【短編版】理不尽な事が大っ嫌いな聖女は宮廷を飛び出して魔王に逢いに行きました。いいよ! あたしがあなたを守ってあげる!

友坂 悠

理不尽なんて大っ嫌い。

「エクストリームキャノン!」


「いくぞ! 神速の雷火!」


「バスターストリーム!」


 漆黒の荒野を走り各々の最大級の魔法を放つ彼ら。


 狙うは正面に浮かぶ魔王。魔王クロムウェル・バーン。


 両手を前に突き出しただけでそれらの魔法を無効化する魔王クロムウェル。その鉄壁の次元フィールドは何物も通すことはなく炎も熱もそこで止まる。


 中央の勇者が剣を構え魔王に迫る。


「雷電バスターッド!」


 飛び上がりざま稲妻を纏ったその剣を上段から振り下ろす勇者スカーレット。


 真っ赤な長い髪がバサッと広がり、その次元の壁を突き崩す。剣が空間ごとその次元フィールドを切り開いた。


「今だよラクリエット!」


 背後の仲間に向かってそう叫ぶスカーレットの傍から飛ぶ熱線。


「イレイザーシュート」


 ラクリエットと呼ばれた魔法使いの持つ錫杖の先から放たれるその一筋の熱線はちょうど隙間の開いた空間を素通りし魔王クロムウェルに迫る!


 クロムウェル両肩に浮かぶラウンドバインダーがその熱線を受け流すように弾き、そのまま反撃の業火を放つ。


 炎に煽られ落下するスカーレット。ラクリエットを庇うように前に出るデメトリウスがその巨大な盾を正面に立てる。


「何をしている聖女! お前は勇者を守れ!」そう怒鳴るデメトリウス。




 この最後の戦いがはじまってからずっと彼らの背後に立ち尽くしていた聖女はその背に天使の翼を顕現させ勇者の側まで跳ぶと、彼女をその翼の中に包み込んだ。


 癒しの光が溢れ回復する勇者スカーレット。


「遅い! もう、ほんとグズなんだから!」


 助けられたのにもかかわらずそう悪態をつく。黙ったままの聖女に追い討ちをかけるように。


「あんたは回復しかできないんだからしっかり仕事をしてよね!」


 そう怒鳴るとその翼の庇護から飛び出して行った。






 もう既に百年は続いている魔王討伐戦争。


 聖女アリシアにとっては今回がはじめての行軍随行ではあった。


 しかし。


 これはあまりにも、いや、これではあまりにも、


 こんなものは戦争では無く唯の虐殺ではないか!


 そんな思いが強く納得ができなかった。


 ここまで来る間、ほぼ全ての無抵抗な命を虐殺し、兵を進めて来た対魔連の軍隊。


 そしてここ、荒れ果てた魔界の地でたった一人現れた魔王に対し、一般兵士は周囲に配し結界を張った上で、魔王に対抗し得る人材のみで現在攻撃を仕掛けている最中。


 魔王はただそこに居て、ほぼ守りに徹している。時々反撃の炎を撒き散らすだけでそれ以上の追い討ちはしてはこない。


 行軍中にアリシアが聞いた話によると、魔王と対決するのはこれがはじめてというわけではないらしい。


 そしてまた、魔王を倒したことも何度もあるのだと。



 ではなぜ?


 この戦争はいつまで経っても終わらないのか?



