相性占い

「ロザリー様はずいぶんな美少女らしいね」

「見る人みんな振り返る令嬢の中の令嬢って噂ね」


 王子の護衛から送ってもらった資料、魔術師仲間から聞いた情報、噂話などを整理するべくサリーとミルチェは紙の束を睨みつけていた。

 机の上でとぐろをまいたミルチェが目が痛い。と泣き言をいう。サリーもずっと資料とにらめっこしているから目もひりつくし、頭痛もしてきた。


 少し休憩しようと立ち上がるとミルチェがわかりやすく目を輝かせる。現金な使い魔だと思いながらもサリーはミルチェの分もミルクティーを入れてあげた。


 一旦資料を横にどけてから二人でミルクティーを口に運ぶ。

 ティーカップに巻き付くようにしてチロチロとミルクティーを飲むミルチェはいつ見ても不可思議であり愛らしい。


 もともとはただの蛇だったミルチェは使い魔になったことで食べられるようになった人間の食べ物や飲み物に興味津々で、サリーが食べているものは何でも味見したがる。そうしているうちにすっかりサリーと味の好みが似てしまい、ミルクティーを入れると嬉しそうにする。

 一杯飲むのにものすごく時間がかかるのが悩みらしい。


「王子の誕生日パーティーに呼ばれるだけあって家柄は保証されている。そのうえ王子が一目惚れするような美貌の持ち主。

問題は性格よねえ……」


 資料を見るのはやめたものの、どうしても思考は王子の初恋の方へうつってしまう。何しろ初の大仕事である。失敗は許されないと思うと気が気じゃない。


「噂では気品に溢れたお嬢様らしいけど」


 ミルチェがティーカップから顔をあげてそういった。らしいわね。と同意しながらサリーはもう一口ミルクティーを口に含んだ。


 王子と同世代で有名な令嬢といえばロザリー嬢。気品に溢れ美しく、知性も持っている。早くも時期王妃候補と噂するものもいるほどのご令嬢だ。


 といってもサリーは直接会ったこともなければ見たこともない。魔術師が暮らす区域と貴族が暮らす区域は別だ。いくら専属といえど招待もなしに貴族が暮らす区域に行くことはできないため、ジュラルドと会ったことがないサリーが彼女たちと会えるはずもなかった。


「噂っていうのは独り歩きするものだし……貴族は見栄を張る生き物だしね」


 サリーはそういいながら眉を寄せる。彼女の評判が噂通りであれば問題ないが、見栄のために流された嘘であったら問題だ。表向きはいい子を演じている猫かぶりだった場合も困る。


「だからって、会わせてほしい。っていいにいくわけにもいかないよね。ジュラルド王子がパーティーで運命の相手と出会うなんて予言バレたら大変だ」

「王家の繋がりが欲しい族連中が娘を着飾らせて押しかけるでしょうね……」


 その状況を想像したサリーとミルチェは同時に顔をしかめた。


「レイチェル様は論外だよ。美人だけど性格は最悪だって。侍女を何人もいじめて追い出してるって」

「ジュラルド様に近づけたくもないけど、パーティーには参加するわね……。王家とも繋がりが深いし」


 ロザリー嬢とは逆方向で有名なのがレイチェル嬢。美少女ではあるが代々王家とも繋がりがある名家出身だということを盾に好き放題しているわがまま娘である。しかも美形に目がない男好き。


 今まではジュラルドこれといった接点がなかったが十六歳の誕生日にて社交界デビューを果たせば接触してくるのは間違いない。


「相性よかったらどうしよう……」


 不安になってサリーは魔法具かしまってある棚から水晶玉を取り出した。魔力を流し込むと簡単な占いができる便利道具だ。

 

 水晶玉をテーブルの上におくとジェイクが届けてくれた調査報告書の中からレイチェルの生年月日を確認する。


 生年月日で相性を占うのは初歩的な占いといえた。簡単にできるが精度は低い。ちょっとした気休め程度のものである。


「血液とか髪とか手に入ればもっと正確に占えるのに……」

          

