母の優しさは凶器にも変化する
「ただいま」
「ただいま~」
母さんと一緒に帰宅した。
結局、あの後のことは簡単だ――俺を守ってくれるように割り込んだ母さん、そして傍にまだ残っていた神崎さんたちによって事態は収拾された。
『こいつは任せなよ。それじゃあ斗和坊、姐さんもおやすみなさい』
酒の臭いを漂わせ明らかにダメ女街道まっしぐらだった神崎さんだったのに、その時は出来る女の雰囲気だった。
俺たちに……というより女の子に絡んでいたあの男がどうなるのか、想像もしたくないがまあ気にしても仕方ない。
「斗和ぁ」
「おっと」
リビングに着いて早々に母さんが俺に寄り掛かってきた。
一応分かっていたが母さんも結構酒が入っているようだが、さっきの騒動の際は酒を飲んでいることすら感じさせなかったほどなのに、今の母さんは店を出る瞬間の神崎さんみたい……つまりダメ女の雰囲気が漂っている。
「こんなところで寝るんじゃないっての」
「い~や~! 斗和と寝るんだぁ!!」
「嫌だ」
「なんでぇ……!」
泣くんじゃねえよ……。
ボロボロと涙を零す母さんの頭を撫でてどうにか泣き止んでくれと宥めるが、俺はすぐに器用に涙を流す泣き真似だと分かった。
「ごめん! ごめんってば斗和!」
「……………」
ま、母さんのことだし許すとしよう。
怒ってないからと背中をポンポンと優しく撫でてから離れると、少しだけ表情を引き締めた母さんが俺を見つめた。
「あの時、もしも誰かが助けに入らなかったらどうしたの?」
「……………」
「相手は酔ってたし、斗和のことだから大きな怪我にはならないとは思うわ。でももしも万が一、相手が何か凶器を持っていたとしたら?」
「……それは……うん。そうだな……言い訳はしないよ。あの子を助けることしか考えてなかった」
「素直でよろしい」
先程までの雰囲気は鳴りを潜め、母の顔になった母さんが俺を抱きしめる。
「あなたの体はもうあなただけの物じゃない。斗和に何かあったら私は悲しむし、何より絢奈ちゃんはどうなるの?」
「……そうだね」
「ふふっ。説教をするつもりじゃなくて改めて言っておきたかったのよ。女の子を助けたことに文句はないし、むしろ流石私の息子だって思ってるくらいだから」
「……母さんは優しいな……酒臭いけど」
「酒臭いは余計よ」
だってマジで臭いんだよこの雰囲気をぶち壊すほどにはさ。
お互いに笑い合った後、体を離した俺は冷蔵庫に向かってお茶を取り出しコップに注ぎ、自分の分と母さんの分を用意した。
グッとお茶を飲んだ母さんはそういえばと言って話し出す。
「斗和が助けたあの女の子……あれ、完全にあなたに惚れてなかった?」
「っ……何言ってんだよ」
あの子……傍に居た友人から
俺が助けた後にすぐ母さんが来たので簡単に礼を言われた程度だったが、少しばかり熱っぽい視線を向けられたことは理解している。
「見たところ同い年くらいじゃない? 斗和の反応だと学校は違うみたいだし……もしかしたら絢奈ちゃんの恋敵になっていた世界もあったのかしらねぇ」
「ないよ。俺は絢奈一筋だから」
「それもそっか。二人の間に入れる女が居るとは思えないものねぇ……まあ男は更にあり得ないけど」
俺と絢奈の間に入る男を想像した時、そういえば寝取られゲームの世界だなと思い出すのも懐かしい感覚だ。
『あの……ありがとうございました! お名前を……っ』
結局、彼女には名乗ることなく別れたけどまあ……会うことはないだろう。
ちなみに家に帰ってすぐにスマホを確認したところ、何かありましたかとピンポイントに絢奈からメッセージが届いており、もしかしたら何か察したのかと若干怖くなったのは秘密だ。
「でも本当に何かある前に助けられて良かったわ」
「何かあったらどうなってたの?」
「相手ぶっ殺してたけど」
「……………」
決して冗談に思えなかったのはきっと疲れているからだなきっとそうだ。
その後、母さんと別れて風呂場に向かいシャワーを浴びてから部屋に戻る……寝る前に絢奈から電話が掛かってきたので、簡単に何があったのか説明すると彼女はとても心配してくれた。
『もし何かあったら私はたぶん……何をしていたか分かりません』
後半の言葉にとてつもない重圧が込められていたことを俺はきっと忘れられない。
思えば今日一日、絢奈の声を聞くことなく終わるかと思っていたが……必ず何かと彼女の声は聞いているし、もしかしたらそういう運命なのかなと少し苦笑する。
『どうしましたか?』
「いや、何でもないよ」
『怪しいですね……これは明日、そっちに行かないとです!』
話の流れで絢奈が家に来ることが決まり、明日もまた賑やかになりそうだ。
絢奈との通話を終えた後、俺は立ち上がって窓際に向かい星空を見上げた。
「体育祭が終わったわけだけど、イベント目白押しだったな」
楽しいことも辛いことも、ちょっとだけ危ないことだってあった。
何事もなかった……というと少し違うかもしれないが、それでも乗り越えられたことは変わらない。
「……これからもずっと、君の傍に居たい」
本人の前で言ってやれば喜ぶことをボソッと口にする。
別に絢奈が俺を構成する全てだと大げさに言うつもりもないし考えてもいないが、一日に一回は必ず声を聞きたい……そう思うのは少し重たいかな?
なんてことを考えながら、俺は明日に備えて眠りに就くのだった。
後日、絢奈が俺のベッドの中にいつの間にか潜り込んでおり……とても刺激的な目覚めだったのは言うまでもない。
【書籍化】主人公の好きな幼馴染を奪ってしまう男に生まれ変わった件 みょん @tsukasa1992
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