 なぜこの世界はこれほどまでに荒れているのか。



 それに答えてくれる者は誰も居なかった。


 彼らは皆、勇者王ガルーデンに命じられるまま、今回の行軍はその勇者王の娘、勇者スカーレットの指揮のもと連れてこられたに過ぎないのだから。





 戦闘は一昼夜に及び続いた。


 聖女アリシアはその癒しの光で彼らを守り癒し。


 魔王クロムウェルに疲労の色が見えて来たその時。


 魔王の周囲が一瞬にして破裂する。勇者達も爆風に弾かれ。


 衝撃が彼らの意識を刈り取ったのを感じたアリシアは魔王のそのすぐ側まで空間転移した跳んだ


 両手でその魔王の肩を掴んだアリシアを驚愕の目で見つめる魔王クロムウェル。


「何故?」


 そう呟くのは魔王とは思えないほど痛々しく痩せた肩、小さな身体。


「どうして! どうしてクロムが魔王だなんて!? どういう事よ!」


 肩をふるわせ泣き叫ぶようにそう詰め寄るアリシアに。


「ごめんなさい姫さま……」


 それだけ言うと彼女はその場から消え去った。


 爆風がおさまり粉塵が晴れた時、其処には聖女アリシアしか残されていなかった。






 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



 魔と真那マナとに別れている世界。


 表の世界には真那マナ、裏の世界には魔。その二つの世界は表と裏にわかれ。


 長い間、そこに住むものたちもまた、互いに干渉することなく平和に暮らしていた。


 人々は真那マナが大気に溶けるそんな表の世界で繁栄し。


 魔族は魔が溢れる裏の世界で暮らしていたのだ。


 しかしある時、そのバランスが崩れることとなる。


 稀代の大預言者の予言。魔の世界に魔王が現れ、そして表の世界をも滅ぼすだろう。


 その言葉に表の世界の国家は戦慄し、魔王を倒そうと軍隊を派遣する。


「魔王討伐」という名の戦争は100年の永きに渡って続き、魔の国は荒廃した地面を残すのみとなっていた。






 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■





「貴方たち。それはどういう事ですか!」


 人通りの多い往来でアリシアは怒りに我を忘れ叫んでいた。


 侍従の制止も聞かず馬車から飛び降りその場に駆けつけた彼女の目の前には年端も行かぬ少女の首に縄をつけて引き連れる男たち。


 通りを往く者たちの誰もそれを咎めようとするものが居ない事にもアリシアは腹を立てて。


「そんな年端も行かない子供の首に縄をかけるなんて! 人道に反します!」


 そう周囲も見廻しながら大声で訴える。


「お嬢ちゃん、よくみな。こいつのツノは黒いだろ? 魔族なんだよ。ほんと汚らわしい。最近はこういう奴らが森に潜んでたりするからな。俺たち冒険者がお忙しい貴族様に代わって魔族狩りをやって差し上げているのさ」


「魔族だからなんだっていうんです! 確かにわたしたち人間と魔界は戦争をしています。でも、そんな子供には関係がないじゃありませんか!」


「魔族は大人になったら人間を襲うぞ? 敵なんだよ! こいつらは! 今のうちにツノを折ってはむかわない様に躾けなきゃないけないのさ」


「そんな……。そんなのあたしが許しません! 手を離しなさい!」


「おいおい、どこのお嬢様か知らんが世間を知らない様だな。俺は機光のアークス、S級の戦士だ。対魔連予備役だが何度も戦場で武勲をあげている英雄の一人だぞ? 今だってこうして魔族の村を一つ滅してきたところでありこいつは俺の戦利品だ。とやかく言われる筋合いは無いんだがな?」


 プルプルと怒りに震えながら顔を真っ赤にしているその少女アリシア。まだ十歳にも満たないそんな子供が大柄な戦士の前に立ち塞がっているのを見て同情する者も居たが、人々は基本我関せずを貫き往来を止めることもしない。


 そんな中アリシアの背後から白髪をオールバックにし黒い侍従服に身を包んだ男性が現れた。


姫様ひいさま、おいたが過ぎます。この老体、心臓が止まるかと思いましたぞ」


 そう背後から声をかけられ振り返ったアリシア。


「ごめんなさいセバス。でも、じっとして居られなくて……」


 セバスと呼ばれたその老人は、状況をじっと見て。


「把握致しました。まあ、ほんと貴女様は……。おい、そこの戦士よ、このお方は聖王国第三王女アリシア様にあらせられる。悪いがそこの魔族の少女を譲っては貰えまいか。報酬はもちろん相応の額を用意しよう」


