かぐやさまは小説家 ―カクコン編―

藤光

カグヤのカクコン攻略法

 十二月。地上ではクリスマス、お正月とイベントが続き、大掃除をしなくちゃと気忙しくなる季節も、ここ――地上から38万キロの虚空を隔てた月の神殿では、いつもと同じ毎日が続いていた。……いや、少々訂正する十二月に入り、精神的に追い詰められた者がひとり、PCの前で頭を抱えていた。


「なにしてんの?」


 PCの前で「考える人」状態で固まっているツクヨミに、後ろを通りかかったカグヤが話しかけた。Tシャツに短パン姿。手にはアイスクリームを持っている。「寒いの嫌いだから」月の女王、カグヤの指示で神殿の空調は常に摂氏28℃なのである。


「小説書いてる」

「また? まさかまた、姉さんの書いた小説の添削を頼まれたんじゃあないでしょうね」


 説明が遅れた。

 彼、ツクヨミと、彼女、カグヤはこの月世界を支配している王と女王の夫婦である。もっとも、月世界にはほとんど住人と呼べるものは存在しないのだが。


 そして、カグヤのいう「姉さん」とは、この太陽系の支配者にして最高執政官であるアマテラスのことである。ツクヨミがアマテラスの小説を添削した顛末は『かぐやさまは小説家 ―回覧板―』を参照のこと。


https://kakuyomu.jp/works/16816700425972993805/episodes/16816700425973030708


「いや、ぼくのだよ」

「でも、ツクヨミって読み専じゃん。小説書いたことないでしょ」

「カクヨム学園に通ってた頃は書いてたよ……成績は悪かったけど」


 そうだツクヨミとカグヤのふたりは夫婦揃って、ネット上のバーチャルスクール「カクヨム学園」でWeb小説執筆のノウハウを勉強していたことがある。小説執筆に関しては、カグヤの方が一枚も二枚も上手で、ツクヨミは落第スレスレだった。


「で、なに書いてんの?」

「三題噺」

「また? このあいだアマテラスの添削してたのも、三題噺だったよね……、また藤光の?」

「……うん」


 PCの画面には、カクヨムの自主企画ページが表示されている。企画主催者は藤光。『三題噺の競作「つらら」「トンネル」「アイスクリーム」』という企画である。


https://kakuyomu.jp/user_events/16816700429642122035


「やだ。あたしいまアイスクリーム持ってる……。それはともかく、いつからそんなに藤光と仲良くなったの? カクヨム学園の同窓生とは言っても、あたしたちほとんど絡んでこなかったじゃん」

「でもさ、いまはほらカクヨムコン7のエントリー期間だよね」

「そうね」

「カグヤもエントリーしたんだろ」

「もちろんよ!『冷血令嬢の事件簿 ―吸血姫のラブレターは死の香り―』ってどうよ。タイトルだけで10000PVは堅いでしょ」

「それはどうかわかんないけど……ぼくもなにかエントリーさせなくちゃなと、思ったんだよ。でもさ、連載しても☆はおろか、PVすらゼロの日があったりして……。だったら、短編賞にエントリーしてみようかなって書き始めたんだけど」


 カグヤは、初めてツクヨミが、カクヨムコンをはじめたことを聞いた。


「ちょっとその連載してる小説を見せなさいよ」

「……」

「なによ」

「笑わない?」

「失礼ね。そんな言い方されると、いつもあたしがツクヨミのこと笑ってるみたいじゃない。笑わないよ」


 くるくるっPCのマウスを操作して、カクヨムの「ワークスペース」画面を表示させる。ツクヨミの連載小説は……あったあった、これだな。


「なにこれww」

「笑った。笑わないっていったのに!」

「ぜんぜんPVないじゃなーい。第6話から更新しなくなって――エタってるじゃないの、みっともない」

「……」


 ツクヨミは顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。


「それに、なんなのよこの『騎士』ってタイトル。だっさ。身体がムズムズしてくるよ。何十年前のセンスなの? 昭和?」


 夫婦とはいえ、ひどい言いようである。俯き加減のツクヨミの表情は、かなり傷ついている。カグヤは気づいていない。


「これを見ると、キャッチコピーもあらすじもついてないじゃないの。これじゃ『読んでもらわなくていい』って言ってるようなものよ。PVは……一桁ね、☆なし、コメントなしも当然だわ」