 占いの精度をあげるためには体の一部を使うのが一番。といっても契約もしてない貴族の体の一部をよこせなんて要求通るはずもなく、知っている情報で占う他ない。


 水晶玉に魔力を流し込む。ジュラルドは知っているだけの情報を、レイチェル嬢は生年月日だけをおりこむと水晶玉の中に煙のようなものが沸き立ち、徐々に色が変化した。


「レイチェル様とジュラルド様の相性悪い! よかったね!」


 水晶玉を覗き込んでいたミルチェが上機嫌に尾を揺らす。それに比べてサリーの表情は深刻だった。


「こんなに相性が悪いならレイチェル様とは恋仲はもちろん、普段の接触もなるべくさけるようにしないと」


 真っ黒に染まった水晶玉。それは相性最悪を意味する。

 相性が良ければ水晶玉は赤くなる。黒となればお互いに好意を持つことはないのだが、万が一ということがある。政略結婚が基本な貴族であればなおさらだ。


「ロザリー様は?」

「よかった。ロザリー様とは相性がいいいわ」


 ロザリー様は桃色に変化した。赤が一番良いのだが、桃色でも十分だ。


「そういえばサリーとジュラルド様は? 相性いいの?」

「いいわよ。それも専属になる条件だから」


 そういいながらサリーはジュラルドとの相性を占ってみせた。水晶玉は真っ赤に染まる。バラを思わせるきれいな色を見てミルチェは感嘆の声をあげた。


「相性だけみたらサリーが運命の相手に一番ふさわしいんじゃない?」

「冗談いってないでもっと情報を集めないと。簡易占いだけじゃ心もとないわ」


 やはり直接パーティーに乗り込んで相手を品定めしたほうがいい。そういう結論にいたったサリーはジェイクにパーティーに自分も参加できるように頼むことにした。

 手紙をしたためていつもの通り窓から飛ばす。一連の作業を終わらせると残りのミルクティーを口へと運んだ。


 今の所はロザリー嬢が一番の候補だが、他にも美少女だと有名な令嬢はいる。ジュラルドは容姿ではなく性格で選ぶタイプであればパーティーでの反応を見る他ない。


「ハプニングが多いっていうのも気になるのよね……。もしかしたら名家の令嬢じゃないのかも」

「どういうこと?」

「メイドとか、身分差がある相手かもしれないってこと」


 サリーの言葉にミルチェが目を輝かせた。いつのまにか文字を覚えていたミルチェの愛読書はロマンス小説である。身分差ものも大好物だ。


 目を輝かせるミルチェを見てサリーはミルチェの額を小突いた。たしかに物語としては美味しいが現実に起こったら大問題。ジュラルドは一国の王子、運命の相手とはいえ地位の低いものが相手となれば周囲が納得するはずもない。

 サリーの考えがわかったらしミルチェが不満の声をあげる。


「一番はジュラルド王子の気持ちだよ。専属のサリーが王子の味方をしてあげなくて、誰がするのさ」


 ミルチェがそういうとじっとサリーを見上げた。サリーはミルチェの赤い瞳を見つめながらしばし考える。


「……そうね……王子を幸せにするのが私の仕事ね」

「でしょ! 王子が身分の違いに恋を諦めなければいけないと悩むとき、さっそうと駆けつけ魔法で解決するサリー……! 後の世には恋の魔術師として伝えられること間違いないよ!」

「それはあんまり嬉しくないわね」


 ミルチェは妄想で目を輝かせているがサリーとしては微妙なところだ。もっと壮大な感じで歴史に残りたい。具体的な例は全く思いつかないが、とにかく後の世の人があっと驚く感じで歴史に名を刻みたい。


「具体的にどう歴史に名を残すかは後で考えるとして、今は王子の運命の相手を見定めるのが先ね……」


 となればパーティーの準備である。ジュラルド王子とも初めての対面。印象を悪くしないように、それでいて主役である王子よりも目立たないように。気を使うことは山積みだ。


「ドキドキしてきたわ……」


 緊張で腕をさするサリーをみたミルチェは大丈夫というように腕に巻き付いた。そんなミルチェの気遣いにサリーは頬を緩める。ミルチェがいれば大丈夫。そんな気がして優しい白蛇の頭を撫でた。

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