「は!? 王女様だ? まあしかしあんたの身なりでそんな嘘をつく様にも見えないか。まあいいや。その代わりこいつは高いぞ?」


「ああ。私は王宮侍従長セバス・レイニーウッド。報酬の受け取りに関してはこちらの者と手続きしてほしい。レクス、後は任せましたよ」


 セバスの横からさっと現れた若い男性、やはり黒の侍従服に身を包んだレクス。


 彼らが話を始めたのを尻目に王女に向き直るセバス。


「さあ、姫様ひいさま、帰りますよ。本日は3時からレイア様とのお茶会のご予定です。急がないとお待たせしてもいけませんし」


「はい。ごめんなさいセバス。レイアお姉様をお待たせしたくは無いです」


 そうしょぼんとうなだれたアリシア。セバスはさっと彼女の小さな身体を抱き抱え馬車まで戻った。



 ☆☆☆☆☆☆



 王宮の敷地に隣接するように建てられたその迎賓館。


 各国の施設を出迎える時もそして国内の社交の場としても使われるその建物は、紅い煉瓦が基調の五階建て、歴史を感じる佇まいを醸し出していた。


 細工を凝らした飾り窓や豪奢な玄関。シャンデリアは何重にも灯りがとられ、壁の彫刻も梁や扉の意匠にも工夫が見て取れる。


 もともと歴史はあっても財政的にはそう裕福ではないこの国ではこう言った建築に携わる人々、いわゆる宮大工も伝統芸能の範疇でありその技術の継承のためにもと各国に出稼ぎに出ている始末。今では彼らはエレクレスクの宮大工としてこの世界各地に名を馳せている。


 そんな迎賓館で開かれる本日の社交の催しは第二王女レイア姫主催のお茶会だった。



 紅いベルベットの上をしなりしなりと進む第三王女の姿を見つけたレイア姫はチョコチョコと小走りに近づくと第三王女に抱きついた。


「ああアリシア。会いたかったわ。今日は来てくれてありがとうね。美味しいお菓子をいっぱいご用意してあるから一緒にいただきましょうね」


「はしたないですよ姫様ひめさま、ほかのお嬢様方も見ていらっしゃいますよ」


「もう、セバスったら堅苦しいんだから。いいじゃないアリシアはわたくしの妹なのですもの。ねえアリシア」


 そう言って第三王女に微笑むレイアに手を引かれ、顔を真っ赤にした第三王女は俯いたまま彼女の後についていくのだった。



 扇の間。いくつも有る広間のうちでもこぢんまりとしたその部屋が今回のお茶会の会場となっていた。


 第三王女アリシアの手を引きながらその部屋に入るレイアに視線が集まる。


「皆さま、妹のアリシアが到着しましたわ。仲良くしてくださいね」


 そうにっこりと微笑み見回すレイア。


「アリシアも。今日は歳の近い方ばかりですから。楽しみましょうね」


 そう言って自分と、そしてその隣に用意したアリシアの席まで案内して腰掛けた。





 この国、エレクレスク聖王国の聖王アントニヌスには三人の妃がいた。


 第一王子第二王子第二王女の母である王妃アナスタシア。第一王女の母は第二夫人、そしてアリシアの母は側室である側妃ローゼマリー。


 しかしローゼマリーは平民の出ということもありアリシアだけは王宮より離れた場所にある離宮にて育った。


 と、いうよりも。


 アリシアは人を選ぶ子供だった。


 相手の心がわかるのか、悪意のある相手には決して心を開かず、好意を向けてくれる相手には心から打ち解ける。


 幼い頃からそんな特殊な能力の片鱗をみせていた彼女の周囲に置かれる人材は厳選され、不用意に多数の人を近づける事なくアリシアは育ったのだった。






 アリシアが美味しいお菓子。目の前にある美味しいお茶になかなか手をつけることもできずに俯いていると、


「まあまあアリシア。このお茶、美味しいわよ? ほんとはそのまま香りを楽しんで欲しいけどアリシアにはまだ早かったかしら? ミルクもお砂糖も用意してあるから甘くしていただきましょうか?」


 そうレイアが声をかけてくれた。


 周りの敵意? に打ちのめされてたアリシアは少し一息ついて。


 (レイア姉様には本当に悪意のカケラも存在しない。何故か相手の心の色が見えてしまうあたしにはこういう人のそばにいられるのは嬉しい。ううん。こういう心の綺麗な人があたしのお姉様であったことがほんと幸せに感じる)


 いつからだったろう。アリシアには人の心の色が、感情の色が見えるようになっていた。


 最初は気のせいだと思ってた。人のオーラが色になって見えるのかな? そんな風に思っていた。


 だけれど違った。


 いつしか、他人がアリシアに向ける感情がその色となって見えるのだと確信した。


 表向き普通を装っても、自分の事を快く思っていない人の色はなんだか汚い気分の悪い色に見え、どんなことがあっても自分の事を愛おしく思ってくれる人の心は赤っぽい暖色系の色に見える。




