精子マンVSサイボーグマン(短編)
モグラ研二
精子マンVSサイボーグマン
下半身をサイボーグに改造された市川タロヤスが起きて最初にしたことは自分の股間を確認することだった。
「ないよ!チンポコない!やだ!やだ!」
市川タロヤスはベッドの上で絶叫した。
確かに、下半身は合金製のサイボーグにされていて、股間はツルツル、メタリックで、何も付いていない。
「やだよ!セックスできない!射精!イグイグって絶叫しながら気持ちよくなれない!やだよ!」
涙が溢れてきた。圧倒的な絶望感だった。
人生が終わった。
「失礼」
低い静かな声。
ドクターマーチンが、部屋に入って来た。
身長190センチ。スマートな男。金髪碧眼で彫りの深い顔立ち。銀縁眼鏡。白衣を着ている。
「なんだ君は、泣いているのか?」
不愉快そうに、顔を顰めるドクター。
「君の改造にいくら掛かったと思うんだ。最新型サイボーグに改造してやったんだから、もっと喜ぶべきだ。」
「先生!俺のチンポコは?ねえ!俺の!」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、ドクターに縋りついて喚く市川タロヤス。
完全な錯乱。
ドクターマーチンは「気持ち悪い奴だな」と呟きながら、白衣を掴む市川タロヤスの手を剥ぎ取る。
「君のチンポコは豚の餌に混ぜた。院内の養豚場で、今朝、処理された。」
「俺のチンポコ?もう、ないの?」
「ないよ。君のチンポコはミキサーでドロドロにして豚の餌、主に食堂の残飯だが、それに混ぜた。今は豚たちの腹の中だ。」
「嘘だ。いやだ。いやだ。チンポコないのいやだ。」
「諦めろ。最新型サイボーグにチンポコなんてものはいらない。サイボーグが生殖行為をする必要あるか?わかるだろ?」
男性ナース清水岩太郎の報告によれば、市川タロヤスに食事である専用オイルを持っていったところ「なあ、あんたのチンポコくれよ。」と市川タロヤスが言ったそうである。
「あいつおかしくなってますよ、一日中チンポコ、俺に、チンポコって言ってて。」
清水岩太郎の報告に、ドクターマーチンは顔を顰めた。
「下劣な奴だな。」
電車に乗り、座席に座る。若い男だ。五十嵐コーイチ。髪は伸びてボサボサ、無精髭を生やしていて、目は非常に虚ろな感じ。紺色の汚いジャージを着ている。
彼の両隣にはスーツを着た中年男性。皮膚が弛んでいてくすんだ色をしている。
前には、吊り革に掴まりスマートフォンを凝視する人々。
五十嵐は手ぶらである。虚ろな目で、前方を見ている。吊り革に掴まりスマートフォンを凝視している人物の腹あたり。
《路上に泥を撒かれ、その上を全裸で転がるように指示され、熱湯をかけられ、罵声を散々浴びせられ、ようやく、金をもらう。そんな日々の繰り返しだ。嬉しいことや楽しいことなどない。嬉しいとか楽しいとか言っている奴は、全員、注射している、なんらかの薬物を摂取しているんだろう。》
五十嵐コーイチは疲弊していた。特に、何か、為になることとか、深淵な思想とか、そんなものはもとより、単純な思考自体が、失われ、ただ、呆然としていた。
「あの、息しないでもらっていいですか?あの。」
ブレザーの制服を着た少女。長い黒髪、色白の肌、パッチリした二重まぶた、丸い顔、チャーミングな少女。そんな少女が、スマートフォンから視線を離し、五十嵐に言った。
「あの、大変失礼かも知れないですが、息をするのを止めて欲しいです。みんな、迷惑しています。でも、みんな良い人たちだから、言わないであげてる。でも、あたしは言わないといけないと思うから言います。あの、息をしないで欲しいです。」
五十嵐コーイチは疲弊していたから、激怒して反論することもない。虚ろな目、半開きにした口から、涎が垂れた。
「おい!あんた、なんか反応したらどうなんだ!女の子が言っているんだから!」
スマートフォンを凝視していた太ったスーツの男が、怒鳴るように言った。
