幕間 また夏に

「ねぇねぇぇぇ」


 ゲーミングチェアに座ってPCに向かう私を後ろから夢織が手を回して抱き着いてきた。

 私が実況もせず、かれこれ一時間は銃を撃つゲームでただ的を狙うだけの練習をしているため、見てるのに飽きてしまったようだ。

 おかげで首に回してきた腕に体を揺すられて照準が定まらない。


「なに?」


 これでは練習にならないため渋々夢織の方を向いて用件を聞くことにする。

 十中八九暇だとかそんな話だろうけど、私のダイブ軌道への道を邪魔するほどの要件じゃなかったらどうしてくれようか。


「暇~なんか喋ろうよ」

「忙しいんだけど」

「ずっと訓練所で的撃ってるだけじゃん……面白いの?」

「全ては勝利のため」

「ゲームってそこまでしてやるものなの?」

「無論」


 あんたの好きな配信の裏ではこういう地道な努力あってこそなのだよ。

 とはいえもう一時間やってるし、そろそろ飽きてきた切り上げるにはちょうどいい時間だ。


「よいしょ」


 椅子から立ち上がると思わず変な声が出てしまった。

 FPSやった後は肩凝りでおじさん臭くなって敵わんわ。

 

「あ、終わった?」


 夢織はまるで遊んでくれることを確信した犬の様に嬉しそうだ。その様子は尻尾を千切れんばかりに振っている幻覚が見えるほど。

 ヴァンパイアって尻尾生えてたかな?

 尻尾って可愛いよね。


「これ買ってきたから一緒にやろう!」


 夢織が目の前に突き出してきたのは、派手すぎて書いてる文字が認識できないレベルにカラフルな花火セットだった。

 いきなり目の前に突き付けられるにはカラフルすぎて視界がバグったのかと思った。


「もう十月だよ……」

「十月だからどうしたの?」

「花火は夏にやるものでしょ」

「そうなの?」


 キョトンとした顔の夢織、とぼけてるわけではなく、花火は夏にやるものって本当に知らないらしい。


「やっちゃ駄目なの?」

「駄目って訳じゃないけど……」


 花火とか何がいいのかわからない。

 あんな火花とか見てても何も思わないし、外に出ないといけないのが面倒臭い。

 私が最後に花火をしたのは何時だろうか。

 親が厳しく、そんな遊びをしたのはもう思い出せないくらい昔の事だ。


 駄目だ。やりたくない理由がポンポン出てくる。

 だから私はまったくやる気がおきないので断ろうとした。

 だが、


「やったことないから知らなかった……」

「おぅ……マジか……う~ん……」


 私の話を聞いて夢織が目に見えてガッカリした顔でうなだれた。

 キラッキラの目で私を誘ってきた夢織が、その一言で大人しく引き下がろうとする。


 この国で花火やったことない人っているとは思わなかった。

 だからいい年してこんなにウッキウキで花火に誘ってきたのか。

 これはズルい。

 ガッカリした様子で大人しく諦めようとする夢織を見た私の胸を、なんというか子供にサンタクロースはいないって言う時くらいの罪悪感が刺してくる。

 子供の相手なんてしたことなんてないが。


「まあ……やろうか……」

「いいの?夏にやるものなんでしょ?」


 子供は話しかただけで通報されそうなので怖いが、かといって迷子の子供を無視できるほど人の心を捨てているわけではない。

 そもそも夢織は子供じゃないし。


「まあやっちゃ駄目な決まりは無いし……」

「よっし!」


 夢織は私の言葉に花火片手にガッツポーズで喜んだ。

 それにしても一時間もの間、花火がしたいって言いださないとは妙な遠慮をする子だな。

 初対面で家までついてくるくらい図々しいところがあるのに今更って感じがする。

 というわけで夜中にもかかわらず、向かうのは近所の公園。

 私の家の庭でやってもよかったけど、人里のど真ん中の家で火を使っていいのか?と不安に駆られて公園に移動することにした。

 徒歩15分ほどの長い長い道のりだが、花火の入ったビニール袋を機嫌よく揺らす夢織を、後ろから見ているのは中々に面白い。


「ライターはある?」

「らいたー?」

「火つけるやつ。花火つけるのにいるでしょ」

「蠟燭なら買ったよ」

「それは花火セットについてるけど……蝋燭はライターがないと火付かないでしょ?」

「そうなの?!」


 多分この子、蝋燭が何かも知らんな。


「それってコンビニに売ってる?」

「あると思うけど……」


 ライターは存在自体知らなかったようだ。

 ライターはコンビニに売っているものだと常識で答えてみたが、ライターを買おうとも思ったことないのでコンビニに本当に売ってある所を見たことがない、もしくは目に入っても認識したことがないので自信なさげになってしまった。