 レイアの好意で集められた今日のメンバー。


 公爵家令嬢に侯爵家、伯爵家の子もいて。


 アリシアに歳の近い子が集められたのもみんな彼女の為を思っての事。


 しかし、こうもあからさまに悪意を向けられるともう何処を向いて良いか分からなくなって。


 アリシアはずっと俯いていたのだった。




「ありがとうございますレイア姉様」


「ねえアリシア。そちらのクローディアさまは貴女と同い年になるのよ。きっと気が合うと思うわ。仲良くしてあげてね」


「よろしくおねがいしますねアリシアさま。わたくしフーデンベルク公爵家のクローディアと申します。お見知りおきくださいね」


「はい。アリシアですよろしくお願いしますクローディアさま」


 そう答えるけどアリシアは怖くてクローディアさんを直視できない。渦を巻くようなその感情のうねりに酔いそうで辛い。


 レイアに対してはたぶん普通? でもアリシアに対しては憎しみ? 侮蔑? 平民のくせにと陰口を言うようなそんな人からあてられる感情に近い。


 他の三人とも挨拶だけは交わしたけど精神的に疲れてしまったアリシアは結局早々にお茶会を辞してセバスに抱きかかえられるようにして離宮まで戻った。


 体調が優れなかったのねと優しい言葉をかけてくれたレイアに対し申し訳ない気持ちでいっぱいなアリシアだった。



 ☆☆☆☆☆



姫様ひいさま、貴女がお買いになった奴隷の件ですが」


 離宮のお部屋に戻るなりセバスからそう声をかけられ一瞬「買ってない! 奴隷でもない!」と反発しそうになったけど踏みとどまって。


 アリシアはセバスが自分の考えを察してくれてあの冒険者から助けてくれた魔族の少女の事を思い出した。


「あの子は……、今どうしているのです!?」


 義憤に駆られ行動しておいて、その結果について考えてもいなかった自分自身に自己嫌悪しつつ。


「自由にしてあげたのではないのですか!?」


 (ほんと奴隷とか買うとかそんなつもりじゃなかった。ただ助けたかっただけで……)


「今は侍女らに風呂で洗わせ、そして食事を与えている頃でしょうか?」


 (ああ。それなら良かった。ひもじい思いをしていないのなら……)


「貴女さまはあの奴隷に責任を持たねばなりません」


「だって。自由にしてあげたらいいのじゃなくて?」


「それは出来ません。あの魔族の少女を野に放つということは、あの少女の命の保証が出来かねるということなのですよ?」


 セバスのセリフに言葉が詰まるアリシア。


「街には先ほどのような粗野な男どもが大勢います。彼らにとって魔族の人間など人間として扱われる存在ではないのです。見つけ次第殺しても罪には問われませんし奴隷にしようが売り飛ばそうがそこに罪の意識はないのです。むしろ、害虫駆除をした程度の感情しかありません」


「だって、生きているのに……、子供なのに……」


「ですから……、この国に魔族が自由に生きることのできる場所はないのです。例えばそれが動物等であった場合、食や害以外の理由で無闇に殺すのは避ける、そういった鳥獣保護の道徳が私たちには存在します。しかしそれが魔獣や魔物であった場合はどうです?」


「あ……」


「そう。魔獣や魔物を殺すのに理由はいりません。その時点で危険かどうかすら理由にはなりません。ティムされ所有者が確定していない魔獣や魔物はそれが魔というだけただそれだけで駆除の対象になるのです」


「あの少女は魔というだけで駆除の対象となるのです。ですから、貴女さまが真に助けたいと思うのであれば、あれの命に責任を持たねばなりません」



「命に責任って……」


「魔獣や魔物と一緒です。魔族であっても人の所有物であれば他者から害されることはありません。そのためには貴女の持ち物だという印をつけなければなりません」


 (い、や、だけど……。でも……)


「こちらの魔具、奴隷用のチョーカーをあの少女におはめください。これはそれをはめた者の魔力に反応し、所有者に対して反抗する事も所有者を傷つける事も防ぎます。常に貴女のおそばに置く事で他者からあの少女を守る事にも繋がります」


 (うん。言ってることはごもっともだ。あたしには反論する事もできないよ。でも)