「可愛い女の子の言っていること、あんたみたいな小汚いおっさんが無視していいのかよ!おい!」
それが合図となり、ほとんどの人が、スマートフォン凝視の態度を止め、五十嵐をどうするか、話し始めた。
《人生は空っぽで、特筆すべきことなんて何も、ない。為になる話や、面白い出来事なんて、所詮は捏造だ。俺は毎日、泥を撒かれ、そこで、全裸で転がり、苦しみを与えられ、その対価として金を貰い、食い物を買い、食い物を食い、ウンチしていた、それだけだ。部屋の床には大量のウンチ。それが人生だ。ウンチイズ人生。本来語るべきものなんて何も、ない。空っぽだと自覚するのが怖いから、何か、でっち上げて話しているだけだ。沈黙が怖い。無意味が怖い。楽しいことや嬉しいことがあるとか言って笑いながらポジティブな言葉を投げている奴は、注射しているんだ、薬物を摂取している、間違いない。泥を撒いている連中も、そう言えば笑っていた。》
五十嵐コーイチは疲弊していた。寝たいが、寝れない。両隣の人に寄り掛かる可能性がある。それは迷惑なことだ。迷惑はダメだ。幼い頃から、五十嵐は優しい子になるよう教育されていた。
「あの、聞いてますか?息をしないでください。みんな、言わないけど、あなたに息をして欲しくないと思ってますよ。」
ブレザーの制服を着た少女は、言い続けていた。
禿げた赤ら顔の中年男性が、五十嵐の態度に憤りを覚えた様子で、五十嵐の襟首を掴んだ。
「立て!このクズ!女の子がさっきから言っているだろうが!」
五十嵐は虚ろな目をして何も言わず、立ち上がる。涎を、垂らしている。彼は大変に疲弊している。
「息をすんな!」
赤ら顔の中年男性は五十嵐の右頬を殴りつけた。
人々は、スマートフォンから顔を上げ、様子を見守っている。
五十嵐はその場に倒れた。何も言わず、虚ろな目をして、空間を見ていた。口から涎が垂れた。
「わからねえ奴だな!息をすんなって、この子は言ったんだ!みんな、手伝ってくれ!」
赤ら顔の中年男性が声を掛けると、続々と、スーツを着た男性たち、もこもこした衣服を着た女性たちなどが、五十嵐の周囲に群がる。
「ガムテープあります?あと、アロンアルファ」
「あります。粘土もあるので、こいつの鼻にアロンアルファ流し込んで粘土詰めましょう。で、口もアロンアルファで固めて、さらにガムテープで固めてしまいましょう。」
全ての人が協力的だった。
五十嵐コーイチは、何も、抵抗しなかった。虚ろな目をして、涎を、垂らしていた。かなり疲弊していた。ぐったりしていた。
彼は、頭全体を、ガムテープでグルグル巻きにされた。
虚ろな目だけ、隙間から、見えるようにしてある。
息をしなくなって、動かなくなった五十嵐コーイチは、車内通路に、無造作に転がっている。
目は虚ろなままだが、少しも動かないし、瞬きもしない。
「ねえ、臭くない?」
「ああ、くせえな。」
若いカップル、抱き合って互いの股間をくっ付けているカップルが言った。
死体だから、腐る。当然、臭いがでる。
「息がくせえから、息をすんなって止めたら、今度はこいつ自身が臭いだすのか。どうしようもねえやつだな、こいつは。」
赤ら顔の中年男性は顔を顰めた。
ブレザーの制服を着た少女も、顔を顰めていた。そして、
「こんな人はそもそも生まれない方が良かったんだわ。臭いだけで、ほかに何にもない、ただ、臭いだけなんだから。存在が臭いの。」
と言って、次の駅で降りた。
なぜ、最新型サイボーグが誕生したのか。
それは《ティティンティン戦争》が勃発したからである。。
1人のマッドネスな博士。
高木ゴンドワナ宏。55歳独身。
身長150センチ。体重36キロ。スキンヘッド、顔色はいつも青白い。猥褻なことが好き。
彼はミュータント。
見た目は普通だが、彼が発射した精液は、その一粒一粒が、ただちに体長5メートルはあるだろう凶悪なクリーチャーに成長する。
