予言の魔術師と恋占い

黒月水羽

予言の書

 16歳の誕生日パーティーにて運命の出会いあり。この相手と結婚することができればバラ色の人生が待っています。しかしハプニングに満ちた刺激あふれる人生になることでしょう。




 分厚い本に描き出された文字を見てサリーは顔をしかめた。すぐさま羽ペンを取って羊皮紙に文字を書き写す。羊皮紙を折りたたみ魔力を流し込むと羊皮紙は白い鳥へと変わり羽ばたいた。部屋の上空を旋回する手紙の鳥のために窓を開け放つ。鳥は待っていたと言わんばかりに外へと飛んでいく。その姿を見送ってからサリーは改めて分厚い本――予言の書に向きなおった。


「えらいことになったわ……」

「王子様も恋するお年頃なんだねえ」


 サリーの肩に巻き付いていた白い蛇がシュルシュルとサリーの体を移動しながらのんきな声をあげた。長い舌をチロチロと動かしてじっと予言の書を見つめる使い魔――ミルチェを睨みつける。


「そんなこと言ってる場合!? この国の王子よ!?」


 目を吊り上げるサリーをみてもミルチェはのんきな顔を崩さない。といっても蛇なので表情は変わらない。それでも長い付き合いのサリーにはミルチェがあくびをするほど退屈だと思っているのがわかった。


「恋がかなったらバラ色の人生が待ってるんでしょ? いい予言じゃない」

「逆にいえば成就しなかったら人生灰色ってことでしょ。しかも恋が成就してもハプニング満載って……これは絶対に失敗できないわ。王子の専属魔術師として!」


 爪を噛むサリーをみてミルチェがその癖やめなよ。とシューシューいった。しかしサリーはブツブツとなにかをつぶやき続けている。

 ミルチェは呆れた顔をしてサリーの首元に巻き付いた。こうなったサリーが話を聞かないことをミルチェはよく知っていた。


 サリーは改めて予言の書に向き直る。この予言の書はサリーが仕えているこの国の王子ジュラルドの未来が書かれる魔法の本だ。この本をつくり、魔力を流し込んで予言を見ることができるのは魔術師だけ。

 ジュラルド王子の専属魔術師であるサリーだけである。


 かつて魔術師は迫害されていた。なにもないところから炎を出し、水を出し、喋る使い魔を連れ、時には空を飛ぶ魔術師を魔術を使えない人々は必要以上に恐れ遠ざけた。

 しまいには国をあげて魔術師狩りを始めようとしたため、魔術師と人間の全面戦争になるかとお互いに緊張が走った。そんななかエレノアという名の魔術師が国王に和平を持ちかける。


 魔術師は人を脅かすことはいたしません。その証明に国王を助けるために魔術を使いましょう。そういって国王に見せたのが予言の書である。


 これは名前の通り未来を予言する魔術書だが契約した一人分の未来しか見ることが出来ない。契約を完了しても定期的に魔力を流し込む魔術師の存在が必要不可欠というものだった。


 未来を予言する力。それに興味をいだいた国王は魔術師狩りを一旦白紙にし、魔術師を一箇所に集めて監視することにした。予言の書の効力を確認してからでも遅くないと思ったのである。


 予言の書は国王が想像する以上の力を発揮した。小さな事件から大きな事件まで、ことごとく予言を的中させてみせたのである。

 それにより国は栄え、噂を聞いた貴族たちはこぞって魔術師と契約するようになった。


 そうして一時期は迫害され、殺されそうになった魔術師は国一番の人気職へと変貌をとげた。平民生まれでも魔術の才能があれば貴族と契約し贅沢な暮らしができる。それに気づいた平民たちは迫害なんてなかったかのように魔術の勉強をはじめ、魔術師が増えるに従って国はどんどん栄えていった。


 出世したいなら魔術師になるのが一番。

 そう言われるようになるまで時間はかからず、平民生まれで見事出世を果たした魔術師の一人がサリーだった。


「ここで華麗に王子の恋を叶えたら歴史に名を残す魔術師になれるかもしれない! 富、名声、全てを手に入れられる大チャンス!」

「サリーの欲望はとどまるところを知らないね」


 拳を突き上げるサリーの首でミルチェが呆れた顔をした。そんなミルチェのひんやりした体を撫でながらサリーは当たり前よと鼻をならす。


「そのためにしんどい思いして魔術師になったの! 数いるライバルを蹴落として王子の専属までたどり着くのがどれほど大変だったか……。苦労した分元をとらなきゃ!」

「十分元をとって、贅沢三昧してると思うんだけどねえ……」


 ミルチェはそういいながら部屋を見渡す。

 サリーとミチェルが暮らしている場所は王城の一室だ。城付き魔術師は魔術師の中でも最高位。専属の使用人も与えられ貴族と同等、時にはそれ以上の扱いを受ける。宝石もドレスも選び放題。予言の書の管理や契約している貴族から用事がなければ毎日遊びほうけていても誰にも文句を言われない。最高の仕事と言っていい。