「なんだよ! えらそうに! そんなに言わなくてもいいじゃないか! いいよ、もう。カグヤに見せたぼくが馬鹿だったんだ」


 そう叫んだツクヨミは涙目だ。衝動的にPCの電源ボタンを押そうとしている。強制シャットダウンだ。


「ごめん、ごめん。切ることないから。カクヨムコンは読者選考があるから、読者――読み専にアピールしなきゃいけないのよ。読み専だったんでしょ、ツクヨミは。しってるはずじゃん。そこを直したらPVは増えるって」

「アピール……」

「まずはタイトルね。『騎士』じゃなんのことだかわかんない。二文字タイトルなんて、カクヨムでは明治の文豪扱い。だれも読んじゃくれないよ、そんなめんどくさそうなの」

「めんどうくさい? そんなことないよ」

「わかってるけど、読み専は作品をタイトルとキャッチコピーで判断するの。Web小説はスキマ時間にちゃちゃっと読みたがる人が多いから、文学臭いタイトルは基本的に避けるわけ」


 なるほど心当たりがあるのだろう。ツクヨミはしきりに頷いている。


「ツクヨミの小説はどういう内容なの?」

「エルフの女の子が人間の騎士と恋に落ちる話――だけど」

「……いまどき、異世界ファンタジーで恋愛ものなんて、流行んないんだけどなあ。まあ、それはいいわ。タイトルはそれでいこう」

「ええ!?」

「Web小説じゃあ、タイトルは作品の中身を表すものが良いってのがセオリーよ。なんならカクヨムのランキングを見てみなさいよ。軒並みタイトルが長いでしょ。作品内容をタイトルで説明してるのよ」

「でも、……安っぽいよ。そのタイトル、いやだな」


 腑に落ちない様子のツクヨミ。


「マインドセットが昭和ね。Web上のコンテストは『かっこ悪い』なんていってられないのよ。読者を得られなければ、そもそも賞レースの候補に挙げてもらえないんだから。それにWeb小説界隈じゃあ、書籍化された文芸作品のようなタイトルこそダサいと思ってる人がたくさんいるから平気。だからタイトルは『エルフの女の子が人間の騎士と恋に落ちる話』でいこう。まだ、ダサいけど……」

「かなりひどい言われようだね」


 カグヤはキーボードに手を伸ばすと、ワークスペース画面でタイトルを打ち換えた。


「で、内容をもうちょっと詳しく言うと?」

「うーん。一族とはぐれてひとりになってしまったエルフの女の子が、放浪の果てにこれまたひとりの騎士と出会うわけ」

「ふむ」

「そして、エルフ一族の行方を知る手がかりとなる古代王国の地図を持ってる騎士と旅に出るんだけど、冒険を重ねるうちにふたりは惹かれ合って……というような話だよ。まだ書いてないけど」

「意外な作り込みに驚いちゃった。ふーん、イマドキを外しててPVがないのも納得だけど」

「おい」

「それはあらすじに書くこととして、キャッチコピーを考えよう。『古代王国の地図を巡る爆乳エルフと邪悪騎士の珍道中――ゆうべはお楽しみでしたね』でどうだ」

「……」


 カグヤがワークスペースに打ち込んだキャッチコピーを見て、ツクヨミが硬直した。


「あ、固まっちゃたフリーズした。おーい、大丈夫?」

「ひどい。あまりにもひどい。あらすじとぜんぜん違うじゃないか!」

「Web小説なんだよ。キャッチコピーに多少話を盛って書くのは当たり前じゃない。アウトかセーフかでいうなら、もちろんセーフよ」

「ぼくのキャラクターは、爆乳でなければ、邪悪でもない!」

「馬鹿ねえ。そこは筆で殺すってやつよ、作者の腕のみせどころじゃない。だいたいWeb小説のようなラノベ系の小説は、具体的でテンプレなキャラクターをイメージできるほうが有利なのよ。小説の複雑な舞台設定やキャラクター設定は、没入感をスポイルする方向にしか働かないんだから。はい、わかったらエルフの爆乳描写と騎士の陰険さを強調しとくのよ。でないと、看板に偽りありってことになってしまうから」