「あの子をここに連れてきてください。彼女の話を聞いてみたいです……」


「ええ。わかりました。ではそのままお待ち下さい」


 セバスはそう言うとするっと部屋を出て行った。


 黙って隣で立っていた侍女のメーベラがアリシアの頭を優しく抱いてくれた。


 アリシアはメーベラの胸でしばらくの間泣いて。セバスが戻ってくる頃合いにはなんとか泣き止むことができた。




 目の前に立つ黒髪の少女。


 アリシアとたぶんそんなに歳は違わないと思うけど、それでも痩せ細って小さく見える。


 頭に生えた二本の黒い小さなツノが、彼女を魔族であると主張して。


 風呂上りで麻のワンピースに身を包み綺麗にはなっているはずだけれど肌の色もふつうの人とは少し違って見えた。


 たぶん、血液の色が違うのかもしれないな、そうアリシアは思う。


 お尻には獣のような尻尾がふさふさと垂れ下がり、ゆらゆら揺れていた。


 まだ頭が濡れているからだろうか、ハンドタオルを手に持ってあたしの前に立つその少女はこれから一体どんな運命が待っているのか不安で仕方ない、そんな表情をしていた。


「あの……。アリガトございます。姫さま」


 そう辿々しく話すその声は、普通の人間の女の子となんら変わりがない可愛らしい声だった。


「ごめんなさいね。あたしにはあれしかできなくて……」


 アリシアはそう声をかける。不甲斐ない、そう思って。


「いえ、姫さま、助けてくれました。あったかいお風呂もご飯も頂きました。あたいはほんと、感謝してます、です」


「でも……」


「もう死ぬんだ、そう思ってまシタ。あたいの両親も仲間も、皆コロサレタ……。でも、姫さまだけ、チガウ。姫さまだけ、あたいを人間扱いしてくれた……」


 アリシアは思わずその子に抱きついて。


 もう我慢ができなくて。


「ごめんね。ごめんね。怖かったよね。ごめんね。でも、自由にしてあげる事もできないの。それが不甲斐なくて」


 そう泣きながら。



「はう。びっくり。デモ。嬉しい。あたい、いいよ。自由、要らない。ずっと姫さまのそばにいたい……」



 ☆☆☆☆☆




 アリシアは十歳になった。そろそろ社交も考える歳になったからとセバスがいろいろ用事を入れてくる。


 先日は隣国の王太子がみえると言うので彼女も晩餐会に出席させられた。


 姉達はそろそろ着飾ると大人とそう変わらなくみえるようになったけどアリシアはまだまだ子供っぽい。それでもどうやら向こうの希望だと言うことで。


 王太子は十五歳になって成人の儀を迎えそろそろ伴侶をお探しになっていると言うことで、歳の近い王女達は候補になってる。


 (でもあたしはない、な)


 平民の母を持つ自分には王族に嫁ぐ事などあり得ない、そう感じてる。


「素敵でしたよねー。アルル・コンド様。あの方なら姫様もお幸せになれそうな」


「はう! ばかばかメーベラのばか。あたしはそんなの無いって。まあかっこいい人だったけど……」


「ですよメーベラさま。姫様はあんな小国には勿体ないです」


「はうクロム。もったいないっていうのは違うかも……」


「いえいえ姫様はご自身を過小評価しすぎです。この透き通るような肌。ふわふわな金髪。サファイヤブルーにクリソベリルキャッツアイ。宝石のようなオッドアイ。もう全てが神の芸術の域にありますわ」


 はうあう。もうクロムったら……。


「しょうがないですよ姫様。クロムは姫様の事女神さまのようだと思ってますからね」


「女神のよう、ではなくて女神さまなのですアリシア様は」


 そう言ってアリシアの腕に抱きつくクロム。


 その黒い髪からちょこんと見えるツノは大きめなリボンで隠してる。


 黒いゴスロリ風なエプロンドレスに喉元には黒いチョーカー。


 この二年の間にすっかり垢抜けて、今ではアリシアの身の回りを全てこなすまでになった。


 (それに。この子の色はずっと気持ちのいい穏やかな色のままだ。辛い過去があった筈なのに。人を恨んでもおかしくないのに。そんな色はカケラも見せなかったし……)


 純粋で、綺麗で。


 クロムは、そんな素敵な心の持ち主だったのだ。






 ☆☆☆☆☆☆






「聖女を出せ、というのか?」


 聖王アントニヌスはそう吐き捨てるように呟いた。


「ええ、現在戦士に魔術師、そして勇者は数が居るのですがどうしても回復術の使い手が足りません。我らが王、勇者王ガルーデン陛下は常に対魔連の前線で戦っておられますが、やはり大量の魔を相手にするにはエリクサにも限界があります。福音魔法、聖魔法の使い手が必要なのです」