 あるよね。自信満々の思い込みに実は根拠がないことに気付く時って。


「じゃあ公園の近くにコンビニあるからそこに行こう! あ、ついでにお菓子とか飲み物も買おうよ」


 私は公園の場所はわかるけど、その近くにあるコンビニの場所は知らないので文句はない。

 公園は私の通学経路とは反対方向で、あまり通ることのない場所なので詳しくない。

 配信でこの事を話したらリスナーに【近所だからそれくらいわかるだろ】と偉そうに言われそうだが、基本外に出ない私の行動範囲の狭さを舐めてもらっては困るね。


「ありがとございやっした~」


 無事にコンビニでライターと食べ物を手に入れた。

 ライター=喫煙者のイメージがなんとなくあるので、JKの私はレジの前でビビり散らかしてしまった。

 レジに行こうとしてそのまま通り過ぎて、さも他に買うものがありますよと言う顔で何度も往復。その間、商品の陳列をしていた店員さんがレジに戻ってきて待機していてくれたのが申し訳ない。

 夢織の買わないの?という一言がなければこのライターは商品棚に戻っていたことだろう。


 というわけで公園。

 夢織に見守られながら、私はライターと蝋燭を持つ。


「???」

「……ライター使った事ない」


 そういえばライターなんてヤンキー漫画でくらいしか見たことなかった。

 親はたばこを吸わない人だったし、今日日テレビでタバコを吸う所を見るところなんてほとんどない。

 夢織は知っているかな?と薄い期待を抱いて顔を見て見ると、


「???」


 駄目な顔をしている。

 ライター知らないならそらそうか。

 私にもなんとなくわかるマッチにすれば良かった。


「まあ……やってみるか」


 ライターでも指でなんかシュッとすれば火がつくというのは何となくわかる。


「ううぅ……んっ!」

「出た!」


 火こそ点かなかったが、丸い所を親指でシュッ!ってしたら小さな火花が出た。

 思ったより丸い所が硬くてなかなか苦戦したけど上手くいきそうだ。

 火花が出ただけで夢織は楽しそう。

 やり方はあってそうだしもう一回やってみよう。


「んっ!……んっ!……んっ!」

「わっ!……わっ!……わっ!」

「指痛い……」


 なぜ点かん。

 火花は出るけど着火には至らない。

 壊れてるんじゃないの?

 交換してもらいに行く勇気など当然無いし、コンビニの店員さんに「え、こいつライター二本目買いに来てるやん」って思われたくない。

 万事休すか。


「あたしにもやらせて!」

「どうぞ……」


 夢織にライターを手渡して私はスマホを取り出す。

 わからなければ調べればいいってのが現代っ子の私の生き方。

 ライター空白つけ方 と言う感じで調べれば私にわからない事など何もないのだ。

 やる前に調べればよかったかもしれないけど、こんなん何となくでできそうやん。

 知らんけど。


「あ!点いた!!」


 私がゴーゴル先生に”ライター”と書くより先に夢織が着火に成功した。

 不良品ではなかったらしい。

 私に力が足りんのか?

 その黒いところ押せばよかったんか?


 蝋燭の使い方でもひと悶着あったが、なんとか蝋燭を立てることが出来、いよいよ花火に火を点ける時が来た。

 夢織が火のついた蝋燭に花火の先っぽについたヒラヒラの部分を近づけると、チリチリとヒラヒラは形を変え、ついに火が燃え移る。

 段々と火は先から根本へと燃え移り、いよいよ火薬に入ったふくらみへ。

 ちなみにネットによると、このヒラヒラの部分って花火のメーカーによってちぎる奴とちぎらない奴あるらしい。


「なにこれ!凄い!」


 花火が夢織の顔を照らした。

 シュウ!っと勢いよく無数の火花が夢織の手元から噴き出す。

 夢織ははしゃいで手に持った花火を上下に振り、色とりどりの炎が描く軌跡を楽しみ出した。


「柊花も早く!」

「はいはい」


 私は夢織の様子にフッと笑いを漏らしながら手に花火を持つ。

 花火に対して冷めていた私だが、手に持った花火のヒラヒラが燃え始め、刻一刻と花火の点火が近づいてくるとなんだか胸が沸き上がるのを感じる。

 点火。


 私と夢織の花火が交差した。


 花火に照らされた夜の公園には私と夢織だけだ。

 昼間は多くの人が集まるはずの公園、だけど今は人がいない。

 夜の公園は、なんというか不思議な異空間のようで、そんな場所にいる私と夢織はこの世界でたった二人きりの唯一生き残った人間である。

 そんなおかしな妄想をしてしまう。


 だからなのか、いつの間にか私は夢織と一緒に花火を名一杯楽しんでいた。


「これなに書いてると思う?」

「う~ん犬?」


 花火の軌跡でお絵描きをしたり。


「アツ! こっち向けんな!」

「アハハハ! ハッ……消えた……柊花……落ち着こうよ……」

「仕返し!」


 花火をもって追いかけまわした。

 そしていよいよ花火も終盤という時、夢織の一言で致命的なミスに気付いた。


「ゴミ箱……燃えてる?」

「やば……」


 水用意してなかった!