1回の射精で出される精子は3億はあると言われている。
つまり、彼が1回射精するごと、3億匹ものデカイ凶悪クリーチャーが誕生するのだ。
「アギャー!!」
凄絶な悲鳴。もはや、襲われている人間が発したものなのか、化け物たちが発したものなのか判別できない。
「アギャー!」
声を出すこと自体に、ある種の愉悦を得ているのかと、穿った見方をしてしまうほどに、喧しい叫びが、ありとある都市の路上には満ちて、延々と反響していた。
世界中に、高木ゴンドワナ宏の精液が成長したクリーチャー、通称「精子マン」が拡散。
人間を切り裂く、貪り食う。臓物、血がドババ、ドババと、路上に溢れる。
「アギャー!」
腹を裂かれた禿げたおっさんが、路上に座り込んで叫ぶ。裂かれた腹を、必死に押さえているが、だいぶ、赤黒い、チューブのような内蔵が、こぼれている。血も、ドババ、ドババと噴出。おっさんはどこかの商社マンだろうか、ちゃんとしたところで働いているスーツ着用のビジネスマンだが、今は、甲高い声で「アギャー!」と叫ぶだけだ。発情期の猿と同じだ。
猿に葬式は不用。そのような理由から、おっさんの遺族は、死体の引き取りを拒否。
「精子マン」は二足歩行。ごつい、筋肉質な体格。かなり屈強な、胸板の分厚いプロレスラーみたいな、そんな感じの体格。
人間に似たフォルムだが皮膚全体にびっしりと長さ8センチほどの、チンポコの形をしたキノコが生えている。それがミサイルのように、高速で発射され、人間を貫いて殺す。
目は小さい。ボタン電池のよう。口がぱっくり開いている。牙が生えている。
鼻はない。呼吸は皮膚だけでするのだ。
毎日3回は射精する高木ゴンドワナ宏博士。
つまり、毎日9億匹以上の「精子マン」が誕生するわけだ。
それが、時速200キロのスピードで走り、世界中に拡散。殺戮の限りを尽くす。
精子マンの寿命が、わずか72時間であることは、わずかな希望ではあるが、それが、なんだというのか、という程度のことでしかない。
「アギャー!」
もはや、人間が発したなか、精子マンが発したのか、わからない叫び。
もちろん、首から上を切断されたり頭をぐちゃぐちゃに潰された奴は「アギャー!」と叫ぶことは不可能だ。
この世界的なトレンド「アギャー!」に乗れなかったことは、悲惨な事実として、永久に残る。
対抗措置として世界各国の有能な技術者・科学者たちにより最新型サイボーグが開発され対「精子マン」兵器として各国に派遣されるようになった。
世界中、あらゆる場所で「精子マン」VS「サイボーグマン」のバトルが開始。
それが《ティティンティン戦争》である。
名称はサイボーグマンとして最初に改造された人物、アウグスト・ティティンティンに因んでいる。
アウグストは16億匹の精子マンを巻き添えにして自爆。現代における最大の英雄だとされている。
当然だが、高木ゴンドワナ宏博士は世界から糾弾された。
この戦争の責任、どうするのか。
国際社会では博士を戦争責任者として特別法廷で裁くべきだという声が広がりつつあった。
「別に戦争なんてしていない。精子マンたちは勝手に、私の指示などなく暴れているだけだ。私に彼らを制御する力なんてない。私はいつもイグイグーって気持ちよく発射してるだけだ。発射を止めろ?そんなのは無理だ。君は止められるのか?発射して気持ちよくなる自由を、君は放棄できるか?自分にできないことを、他人に強要しないでもらいたいね!それに私は発射するのが何より好きなんだ!気持ちいいのが好き!大好き!射精イズマイライフなんだ!それは、なんぴとにも否定できない!」
高木ゴンドワナ宏博士は外国人特派員クラブ主催の記者会見で述べた。
「私の発射は私のものだ。私の発射を邪魔するな!」
ただちに感情的な罵詈雑言を浴びせられる博士。
カメラのシャッター音が凄まじい数、発生する。
会見にいる多くの記者は、近親者を精子マンに殺されている。
