九話 彼女の世界
夜が終わった。
滅茶苦茶になった部屋を掃除どころか、夢織が飛び出していった窓も締めていない。
あいつたちの時間は終わって、もう私たちの時間だ。
私はぐるぐると考えていた。
襲ってきたヤンキーヴァンパイアのハルという男のこともそうだが、夢織の見せた私の知らない一面をだ。
夢織は自由だった。
興味のある事にはなんでも手を伸ばし、外の世界を素敵なものだと思っている。
夜の世界に生きているのに彼女の見る街は輝いていて、きっと私が見る昼の街より綺麗に見えているんだろう。
そんな彼女はやはりヴァンパイアだった。
私は不用心にも開きっぱなしになった窓の開いた部屋でベッドに横になり、スマホでヴァンパイアについて調べていた。
彼女の過去、あの暴力性、そして最後の涙。
その意味を知りたい私が頼れるのは、このネットの海しかない。
・ヴァンパイアの高い身体能力と、回復能力は人の血を摂取することで担保されている。
逆に言えばヴァンパイアが吸血を行わない場合の弊害として身体能力の低下、回復能力の低下があるという事。
とくに生命の危機に陥った場合、直ちに肉体を回復するため、強い吸血衝動に襲われる。
・一部の真祖に近しい貴族と呼ばれるヴァンパイアには、血液を体外で望み通りの形に動かし、瞬時に凝固させる能力を持つ者がいる。
この能力に関してはサンプルとなるヴァンパイアを得ることが非常に困難かつ、希少ゆえに研究はあまり進んでいない。
暴力は嫌いだ。
目の前で行われた暴力は、私にとって余りにも生々しい。
夢織が行ったのは私を守るために行われた正当防衛。
頭ではわかっているけど、目の前で行われた暴力に恐怖を感じてしまった。
夢織に押し倒された時の赤い目。
呼吸を荒くした夢織は私の上で牙を剝き出しにしていた。
ハルに対するいら立ちをそのままに、私の首を目を見開いて見つめる夢織の姿は、私に対して明らかな食欲を抱いていた。
怖くて当然だとは思っている。
相手がなんだろうが、自分に対してそんな目で見られれば怖いに決まっている。
でも、私は怖くなったことに罪悪感を抱いている。
去り際の夢織の言葉が忘れられない。
だから私はつらつらとスマホの画面に向き合い、彼女の言葉の意味をすこしでも理解しようとしていた。
「生命の危機、飢餓による吸血衝動の増幅……か」
夢織が守ろうとした私に襲い掛かった理由は分かった。
あとは境遇について。
彼女が言った王様についてはいくら調べても情報は集まらなかった。
ヴァンパイアの王様なんて学校でも習わなかったし、ヴァンパイア特集のテレビでも聞いたことがない。
果たして夢織の話が本当なのか嘘なのかはわからなかった。
「7時か」
朝になったという事は学校があるということ。
今日くらい学校を休んで警察に保護を求める事が本来は最適解なんだろうけど、親戚に連絡がいくようなことをしたくない。
ヴァンパイアの事についてまだまだ調べたりないけど、私は学校に行くしかなかった。
あれから一週間が経った。
心配していたハルはあらわれず、夢織も姿を見せることはない。
配信はしばらくお休みしており、今日は一週間ぶりの配信だ。
急なお休みにコメント欄は大いに賑わい、根も葉もない噂が数多く流れネットニュースにもなってしまった。
理由を話すのは家族が入院したとか適当言ってほどほどにして復活一発目はゲーム配信だ。
色々聞きたがる視聴者は多いが、そのたびに否定しながらゲームを続けていく。
気持ちを切り替えて、いつも通り配信を行っているはずだけど、どうにも調子が上がらず、部屋が静かに感じる。
巨大なモンスターと血沸き肉踊る戦いをしていてもやっぱり静かだ
「うわっ! やめろ! のしかかってくんな!」
「え? え? え? 死んだ?!」
「三乙だぁああ!」
ゲームでモンスターにやられてしまうという美味しい展開。
いつもなら煽ってくる視聴者と馬鹿馬鹿しいやりとりが生まれ、大いに盛り上がるはずの場面だ。
事実、コメント欄は私の失敗を嘆く声、馬鹿にする声、煽る声、あまりに多くのコメントが読めないくらい早く流れていく。それなのに。
「なんか……」
物足りない。
【どうした?】
【元気ない?】
【どした?】
【体調悪い?】
【ヘラってる?】
そんな私のポツリと呟いた声を聞いた視聴者は、私の気持ちが沈んでいることを感じ取ってしまったようだ。
意図せず出てしまった自分の言葉にハッと我に返った私は場を取り繕うとする。
「いやいやいや!なんでもないよ!」
【無理しないで】
【休んでええんやで】
【自分の体が一番大事】
すでに時遅く、みんなを心配させてしまった。
暗い配信をするのは本意ではないので、私は元気アピールをしようとする。
だけどそんな中、一つのコメントに目がついた。
【そういえば母ウサギは?】
今日はいないんだ。と私が笑いながら言うと、なぜ配信が物足りないのか理由が分かった。
後ろで笑いをこらえる声が聞こえないからだ。
私の配信を後ろで面白そうに眺める夢織の笑い声が、いつの間にか私にとっての合いの手になっていた。
今まで視聴者さんがコメントで笑ったことを伝えてくれていて、それで満足していたけど、やっぱり直に聞く笑い声というのは思ったより気持ちいいものだったようだ。
疑問が生まれてから解消まであっという間だったなと、思わず笑みが漏れる。
そういえばこのコメントを送っているのは皆意思を持った人間だ。
リアルの私の認識するよりはるかに多くの人がいる。
夢織だってこの中の一人だった。
皆なら夢織のことについてなにかいい考えを教えてくれるかもしれない。
そう思った私は深く考えずマイクに向かって口を開いた。
「皆はヴァンパイアってどう思う?」
【どうって?】
【怖い】
【なんだ?襲われたのか?】
「いや~ふとヴァンパイアって何だろうって思っちゃって。教科書とかニュースで見るけどよく知らないな~って」
【怖い】
【カッコいい】
【人類の天敵】
【ゴミ】
【世界のバグ】
【犯罪者予備軍】
【ヤンデレっぽい】
「いや、いいすぎでしょ。悪い人ばかりじゃないんじゃ……」
【いいやつだろうがなんだろうが人襲うのは本能】
【ヴァンパイア娘はアリ】
【最近テレビに出てるヴァンパイアとか絶対腹黒だろ】
【もしかしてヴァンパイアなのか?】
「いやいや私は人間だけど……」
【ヴァンパイア嫌い】
【ヴァンパイアってホームレス多いから臭そう】
【怪しい】
【アシュリーヴァンパイア説】
何気なく聞いてみたヴァンパイアに対する印象は想像以上のものだった。
そうか。これが夢織の世界なんだ。
【アタシがアシュリーが好きなことは変わらないから】ミミタレン
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