「なんか納得いかない」

「あとふたりの濡れ場もね」

「嫌だ。エロ小説にするつもり?」

「ちょっとでいいのよ。あたしだって書いてるんだし」

「マジか!」


 知ってはいけない妻の意外な側面を知ってしまったツクヨミは混乱した。


 いったいカグヤは、何をどこまで書いているんだ? 濡れ場ってなにをいうんだろう。もし、◯◯や×××なことまで書いてるとしたらエロ過ぎる。これから毎日どんな顔してカグヤと顔を合わせたらいいんだ……


と、頭の中でいろいろとエスカレートさせているツクヨミを放っておいて、カグヤは続きをチェックしてゆく。


「あとは各話エピソードタイトルね。ツクヨミってば、第一章とか第二章とか――各話にタイトル付けてないわね。こりゃダメだ」

「だって、本屋さんに並んでる小説は目次に第一章、第二章……って書いてるよ」

「それはの。書籍化作品は『おもしろい』または『ためになる』とプロの編集者が認めたからこそ本になって書店に並ぶわけ。書店に並んでる時点である程度の品質クオリティは保証されてるから、みんな本買うときに目次なんて見ないのよ」

「なるほど、そうかも」

「そうなの。でもその点Web小説は、だれも作品の品質を保証してくれないから、読者は自分で品質を確認する必要があるわけ。でないと、貴重な時間をゴミのような小説で浪費しちゃう」

「ぼくの小説はゴミじゃないよ」

「そうね。でも、それは読んでみなけりゃわかんないでしょ? カクヨム読者は、つねにというパラドックスを抱えてるのよ」

「難しいんだね~」


 ツクヨミは大きくため息をついた。


「そう。小説投稿サイトで効率よく自分の読みたい小説を見つけるのって、とっても難しいの。カクヨムについているレビューや☆機能は、まさに効率よくよい小説を探すための機能よね。ただ、それだけじゃ自分の好みに合うがどうか分からないので、読者はキャッチコピーや、目次代わりの各話エピソードタイトルをチェックしてから読み始めるってわけ」

「そうか。各話のエピソードタイトルで、作品内容が把握できた方が、読者から読まれやすいんだ」

「そのとおり。タイトルから内容が読みとれてしまうと、初めて読んだ時の新鮮な驚きが台無しになってしまうと、内容に言及しないタイトルを付けるWeb作家がいるけど、逆効果なの。そういった。Web小説に求められているのは、お手軽さであり分かりやすさなんだから」

「おー。そうだったのか、ありがとうカグヤ。教えてくれて」


 目からウロコが何枚も落ちたような表情で、ツクヨミはカグヤを見ていた。さすが、タイトルだけで10000PVを狙うと豪語するだけあってWeb小説とカクヨムコンのことを理解している。


「たとえば、こんな感じでどうかしらね」


第一話 わたしがエルフに転生した理由!

第二話 爆乳エルフの作り方!

第三話 見つけた!最高の一物イチモツをもつ男!

第四話 秘密は女を魅力的に見せる!

第五話 冒険初夜、ふたりきりの夜!

……。

……。


「……(絶句)」


「おーい。ツクヨミ、また凍りついてるフリーズしてるぞ〜」

「ぜんぜん違う。ぼくの小説の内容と!!」


 顔を真っ赤にしてツクヨミが怒り出す。それも仕方がない。あまりにあんまりなタイトルだった。ツクヨミにとっては。



「だから、タイトルは掴みなんだってば。それにストーリーラインは外してないでしょ」

「外さなきゃいいってもんじゃない! いいよもう。やっぱりカグヤには頼まない。連載はやめだ! 藤光の三題噺を考えるよ……」

「そうか〜。残念。三題噺のお題は『つらら』『トンネル』『アイスクリーム』かあ……。ひらめいた! 爆乳の雪女がアイスクリームを作ろうとする話ってのは……」

「書くわけないだろ!」


 今日も月面では、月の王ツクヨミが「カクヨムコン7」にエントリーさせる作品のプロットを考えているはずである。妻である月の女王カグヤの作品はカクヨムコンに参加しているらしいので、検索すると読める――かもしれない。


(終)


✳︎ この作品は、フィクションです。



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かぐやさまは小説家 ―カクコン編― 藤光 @gigan_280614

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