終章

そして。

 上層階で燃え上がる炎を見上げながら、わたしはぼんやりとこの後のことを考えた。

 これで何かがおおきく変わるような事はないだろう。

 これは単なる事件で、事故で、ちいさな非日常だ。

 この街も、人々も、やがて忘れて同じ日常に戻っていくはずだった。


 人生には大きな山も谷も必要ない。全てを均した後には、どこまでも平坦な大地が続くのみだ。すべての人間はそこを危なげなく歩いていけば良い。


「果たしてそれが人生と言えるのかね。自ら切り拓いてこそ、だと思うが」

 今回も余計な口を挟んできた隻眼の鴉は、ワイングラスを傾けながら私と同じ光景を眺めている。

 純白の羽根をバタつかせながら、彼は説教じみた口調で続けた。


「人を慈しむのは悪いことでは無いが、それも過ぎれば過保護というものだ。自立心を奪ってはいけないな」

 ああ、うるさい。わたしは手を振ったが今日の鴉は随分としつこかった。


「人間たちには、私が試練を与えて導こう。君は道を外れそうになった者たちに対処・修正してやれば良い、今回のように」

 そもそも試練など不要だとは思ったものの、イレギュラーな事態には対処するべきだという意見には賛成だった。


「この街で起こる出来事はすべて真実だ。世界のかたちは変わり続ける。変化を望まない君たちと、変容し続ける私達。どちらが生き残るか楽しみだよ、らもなすち」

 くだらない。この街は生き残るに決まっている。そうなるように、わたしはプログラムされたのだから。


 もう消えなさい、鴉神アガミ。セキュリティの権限を復活させ、白い鴉を管理世界から追い出しながら、わたしはもう一度手を振った。子飼いの虎と花束によろしく。


 ゴーストを排除した残滓、金色の塵が降り注ぐなか、白い部屋に取り残されたわたしは漂流街の航路をわずかに西に取った。

 それが望ましいとプログラムが告げていたからだ。


 わたしは窓辺から今日も世界を眺めながら明日も、その次の日も、人々が変わらぬ日々を遅れるように祈りを捧げ続ける。


 永遠に、航海を続けられるように。



 街が流れていく。

そこで暮らす人々が流れていく。巨大な潮流の中に浮かび、沈みながら。


 行き交う人の群れのなか、不意にひとりの男が立ち止まり、顔を上げた。


 街の宙空に浮かぶ都市管理型人工知能らもなすちが自分を見つめている。そんな気がしたからだ。

 だが奇妙な感覚はすぐに消え、男は濃緑のコートの襟を立てると、再び歩き出した。


 繰り返される日常が戻ってきた。

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吼える虎 ー 漂流街奇譚 ー 海坂内海 @bunouji_k99

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