それも、非常に惨たらしい、グロテスクな方法で殺害されているのだ。
「製造者責任があるでしょ!博士!」
「そんなん知らん。いちいちうるさい。1回に3億だぞ。しかも、すぐいなくなる。」
「あなたは博士でしょ!最新技術でどうにかすべきでしょ!人が死んでいます!」
《そりゃ、人は死ぬやろ。死なん人がいるんか?なんや、こいつ。見とれよ。》
むっとした表情で博士はその場で下半身を露出してチンポコをしごいた。
「あっ、あっ、イグイグー。あーきもちっ、あっイグ!!」
精液の発射。博士はやや早漏ぎみ。
即座に、3億匹の「精子マン」が会見場に現れる。
「あっ、勝手に!勝手に精子マンが暴れてる!!」博士は芝居臭い態度で頭を抱える。
記者たちに襲いかかり、手や足や首や性器を引きちぎる「精子マン」。血飛沫ドババ。
「アギャー!!」人間は、もはや悲鳴しか発することができない。
言葉を使ったところで「精子マン」には言葉は通じない。無駄だ。無駄だとみんなわかっているから、ただ悲鳴を発して逃げ惑う。
だが、逃げることはできない。
3億匹だ。屈強なガタイの、人間をはるかに超えた大きさの「精子マン」はあまりにも多すぎる。逃げるルートがない。通路はみっしりと、一瞬で精子マンたちに塞がれた。
「アギャー!」
思考を止めて叫ぶしか、道はない。あとは、死ぬだけだ。
「誰でもいつかは死ぬ。死んだから何だって言うんだ。うっせえわ!うっせえわ!俺は帰ってシコるからな!また発射するぞ!バカどもが!全員精子マンに殺されちまえ!」
博士はニヤニヤしながら、会見場で元気いっぱいに精子マンたちが暴れまくる様子を見た。
「私の子供たち……。72時間後には死ぬ定めにある子供たちよ……。わんぱくでもいい。たくましく生きろ。」
高木ゴンドワナ宏博士は述べて、去って行った。
夜の病院事務室。
電灯は明るく、壁には本棚。びっしりと、背表紙に数字だけ描かれたファイルが並べてある。部屋の真ん中には白い縦長のテーブル。椅子が6脚。
かすかに消毒液のにおいが漂う。
向かい合って、ドクターマーチンと男性ナース清水岩太郎が、座っている。
「あいつ、一日中ベッドの上でチンポコ、チンポコって言ってますよ。本当に気持ちが悪い」
男性ナース清水岩太郎がコーヒーを啜りながら言う。彼の指は名前の通り岩のようにごつごつとし、表面に毛が生えている。
「気色悪い奴だな。もう1か月だろう。そろそろ戦場に出す頃だ。」
ドクターマーチンも、コーヒーを啜る。
ドクターの指は白く、細く、つるつるである。美しい指だ。
ブラジルから直輸入した高級コーヒー。馨しい香りが室内に満ちる。
「男性職員を襲おうとするんですよ。チンポコよこせ!って白目を剥いて叫びながら。精神がまともじゃないですよ。あんなの、戦力にならない。」
「まあ、戦場に送れればいい。最悪、あいつの股間に仕込んである超小型疑似水素爆弾、クリーンボムを爆発させればいい。」
「サイボーグマンは改造の際、最初にチンポコを切除され、代わりに超小型疑似水素爆弾、クリーンボムを取り付けられるんですよね?」
「そうだ。今は非常時だからな、頭のおかしい奴でもなんでも、戦力にしないといけない。とりあえず戦場に送りこんで、精子マンが集まってるところでドカンとやればいいんだ」
「でも、あいつ、市川タロヤスは手に負えないですよ。凶暴すぎる。とにかくチンポコ、チンポコくれよおって、叫んで、襲ってくるんですから。職員の1人は実際にチンポコを噛みちぎられてます。」
「セックスのことしか頭にない猿なんだろう。気色悪い。」
「ドクターは、セックス好きじゃないのですか?」
「私か?私はセックスにそれほど執着をしていない。人間だからだ。人間として、私は文化・芸術・科学に重きをおいて、気品溢れる生活を心がけている。ケダモノみたいにセックス、セックス、と目をぎらぎらさせている連中とは違うんだ。」
