キレると怖いのはやっぱり母さんもだった
「はぁ食った食った!」
「お嬢……お腹凄いことになってますけど」
酒も飲んで肉や野菜なんかをたくさん食べた神崎さんのお腹はパンパンだ。
既に支払い等は神崎さんがしてくれたものの、二人にしてはかなりの額だったようで怖いくらいだった。
(確かに凄い量だったけど……それ以上に元々高い肉だったんだろうなぁ)
マジで美味かった……口に入れた瞬間に溶けるような歯応えは忘れられない。
神崎さんが遠慮しないでと言ったのもあってかなり食ったけど、パクパクと食べ進める俺を見て神崎さんはずっとニコニコ微笑んでいたし……逆に値段に申し訳なさを感じてしまうのは失礼なのかもしれない。
「斗和坊」
「え?」
名前を呼ばれたと思いきや、ガシッと肩を組まれた。
むわっと鼻に届く酒の香りはともかく、美人の神崎さんにこうして身を寄せられても全然ドキッとしないのが本当に不思議だ。
「今日みたいな日をまた作ろうよ~。楽しくて仕方なかったからさぁ」
「……了解です」
どうしようかと思ったけど、舎弟さんがお願いしますと視線で訴えかけていたので俺はつい了承してしまった。
ただまあ、今回のことは母さんの突然の不在が招いたことだ。
次にこういう機会があった時……その時は母さんたちも一緒だともっと楽しい気がするよ。
「今日はありがとうございました神崎さん」
「良いってこと。さっきも言ったけどこっちも楽しませてもらったからさ」
ニカッと微笑んだ神崎さんに見送られるように、俺はその場から去るのだった。
「……………」
一人静かにこうして夜の街を歩くのはいつぶりだろうか。
最近は何をするにも絢奈が傍に居たし、まるで彼女の存在が俺を導く篝火のようにずっと傍に居てくれたから。
「本当にどんだけ絢奈のことが好きなんだってな……つうか、夜の街は前世もこの世界も何も変わらないんだな当然だけど」
夜の街というと少し大人っぽい響きだが、何の変哲もない街の風景だ。
今居る場所は繁華街なので飲食店が多く立ち並び、少しばかり向こうに行けば大人がよく通うお店があったりと賑やかな場所……これは前世もこの世界も何一つ変わらない。
(俺や絢奈……関わりのある親しい人たちだけじゃない……数えきれないほどに多くの人たちが息をして、自我を持って生きている)
この世界は俺にとって既に現実ではあるが、元々がゲームの世界であることを知っているのも俺だけ……もしも転生とかすることなく、ずっとこの世界を外から眺めているだけなら……ここにいる人たちは全てプログラムされただけの存在だったのか。
(って、こんなこと考えても仕方ないな。さっさと帰るとしよう)
そう思って踵を返そうとした瞬間だった――女の子の声が聞こえた。
「ちょっと離して!」
その声は目の前からだ。
まだまだ人の喧騒が響き渡る中において高い声だからこそ響き渡り、俺の鼓膜を振るわせるには十分だった。
「何?」
「酔っぱらいが女の子に絡んでるみたいよ」
「嫌ねぇ」
近くを歩いていた女性がそう言ったが、どうもその通りらしい。
酔っ払いと言われているのは三十代くらいの男性で、その男性が腕を掴んでいるのが今声を上げた女の子――そっちは俺と同い年くらいの女の子だ。
「ほらいいだろ? 金ならやるからさ」
「うっさい! そういうんじゃないっての!」
「ちょっと離せよアンタ!」
女の子には連れが居るようだが、それでも男は意に介さず腕を離そうとしない。
きっと俺と同じで外食にでも来ていたんだろうが、面倒な奴に絡まれているのは同情する他ない。
俺はどうするか迷う間もなくその場に向かい、俺は男の腕を軽く捻り上げた。
「いつっ!?」
「そこまでにしときなよおっさん。酔いが醒めた時に後悔することになるぞ?」
こういう時、覚えてないとか酒に酔っていたからって言い訳をしているのをニュースでよく見たことがある。
たとえ本人が覚えていなかったとしても、被害に遭った相手はそうじゃない。
「あ……あの……」
「早く行け」
助けた女の子は呆然としながら俺を見つめているので、連れの子に視線を向けて何とか離れるように意志疎通を図る。
「っ……ほら結愛、早く行くよ」
「で、でも……」
友人の子は物分かりが良いようだったが、そこで俺が腕を掴んでいる男が動く。
「放しやがれてめえ!」
「っ!?」
強い力によって腕を離され、その勢いのまま男の腕が俺の首に向かう。
このままだと首を掴まれるか……そう思った瞬間だった――真横からスッと現れた腕がさっきの俺がやったみたいに腕を掴んだのだ。
「……え?」
その人を見て俺は唖然とした……だって。
「このカス野郎が。私の息子に何をしようとしてんだ?」
そこに居たのは母さんだった。
この世界に来てから見たことがないほどに怒りを露にした母さん……そんな母さんを前にして男も一気に酔いが醒めたのか目をパチパチとさせながら呆然としている。
「母さん?」
「えぇ。良いところで会ったわね斗和」
……なるほど、それがヤンキー時代の名残ってやつっすか。
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