった。
今夜から明日にかけての天気予報は少し雲の多い晴れ、というところで、雪予報のマークがついていたのは、地理の教科書でしか見たことがないこの国のどこかだった。
私は午前中に庭を眺め、午後に眺め、夜にもふと見やったが、白い結晶が舞い降りてくる気配はなかった。4人でタンドリーチキンとブッシュ・ド・ノエルを食べお腹いっぱいになると、春風は満足そうにさっさと寝てしまった。気づけば私も布団の中にいて、冬の庭に真っ白な花が咲く様子を思い浮かべていると、魔法をかけられたように深い眠りについた。
窓の外が明るいことに気づき、目を覚ます。1年に一度の、特別な朝だ。
寝室の窓から見る限りは、雪は、降っていなかった。
ひとまず、こたつで温まろうと和室に降りていくと、意外にもそこには先客がいた。父が両手両足をこたつの中に入れ、中で揉みながら温めていた。鼻が少し赤らんでいるようだった。そんな父に、母が湯気の立つ紅茶を出している。
朝、父と母がどちらも仕事の服を着ていないのは珍しく、なんだか違和感すらあった。
「あれ、今日って、父さんと母さんどっちも休みだったっけ?」
私がたずねると、父母は照れくさそうな笑みを浮かべた。
「自分たちでもびっくりなんだけど、二人ともお休みになったのよ。今年は私たちにも、プレゼントがもらえたってことかしら」
「そうそう、クリスマスツリーの下、今年も何か届いたみたいだぞ」
私が父母の示す方を見ると、根元の部分に大小のプレゼントと、くつ下いっぱいのお菓子が見えた。大きい方はキラキラビーズ、小さい方は卓球ラケットだろうか。
プレゼントに近寄ろうかと思った時、ドタドタとした足音が近づいてくる。
「おはよう、お父さんお母さん、お姉ちゃん! あれ、お部屋の中、暗いね」
そこで私は、違和感の正体に気づいた。和室もリビングも、カーテンが閉まったままだったのだ。
「ああ、忘れてた。春風、カーテン開けてくれる?」と母。春風は窓辺に寄ると、両手で同時に、中央からカーテンをレースごと開く。瞬間の光に、思わず目を細める。
「……わあ、かわいい!」
庭の中央に、ガーデニング用の木製ベンチが置かれている。私も初めてみるものだった。少しアンティークな感じが、西洋のお屋敷のお庭を見ているような雰囲気を出していた。
そのベンチの上、春風の目線の高さに置かれていたのは――ソフトボールくらいの大きさの玉を上下に重ねてつくられた、4つのかわいらしい、雪だるま。
外の寒さを気にせず、春風は庭に飛び出して、雪だるま達にぐっと顔を近づける。私もとてもびっくりしながら、じっと観察を続けると、毛糸の小さな手編み帽子と、ビジネススーツに付いてくる余りボタンで、細部までしっかり作り込まれているのが分かった。ずいぶん時間が経った後、私が自分のお腹の中に新たな命が宿っていると分かった頃、母から教えてもらったのだが、重曹と髪に付けるリンスを混ぜ合わせると、雪とほぼ同じ色・手ざわりの、お手製の雪をつくることができるらしい。重曹とリンスでぱんぱんになった買い物袋を背負う、母の姿を想像した。
「チキュウオンダンカで、サンタさんも少なめの雪になったかあ」
父が少し気恥ずかしそうに笑った。鼻を真っ赤にしながら、私たちが起きる前に庭で何をしていたのかと思うと、目の奥が熱くなってきた。
ふとそこで、4つの雪だるまを見ていた春風がこちらに振り返ると、とても嬉しそうな笑みを浮かべた。
「わたし、雪降ってなくてもいい! サンタさんちゃあんと、お願いきいてくれた!」
「え……そうなのか?」
父は意外な展開に、びっくりしていた。
「そう。雪が降ればね……お父さんとお母さん、お仕事が"ザイタクキンム"になって、4人でクリスマスを過ごせるかなって、思ったの」
春風がカレンダーをしきりに気にしていたのは、クリスマスまでの日数をみていたのではなく、カレンダーにメモしている、父母のスケジュールを確認していたのだ。今日の準備のため、父と母は休みになったのではなく、休みにしたのだと私が気づくのは、もう少し大きくなってからの話だ。
「サンタさんは、サトウ課長だったかしらね」
母がくすくすと笑った。そのまま4人でしばらく、こたつの中から4つの雪だるまを眺める。
ちりん。
そのとき私は、遠くのほうで鈴の音が聞こえたような気がしたのだ。
音の正体を探そうと、部屋のなかを見わたし、
そして、窓の外を見る。
私はその二文字を叫ぶ。自然とこたつを飛び出し、寒さも気にせず一番近くにあったサンダルをつっかけると、庭におどり出る。
「雪!!!」
天気予報にまったくなかった白い結晶が、空からひらひらと、花びらのように舞い降りてきた。近所の家からも、窓を開けるカラカラという音が聞こえてくる。白い結晶は雪だるま達の上に着地すると、部屋の照明を反射して、魔法のかかったようにキラキラと輝いていた。
私は顔を空に向けて、降ってくる雪を両ほほで受け止めた。クリスマスの贈り物はひんやりとしていて、それに負けぬよう、自分の中から熱がわいてくるのを感じた。気づけば隣で春風も、私のまねをして空を見上げていた。蒸気機関車のように、私と春風はふぅと、白い息をはいてしばらく遊んだ。
きっと自分は、良い子になろう。私は心の中でそう誓ってから、こたつで待つ、私の大好きなサンタさん達のところへ戻った。
Dear My Santa aobuta @aobutaloid
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます