運命の出会い

 あっという間にパーティー本番はやってきた。専属魔術師の証明であるケープにブローチを付け、長い髪を結い上げたサリーは首にミルチェを巻いてジェイクに指定された場所へと向かう。


 ジュラルドとはパーティーが始まる前に合流することになっていた。パーティー中はジェイクがジュラルドの隣、斜め後ろをサリーが陣取り、ジュラルドの運命の相手を品定めする計画だ。


 ジュラルドには今日のパーティーで運命の相手と出会うという予言は伝えられていなかった。社交界デビューのパーティーというだけで緊張しているだろうに、余計な負担までかけたくないというのがジェイクの考えでサリーもそれに同意したのだ。


 パーティー前の浮足立った空気を感じつつサリーはジェラルドが待機する控室へと向かう。一歩、また一歩と進むごとに近づいてくる初対面。サリーはだんだん緊張してきた。


「ミルチェ、今日の私どう? 変なところないよね」

「安心して、サリーはとってもきれいだよ!」


 頭をもたげたミルチェが元気一杯に返事をする。その言葉だけでサリーは気持ちが少し落ち着いて、ミルチェの頭を撫でた。ひんやりとしたいつもどおりのの感触にホッとする。


 待ち合わせの部屋の前にたつと胸に手を起き大きく深呼吸。眉を釣り上げて気合を入れるとノックをしてからそう声を張った。


「ジュラルド様付き魔術師、サリーです」


 中から「どうぞ」という声が返ってくる。サリーは音を立てないように丁寧に扉を開く。


 一番最初に目についたのは大きな姿見にドレッサー。続いて様々な服がかけられたハンガーラック。

 休憩用らしいテーブルに座っているのはメガネをかけている好青年。特徴からいってジェイクに違いない。


「お待ちしていました、サリー様。お会いするのは初めてですね。私はジュラルド王子の教育係を努めておりますジェイクと申します」

「お初にお目にかかりますジェイク様。本日は同行を許可していただき、誠に感謝いたします」


 ドレスの両裾をもって礼をする。それに対してジェイクは慌てた様子で頭を上げるようにいった。


「こちらこそ、わざわざお越しいただいてありがとうございます! サリー様のお力があればジュラルド様の未来も安泰です」


 お世辞ではなく心底そう思っていると伝わってくる表情にサリーの気分も高揚してくる。会う前に抱いていた緊張が解けサリーは気づかれないように息を吐き出した。


「お噂は聞いておりましたが噂以上の美男子ですね」

「サリー様こそ大変お美しい。入ってきた瞬間、どこのご令嬢かと息を飲みました」

「それは褒め過ぎですわ」


 サリーが口元に手をあてて笑うとジェイクも微笑む。その笑みに悪い印象は受けない。それにホッとしつつサリーは首に巻き付いたミルチェに目配せした。


「はじめまして、サリーの使い魔のミルチェです。どうぞよろしくお願いします」

「なんと……! 噂には聞いていましたが本当にきれいな白蛇ですね」


 ミルチェの挨拶にジェイクは目を見開いた。蛇を使い魔にしている魔術師は少数派。その少数派の中でも一番美しい蛇がミルチェだとサリーは常々思っている。

 ジェイクの言葉にミルチェが照れた様子で顔を隠す。その可愛い仕草に和むとサリーはジェイクに向き直った。


「それで、ジェラルド様は」

「隣の部屋で準備なさっております」


 そういいながらジェイクが目配せした方向にはドアがあった。すぐ隣の部屋にジェラルドがいるという事実に溶けかけた緊張が舞い戻ってくる。たがここで怯んではいけないとサリーは気合を入れ直した。


「ジェイク様はジュラルド様のお相手には誰がふさわしいとお考えですか?」

「……ジュラルド様のご意識を尊重したい。そう私は思っておりますが……」


 そこでジェイクは言葉を切ると沈痛な顔をした。


「レイチェル様だけは選ばないで頂きたい……」

「それは私も同意です」


 サリーとジェイクは目を合わせて固くうなずいた。会って早々気持ちが通じ合った気がする。


「私としてはロザリー様が一番だと思うのですが、ジェイク様はどう思いますか?」

「ロザリー様……たしかに家柄や評判からいったら一番ふさわしいですね」

「そうですよね!」


 同意を得られたことで気分が高揚する。二人で盛り上がっていくとミルチェが咳払いをした。


「二人とも、ジュラルド様の意思が一番なんでしょ。二人で勝手に盛り上がっちゃダメでしょ」

「あっ……そうですね」


 使い魔とはいえ蛇にいわれたのがショックだったのかジェイクは複雑そうな顔をした。

 使い魔に慣れていない人間にはよくある反応だ。いつも一緒にいるサリーですらミルチェが蛇であることに時折違和感を覚えるのだから初対面のジェイクはなおさらだろう。


「……ジェラルド様とはお話できますか?」

「そろそろ準備も終わるでしょうから声をかけてみます」


 微妙に気まずい空気を変える意味も込めて話をすすめる。ジェイクは助かったといわんばかりに隣の部屋へと移動した。

 ジェイクの後ろ姿を見送ると再び緊張してきた。いよいよジュラルドとの初対面だ。


「……変に思われないかな?」

「相性最高なんだから大丈夫だよ。いつもの自信満々のサリーはどこいったの」


 ミルチェはそういいながら励ますように額をサリーの頬にすりよせる。その愛らしい姿に思わず笑みがこぼれサリーはミルチェの体を撫でた。


 その時ちょうど隣の部屋のドアが開いた。

 サリーにはやけにゆっくりドアが開いたように見えた。


 ドアから顔をのぞかせたのは金髪の美少年。まだ成長しきっていない丸みを帯びた頬。輝く青い瞳。美しい人形のような顔立ちを見てサリーは息を飲む。

 ジュラルド王子だ。そうわかった瞬間に礼をとらなかればいけないとわかっていたのに、あまりの美しさに呼吸をするのも忘れて凝視してしまう。


 空を思わせる青い瞳が見開かれ、揺れる。光を浴びてキラキラ輝く瞳は宝石のよう。目が奪われ思考が止まる。


「……け……」


 形の良い唇が動く。それだけの動作で人を魅了する。まさに天に愛された方だとサリーは思った。


「俺と結婚してください!」


 だから次に吐き出された言葉に反応ができなかった。

 空気が固まる。ジュラルドの背後にいたジェイクが間抜けに口を開き、ミルチェが石像のように固まっている。サリーの体もピクリとも動かない。

 自分の耳を疑った。いま、ジュラルドはなんといっただろうか。


 固まる空気をものともせず、ただ一人、ジュラルドだけがキラキラと目を輝かせ頬を高揚させサリーを見つめていた。その表情はまさに恋する少年。それに気づいてサリーの頬が引きつった。


 16歳の誕生日パーティーにて運命の出会いあり。


「運命の相手って私!?」

「そりゃ、ハプニング満載の人生になるよねえ……」


 絶叫するサリーの耳元でミルチェが呆れた顔で呟いた。

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予言の魔術師と恋占い 黒月水羽 @kurotuki012

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