 フリーデン連合王国。魔王討伐の主力であり対魔連の軍事を司る軍事国家の使者は、ここエレクレスク聖王国の王宮において聖王アントニヌスにそう告げる。


「しかし、もうすでに国内の聖魔法使いはあらかた出兵させたはず。それでは足りぬというのか!」


「ええ、まったく足りていません。年々魔獣も強力になるばかり。それに引き換え聖王国からの人材はどんどん質が落ちているではないですか」


「質が落ちて居るなどと! そもそもそちらの要求に応えようと数を増やした結果ではないか! それでなくとも貴重な聖魔法の使い手を消耗品のように扱う其方らのせいではないのか!」


「陛下、これは戦争なのですよ? 犠牲はつきものですしそもそも我々としても自分の身もまともに守れない者をよこされても困ります。それに。軍事に関しては我々フリーデンに任せておいて聖王国からは兵士1人とて出さずにおいて、ならばせめてとお得意な聖魔法使いをと申しているだけではありませんか。血の盾として前線に居る我々のせめてバックアップをしてくださいとお願いにあがっているのですよ」


「しかし……。もう前線に送る事が出来るレベルの聖魔法使いも聖女もこの国には残っていないのだ……」


「そんなはずはないでしょう? まだ王女が三人も残っているではないですか。何だったら側妃様でもよろしいのですよ? きこえていますよ。その魔力量の多寡も。きっと今まで送られた聖女とは比べものにならない魔力量を誇るのではないですか?」


 アントニヌスは手にした錫杖を地面に叩きつけ立ち上がるとその使者を睨みつけた。



 ☆☆☆☆☆



「アントニヌス様、わたくし戦場に参りましょうか?」


 側妃ローゼマリーはその使者が帰るのを確認してカーテンの傍から顔をだした。


 フリーデンからの使者が来たと聞きつけかけつけたローゼマリーだったが、王妃を差し置いて面会の場に出るわけにもいかず。


 王に言われるままカーテンの傍に隠れて居たのだった。


「いや。マリーは魔力量は多いが回復魔法よりも攻撃魔法の方が得意ではないか。この度の聖女の役割は荷が重いだろう」


「でも……。わたくしでも簡単な回復魔法なら使えないこともないですし。何しろ自分の身は自分で守れますから」


 そういうとくるっと回転してみせる。ドレスのままでさえ俊敏な身のこなしが出来るところを王に見せつけるローゼマリーに王は苦笑し。


「マリー。君の気持ちはよくわかる。娘たちを犠牲にするくらいであれば自らが戦地に赴く気持ちであることも。しかしな。あやつらの言うこともわからんではないのだ。我が国は形だけは対魔連の盟主と祭り上げられてはいるが実質その連合軍を指揮して戦っているのはフリーデン連合王国の勇者王ガルーデンであるのも事実。せめて聖女を出すことで貢献できればとは思ってはいるのだ」


「ええ。でも。もう我が国には能力のある聖女、聖魔法使いは姫たち以外には居ないのでしょう?」


「しかしそれもな。コンダーのアルル・コンドが言いおったよ。お前の娘アリシア以外はまだレイスのゲートもろくに開いて居ないとな」


「あの子は……。特別ですから……。あなたの聖なる血とわたくしの血、それが入り混じっていますからね……」


「そうだな、マリー。あれはもう十二になるか。余が初めてお前にあった歳と同じ年齢になったのだな……」


「ええ。アウィ。そうね。あの子ももうそんな歳になったわね……」





 ☆☆☆☆☆



 ギュン!


 背後から飛んできた勇者スカーレット。


「おい! 聖女! 魔王はどうした!」


「逃げました……」


「結界を抜けたというのか!?」


「たぶん……。もう反応は何処にもありませんから……」


「この役立たず! どうしてすぐにあたしを回復させなかった!」


「……」


「黙ってないで何か言えよ!」


 バグン!


 右手のガンレットの甲でアリシアの顔を殴るスカーレット。


 しかしアリシアにダメージは無かった。


「ちっ、もういい! 今回の行軍はこれで終了だ! 逃げた魔王を追うことは不可能だからな。帰るぞ!」


 そういうと勇者スカーレットは全軍を纏めて帰還の準備を始めた。




 その場に一人残されたアリシアは、遠くの空を眺め。




「どうして。クロム。あんな悲しい顔をして……」


 そう呟く。




 聖王国王都に戻ったアリシアがひっそりと姿を消したのは、それから半年後の事だった。

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