「さすがですね!」
「当たり前のことだ。セックスに憑かれている奴は、私から見れば哀れだし、汚らしいし、気色悪いケダモノにしか見えない。脳みそがないのではないか。」
ドクターマーチンはマグカップをテーブルに置くと立ち上がって男性ナース清水岩太郎に指示を出す。
清水岩太郎は抽斗を開けて金属製のケースを取り出す。
蓋を開ける。
なかには注射器、すでにコバルトブルーの薬剤が入っている。
清水岩太郎は頷いて、ケースを閉めて立ち上がる。
「準備はできてます。」
「行こうか。いい加減、品性下劣な野郎にはうんざりしているところだ。手っ取り早くやってしまおう。」
足早に、二人は病院事務室を後にする。
病院の、薄暗い夜の廊下に、甲高い足音が、二人分、しばらく鳴り響いた。
薄暗い病室。
サイボーグ化した下半身を奪われ、白目を剥き、涎を垂らし、床に転がっている市川タロヤス。顔は、凄絶な苦痛によって歪み、皺だらけである。80歳を過ぎた老人に見える。
すでに、息絶えている。
サイボーグ化した下半身は、台車に乗せられている。最新型、かなりの金をつぎ込んで製造されたサイボーグの下半身。当然、処分することなく、別の適合者に再利用されることとなる。
「死体の処分は明日でいい。」
ドクターマーチンが言った。
「わかりました。ミキサーにかけて、豚に食わせますよ。」
男性ナース清水岩太郎が言った。
「豚は便利だ。それに可愛い。」
ドクターマーチンは少し笑う。
「今度、妻や娘にここの豚を見せる予定なんだ。娘が豚さん豚さんってうるさくてね。」
「家族を大切にされているんですね。」
「ああ。何よりも大切だ。妻も、娘も、私はとてつもない、深い愛情を持っているんだ。妻と娘に対して、誠実でありたい、常に思っていることだよ。」
「素晴らしいなあ。僕も、将来ドクターのように立派な旦那さんになりたいなあ!」
「君はまだ若いからな、きっとなれる。男は家庭を持ってようやく一人前だ。他人の人生を背負ってこそな。いい年して独身で、いつまでもウジウジしている奴は一人前じゃない。そもそも人間ですらないんだ。ああいうのは存在が犯罪だし害悪なんだから、裁判なしで強制収容してガス室で死刑にするか強制労働させて早死にさせるべきだ。グロテスクな奴が多いだろうし、そうした方が絶対いいんだ。」
清水岩太郎はドクターマーチンの言葉に感動したし、心底その通りだと思った。
また、ドクターマーチンはすでに有力な政治家に対し、いい年して結婚せず女子供を養わないクズ男たちの駆逐を政策に反映するよう要請しているのだという。
清水は、何度も、目を見開いて頷いた。
そうして感激して、握手してください!と叫び、ドクターマーチンの手を握った。
なんだこいつ、少し気色悪いな、と思いながらも、ドクターマーチンは丁寧な対応を心がけた。
社会生活において、このような信奉者を持つことは、非常に大切なことだ。
電車内で「息をしないでください」と意見表明をしていたあのブレザーの制服を着た少女は、駅から出ると、広場にある犬の銅像の近くに行く。
日曜日の午前11時。待ち合わせのカップルたちで、その広場は溢れている。
そこで待っていたのはドクターマーチンである。身長190センチ。スマートな男。金髪碧眼で彫りの深い顔立ち。銀縁眼鏡。白衣を着ている。
「やあ、カリカちゃん!」
ドクターが、爽やかな笑顔で呼びかけた。
松本カリカ。17歳の女子高校生。それが、ブレザーの制服を着た少女である。
「ドクター!会いたかった。早く行きましょ。」
「なんか元気いいね。何かあった?」
「ドクターに会えたから元気になってきたの。あたし、ドクターに会いたかったの。」
「嬉しいなあ!お金は後でいいよね?」
「うん!ドクターは常連さんだから、後でいいよ!」
「行こうか」
「うん!」
2人はそのまま、近くのラブホテルに向かう。
2人は手を繋いでいる。