「ミルチェ、私がこれで終わる女だと思ってる? 魔術師の地位を確立したエレノア様に続く偉大な魔術師。歴史に代々名を語り継がれる大魔術師になる存在。それが私!」

「具体的にどうやって?」


 拳を天に高く突き上げるサリーに対してミルチェの冷静な言葉が続く。サリーはミルチェと目を合わせた。

 ミルチェの赤い瞳にサリーの顔が写っている。しばしそれを見つめてからサリーは腕を組んだ。


「それはこれから考える。いや、そのうちなる。私だから!」

「……すごい自信……」


 そこまでいうならもう好きにしなよ。とミルチェはため息混じりに呟いた。契約したときは人と話せるということに随分戸惑った様子だったのに、随分ふてぶてしくなってしまった使い魔にサリーは眉を寄せる。


「王子の初恋を成就させるのもすごいことだと思わない? なにしろバラ色の人生がかかっているのよ。王子が後世に名を残す方に成長されたら、専属魔術師である私の知名度もうなぎのぼり」

「つまりは他力本願」


 サリーは文句を込めてミルチェの鼻を指でつついた。ミルチェがやめてよ。というように目をすがめる。


「仕方ないじゃない。王子は今年でやっと十六歳。ご公務もされていないし、私がお助けするようなことは今までなかったんだから」


 王族は生まれてすぐに専属の魔術師を決める。それは怪我や病気、事故などにより亡くなるリスクを少しでも減らすため。その役目を果たすべくサリーはジュラルドの怪我や病気の予言をことごとく当ててきた。そのたびに王妃から、字がかけるようになってからは本人から丁寧な感謝状が届いたが、未だジュラルドとは会ったことがない。


 王族によっては侍女のように専属魔術師を侍らせるものもいる。ちょっとしたことで魔術師を呼び出したり、家族のようにともに生活する者もいると聞く。

 しかしジェラルドはそういうタイプではなく、サリーとジェラルドは手紙のやり取りのみ。とても義務的な付き合いであった。

 つまり、今回が初めての専属魔術師の腕の見せどころなのだ。


「ミルチェ! 誕生日パーティーに参加される令嬢の情報をかき集めるわよ! 王子が誰に一目惚れするのか予想を立てなきゃ!」

「えぇ……そんなことしなくてもパーティー当日に確認すれば一発でしょ」


 腕まくりするサリーに対してミルチェは不安を訴える。


「なにいってるの。それで変な相手に一目惚れしちゃったらどうするのよ。予言の書といっても絶対ではないんだから」


 予言の書は現在において一番起こる可能性の高い未来を示す。三日後に怪我をする。という予言が出たから必ず怪我をするというわけではない。予言された三日後、怪我をしないように気をつけていれば予言は変えられる。


 つまり、今の所はジュラルドが運命の出会いを果たす可能性が高いが、運命の相手ではない令嬢がジュラルド猛アタックをすることで未来が変わる可能性は十分にあるのだ。その相手が王子を不幸にするような相手だった場合、専属魔術師であるサリーの失態ということになる。


「変な女に騙されたりして人生がめちゃくちゃになったりしたら……ああ、考えただけでも嫌だわ!」

「……そうだね、せっかくここまで元気に育ったのに、不幸になったりしたらボク泣いちゃう」


 サリーの嘆きに対して珍しくミルチェも同意した。


 サリーが王子付きの魔術師になったのは十歳のとき。王妃様の予言の書にて王子が生まれる。そう記述された日から始まった魔術師選定。それに見事勝ち残ったサリーはジュラルドが無事に生まれたと聞いたときミルチェとともに飛び上がって喜んだ。


 それから十六年。毎日、毎日ジュラルドの未来を予言し、手紙でのやり取りをし、元気に育っているという話を人づてに聞いてきた。

 最初は正直出世のためだったが、十六年も見守っていれば情がわく。サリーにとってジュラルドは弟のようなもの。使い魔であるミルチェにとっても見守るべき存在だ。

 そんなジュラルドの未来を決める相手。しかも今までジュラルドの予言の書には恋なんて文字はなく、浮いた話も全く聞こえてこなかった。つまりは初恋。必ず成就させ幸せに導きたい。そう思うのが姉心である。


「サリー! ボクが間違ってたよ! ボクらの可愛いジュラルド王子に最高の運命を届けてあげなくちゃ!」

「そうよミルチェ! 待ちに待った初仕事! これを見事にできなくちゃ専属魔術師の名がすたるわ」


 サリーが突き出した拳にミルチェが額をくっつける。ミルチェなりのハイタッチだ。

 使い魔に同意を得られたことで気分が高揚したサリーは早速仕事に取り掛かることにした。先程飛ばした手紙は王子の教育係――ジェイクに届いている頃合いだ。

 ジェイクとも手紙でしかやり取りしたことがないが、文字だけでも伝わってくるジュラルド溺愛男である。今頃血眼になってパーティーに出席する令嬢の身辺調査をしているに違いない。


「名簿とか調査記録はジェイクが後で届けてくれるわよね」

「彼、仕事ができるから大丈夫だよ」


 ミルチェの同意も得られたところでサリーは腕まくりをする。ジェイクだけに任せてはいられない。サリーは魔術師としての情報網を使って令嬢を調べ上げようと意気揚々と自室を後にした。

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