 どうやら火花か、燃えた何かが風で飛ばされたようで、網目状の鉄でできた公園によくあるゴミ箱の中のゴミに引火してしまったらしい。

 あまり花火の経験のない私は、すっかり水の用意を忘れていた。


「えっと……水は……」


 私はキョロキョロと水を求めてあたりを見回す。

 公園なのでトイレだとか飲み水とか何かあるはずだ。

 すると予想通り飲むようと横に洗う用の蛇口のついた水道が見つかった。


「夢織!あそこの水使って消そう!」

「なにに入れるの?」

「えっと……えっと……ジュースのペットボトルをつかえば……」


 そうしている間にゴミ箱は軽いキャンプファイアー状態になっている。

 中々綺麗だ。

 自分で言っといてなんだが、ペットボトルに入る程度の水ではもうどうにもならない。

 私の灰色の脳細胞は私たちにもう打つ手はなく、消防車を呼ぶことを推奨している。

 万事休すか。

 私は無念と消防車を呼ぼうとスマホを取り出すと、夢織走り出し、燃え盛るゴミ箱をあろうことか素手で掴んだ。


「夢織?!」

「うりゃああああ!」

「何してんの?!」


 火のついたゴミ袋の入った金属の網でできた籠を、夢織は消える魔球を投げる時のように天高く片足を突き上げ、大きく振りかぶって、恐ろしく重いはずのゴミ箱を空に向かって投げた。


「すご……」 


 燃えるゴミ箱を投げ飛ばしても新鮮な酸素が送り込まれ、炎が大きく燃え上がるだけだ。

 そう思ったが、ヴァンパイアである夢織の筋力は私の想像をはるかに超えており、あまりの勢いに炎が大きくなる前に吹き飛んでしまって地面に落ちることには火は消えていた。


「ふぅ~危機一髪だったね」


 汗をかいてないのに袖で額を拭った夢織はやり切ったという充足感を全身から醸し出していた。

 その子芝居なんだと言いたいところだけど、本当に助かった。


『こらああ!ここは花火禁止だぞ!!!』


 一難去ってまた一難。突然、怒鳴り声が私たちに向かって怒鳴り声が上がった。

 私がその声にビクッと肩を震わせ、声の方を向くと、近所の人らしきおじさんが何か喚きながら走ってくるのが見えた。

 どうやらこの公園は花火禁止だったらしい。

 パニックになった私は頭が真っ白になる。


 どうしよう!どうしよう!

 そんな私の手をガシッと力強く掴む手。


「逃げよ!」

「え?」

「GO!」


 夢織が私の手を掴んで走り出した。

 私は手を引かれるまま、もつれる足をなんとか動かして夢織に続く。

 逃げ出した私たちをおじさんは少しの間追いかけてきたようだが、怒鳴り声もすぐに聞こえなくなり、私たちは逃げ切ることができた。


「あ~楽しかった」

「ぜぇ……ぜぇ……それはなにより……」


 逃げ切ったらしい私たちは家に向かってポクポクと夜道を歩く。

 怒られたというのに夢織は満足そうだ。

 夢織の顔に罪悪感という文字は全く存在せず、恐らく怒られたことも忘れ、ただただ楽しい花火の記憶だけが残っているんだろう。


「あんな勢いよく燃えるんだね!」

「そうだね」


「ちっこい花火に追いかけられたのはビックリした!」

「ねずみ花火か。ちょっと怖いよね」


「最後の線香花火?ってやつはなんか物足りなかったな~」

「わびさびを知らんのか君は」


 花火って思った通り臭いつくし、用意が面倒だし、火の粉で服に穴まで開く。

 色んなハプニングがあったし今日はどっと疲れた。

 そんな大変だった花火、正直に言うと”あり”か”無し”かと言われれば、だいぶ”無し”寄りだが


「今度は夏にやりたいね!」

「うん……そうだね……また夏に……」


 ”あり”かもしれない。

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VTuberとヴァンパイア~猟奇で陽気なヴァンパイア~ 棚ん @Namamugiyaki

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