第36話 きみとおれの願い

「ありえぬわ、この痴れ者! かような惨事を引き起こすとは、あまりの悪夢に我は気を失うかと思うた!! ご無礼どころの話ではない、ああもはや陛下にお目になどかかれぬ、お目通りのたびに蒸し返されて楽しげにお笑いになられるのだ! 頭が痛い、割れんばかりに痛い、宿の者に申しつけ薬を持って来させよ!」

 寛ぎの間からこっち、ずっと無言だったパパド。

 宿に戻って部屋に入った途端、大爆発。

 でもなにも言い返せません。これもう永遠に宮中の語り草確定。

 おれも今思い返すと恥ずかしくて死にそうです。ほんとごめんなさい。

 でも、ちょっとだけ……。

「あの……おれ、ちょっとだけ出かけてきてもいいかな……?」

「どこへなりとゆけ、バカ者。我の養生を邪魔されるくらいなら戻らずともよいわ!」

 当分、怒り収まらないな。

 うん、当然だけどね……。

 宿の従業員さんに薬を頼んで、おれは外に出た。

 宮殿を辞して宿に戻ったら一気に気が緩んで。

 そしたらいきなりお腹が空いて倒れそうで。

 なんかもう、謁見でありったけのエネルギー使い尽くした気がする。

 フラフラになりながら、いつもの屋台に向かった。

 そうだ、ナオに手紙書かなくちゃ。

 どんな顔されるかな……ものすごく笑われる気がする。

 陛下にご無礼はたらいて! って叱られるかもしれないし。

 とにかく正直に書こう。

 でもまずなにか食べたい。ホットドッグとポテトと、ハムの盛り合わせ。

 っていうか、なによりもまず麦酒!!

 やっと着いてオーダーしようと思ったら——ナオがひとりで座ってた。

 どうしてここにいるの?

 声かけたいけど……おれ、もう人間界に帰ってるはずなわけで……。

 でもこのまま見過ごすと、パパドにバレたら怒り倍増確実。

 事実上の最高位堕天使、本気で怒ったらおれはどんな目に遭うんだろう。

 銀の矢でハリネズミ? 甘いかな?

 想像すら不可能なレベルの恐ろしさです。

 なので、そーっと近づいて、そーっと声かけた。

「あのー……」

 ナオは気怠げにこっちを見て、数秒固まって——本当に飛び上がって驚いた。

「なんでここにいるの、サエキ!」

「いや……いろいろ事情があって……ここに住むことになった」

「……え?」

「人間界に帰るの、ナシってことに」

「……帰らないの?」

「うん」

「ずっとここにいるの……?」

「うん」

 ナオはおれの首にしがみついて、突如号泣。

「ど、どうしたの、急に……」

「ぼく、急いで休暇申請して一生懸命来たけど、宿に着いたら、もうサエキ出てたんだ。間に合わなかった、もう二度と会えないって……ここに来たけど思い出多すぎて辛くなってた」

 しゃくり上げながら言う。

 ……やばい。周囲から視線集中してるんだけど。

 どう見ても風采の上がらない農夫風情が、可愛い女の子を泣かせている図。

 周囲に会釈しまくって、とにかくナオを落ち着かせて、お腹減ってるからご飯食べさせてって声をかけて注文に。

「てめえこの野郎、なにナオ泣かせてやがんだよ」

 おっさんに半端なく凄まれた。

 めっちゃ遠くに引っ越すはずだった予定が変わったんだって嘘ついて——まあある意味事実だけど——やっとご飯出してもらった。

 とにかく麦酒呷ってカラカラの喉を潤して、ホットドッグを頬張った。

 やっと日常に戻れた気がした。

「謁見はしたんでしょ」

「うん」

「じゃあなんでここにいるの?」

「ドタキャンした、おれが」

「ドタキャンってなに?」

「土壇場でやめること」

 ナオが固まった。

「——え……えええええぇっ!? 土壇場で御親授辞退したってこと!? なにそれ!」

「まあ、気が変わったというか、なんというか」

「ありえない、それ絶対ありえない、謁見までしたのに、直前になって報奨辞退とか」

「しかたなかったんだ。詳しいことはあとでゆっくり話すよ」

「ほんとありえない、陛下御親授の報奨を……」

「そう言うなって……」

 叱られながら食べる、いつものホットドッグ。

 確かに美味しいんだけど、心なしか美味しくない。

「ああ、代われるものなら、ぼくが欲しかった……報奨」

「ナオはなにが欲しいの?」

「女の子になりたい」

「……え?」

 そんな技術あるんですか、この国?

「姿替えの大鏡っていう鏡があるの。陛下のご所蔵品」

「姿替えの……鏡?」

「その前に立つと、自分が望んだ姿になれるんだ。ぼくらの間では有名。でも謁見しなきゃ使えないから幻の鏡だよ。ああ、あれが使えたら完全に女の子になれるのに」

 遠い目をして、ため息ひとつ。

 おれはちょっと驚いてる。

「ナオ、そこまで本気なの?」

 真顔で言われた。

「当たり前でしょ。ぼくは女の子なの。女の子が女の子の体になりたいの、むしろ当然だよね? 変えられるならとっくに変えてる」

 そうだ、ナオは『男の娘』じゃなかった。女の子だった。

 普通に女の子だった。女の子の体が欲しいのは自然な気持ちだ。

「そうなんだ」

「そうだよっ」

「そうだったんだ」

「あーもー! サエキの報奨ぼくに頂戴っ!! 叶えていただけるなら何百日でも連勤するよ! なんでそんなもったいないことしたの、サエキのバカ!!」

 ナオは八つ当たりして怒り狂ってるけど。

 全然もったいなくないよ。むしろよかった。

 これでまた陛下に謁見しなきゃならない理由ができた。

 いつお招きいただけるか、わからないけど。

 気合入れて、農夫と英雄、二刀流で頑張ります。

 ナオの願いを叶えるために。

 おれの願いも、叶いますように——。

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魔界で農夫、ときどき英雄。 S/1116 @Dog-Star

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