ドクターマーチンのスラックスを穿いた股間部分が、不自然に盛り上がっている。
勃起。
性的興奮。
エロいことが好き、やりたい、やりたい。
それしか、今、頭にはない。
ホテルの前に泥沼があり、そこにボロボロの布を体に巻いた汚らしい老人が倒れていた。「ううう……ああ、あ、ああ……」気持ち悪いうめき声をだしている。
当然、2人は無視。
ラブホテルに入る。西洋のお城みたいなデザイン。
全裸になり、一緒にシャワーを浴びてイチャつく2人。
ドクターマーチンのチンポコは完全に勃起し、びくんびくん、脈打つ。赤黒い20センチはあるだろうチンポコ。亀頭部分が大きい。
白く細い指。ドクターマーチンの指が、松本カリカのマンコに入り、出て、入る。繰り返す。クチュクチュという卑猥な音がバスルームに響く。
クイーンサイズのベッド。
ピンク色のシーツの上で、松本カリカは寝転び、仰向けになり、股を開く。
松本カリカのマンコは濃いピンク色。濡れている。陰毛は剃られている。
ドクターマーチンは松本カリカの割と大きめな乳首を吸い、おっぱいを揉んで、にやにやし、次にマンコを舐め、味わう。
「あっ、あん!ドクター!あっ、あん!」
「可愛いね、今、入れるからね。」
ギンギンになったチンポコを、ドクターマーチンは持ち、にやにやしながら、松本カリカのマンコにズプズプと入れていく。
クパクパする女子高生マンコに、赤黒い、ギンギンのチンポコが、完全に挿入。
「あー気持ちっ、カリカちゃんのマンコすげえ気持ちっ、やべえ最高、一番好きだ。」
《女子高生の締りの良いマンコにチンポコを入れる喜び。人生至高の瞬間。これを感じるために、俺は生まれたんだ。セックス、セックス、セックスが、一番好きだ。気持ちいい。気持ちいいから良い。気持ち悪いものよりも、気持ちいいものが良い。当たり前のことだ。マンコにチンポコ入れる。最高。最高。イイ。イイ。》
「あっ、あん!あたしも!ドクターのチンポコ、すごっ、凄く好きよお!あっ、あん!ドクター!あんあん!」
……2時間後、ドクターマーチンと松本カリカは寄り添い合いながら、ラブホテルから出てくる。
ホテルの前には泥沼があり、そこに、まだ汚らしいボロボロの布だけ巻きつけた老人が、倒れていた。
「あ、うう、ああ、あ。」黄色く濁った目で、2人を見ながら、老人は気持ち悪い声を出した。
「なんなのこいつ!きもい!」
松本カリカが叫び、老人の脇腹を蹴り付けた。
「きもい!早く死んで!息しないでよ!」
電車内と同じように、対象人物に、呼吸をしないよう要請する少女。
何度も蹴られる老人。
ドクターマーチンは腕を組んで、にやにやしながら、松本カリカが老人を蹴る様子を見ている。
「あぐう。い、いだ、い、いだ。」
痛々しい、悲しげな、しかし気持ち悪い声を出す老人。
ボロボロの布が捲れ上がり、老人のもじゃもじゃと生えまくる陰毛と黒く縮み上がった完全に皮が被っているチンポコが見えた。
「ほんときもい!息をすんな!」
その時……。
「オジョク!ゴゾ!オジョク!」
重低音のもの凄くデカい声が響く。
そして、
《ガグオン!》
打撃の音。
西洋のお城を模したラブホテルが、一気に崩壊。
瓦礫の山。
砂埃が空間を覆う。
それがおさまると、10匹はいるだろう精子マンが立っているのが、判明する。
「え?精子マン?なんで?いや!いや!」
慌てた様子で叫ぶ松本カリカが、最初に殺害された。
頭を鷲掴みにされ、じわじわと潰されたのだ……。
「いや、痛い、いや、死ぬのいや、あたしがなんで?他にいる、でしょ?そこの汚いジジイとか、ああいうのが、死ぬべき、あたし、可愛いのに、死ぬの?」
「オジョク!」
「アギャー!」
ドババ、血飛沫、ドババ。
ブレザーの制服を裂かれ、裸にされ、縦に体を裂かれた。真っ二つになる松本カリカ。マンコも、縦一文字。裂かれた。
裂かれたマンコに、チンポコを入れることは、永久に不可能。
それは、残念なことだ。
ドクターマーチンは青ざめていた。
「そんなわけ、ないよな?俺を殺さないだろうな?」
「オジョク!」
精子マンの雄叫び。
精子マンのカラダからはスルメのスメルがする。だが、精子マンに人間らしい意思とかはないから、それが悩みになることはない。
「なあ?そこの汚いジジイだろ?殺すなら、ああいう奴、この世界にいても不快なだけだし、さっさと殺すべきだろ?なあ?」
「オジョク!!」
「やめろ!」
精子マンはドクターマーチンの股間を鷲掴みにする。意外にもソフトなタッチだ。
安堵するドクターマーチン
「わかってくれたのか?なあ、やめようぜ?なあ?」
沈黙。
精子マンは何も言わない。股間を鷲掴みにしている手の力が、徐々に強まる。
痛くなってくる。
潰れる。
いやだ。
チンポコ、キンタマ、潰れるのいやだ。
人生終わる。
いやだ。人生終わるのいやだ。
チンポコ、キンタマ、何より大事。
セックス、セックスできないのいやだ。
「やめろ……やめてくれ……なんでもする……やめて……。」
小声で、ドクターマーチンが言った瞬間に、股間を鷲掴みしている力が、マックスにまで高まる。
「アギャー!」
インテリなイケメンそのものであるドクターマーチンが、ついに叫ぶ。白目を剥き、口を大きく開け、涎が垂れている。
「オジョ!オジョク!」
精子マンが絶叫しながら鷲掴みにしたものを思い切り引っ張る。当然、即座にそれは引きちぎれた。
ドクターの股間からは噴水のごとく血がでた。血飛沫。ドババ、ドババ。
「あ、ああ……」
虚ろな目になり、ふらつくドクターマーチン。股間から血を噴き出し続ける。
10匹以上いる精子マンは静かに、しばらくその様子を見ていたが、やがて精子マンのなかでも、とりわけ大きな1匹が「オジョク!ゴゾ!オジョク!」と叫ぶ。
精子マンの皮膚全体には長さ8センチほどのチンポコの形状をした突起物が付いている。それが、一斉に発射。
ドクターマーチンに向かって、10匹以上の精子マンが、鋼鉄も簡単に貫くその突起物を発射したのだ。
一瞬の出来事。
……ぐちゃぐちゃだ。
もはや、人間だったものだと、わからない。
赤黒いミンチ、あるいはペースト。ミートソース。汚物も混じっているから、凄絶な悪臭を放っている。
「オジョク!」
精子マンたちは叫ぶと、走り去る。時速200キロの猛ダッシュである。
その場には濃厚なスルメのスメルが漂う。いつも、精子マンがいた場所には、スルメのスメルがしばらく滞留する。
「ああ、神だ……」
先ほど松本カリカに蹴られた汚らしい老人が言った。
体に巻き付けてあるボロボロの臭い布はほとんど取れてしまっていた。
老人の痩せ細った、汚れ切った体が、露出している。
もじゃもじゃの陰毛、そのなかにぽつんとある、完全に委縮している、黒いしわしわのチンポコ……。
「あれは、神ではないか……」
泥沼に浸りながら、空を眺めた。
「彼らは神だ。世界中でもっと神が増えて、暴れるといいんだ。一回みんな死んだ方が、いい。オジョクとは、汚辱のことだろう。精子マン、世界を、洗い流せ……。」
《人生は空っぽだった。いつも罵声の中、過ごしてきて、気が付いたら泥沼のなか、ボロボロの布を巻いて、倒れて、動けないでいる……。特段、語るべきものはない。汚辱だ。全部、まとめて、終わってしまえばいい。酷いものはずっと酷い。酷いものから良い物ができるわけがない。期待するだけバカだ。終わらせた方がいい。意味などない。苦痛だけが延々と続く……。》
老人の眼球には澄み渡った青空が映っていた。
その空は静かで、まったく動かない。
瞬きで風景が切断されることもなく、揺らぐことも一切なかった。
透明な空だった。
〈了〉
精子マンVSサイボーグマン(短編) モグラ研二 @murokimegumii
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