第32話 これからの私
季節は廻り、冬になった。
今の高校に入学して数か月が過ぎて晶子は摂食障害はすっかり治って普通の生活ができていた。
かといってまたリバウンドもしないように、調理実習で得た料理スキルを利用して太らない、栄養バランスのいい食事をこころがけるうちに今は家での料理の担当は母親から晶子になるほどに料理スキルの腕は上がっていた。
そのおかげで晶子の母親は夕食づくりの家事の負担が減った分、晶子と向き合える時間が増えた。
晶子は以前は母親につっけんどんな反抗期的な態度をとっていたが今は母親との関係は良好だった。
晶子は健康診断の結果、この数か月で少々体重は増えたが成長期ゆえに身長も伸びていたので今度は痩せすぎでも太りすぎでもない身長百六十二センチには標準の範囲になる五十キロをキープしていた。
頬がこけていた顔は健康的にふっくらとしてきて骨が浮き出るほどガリガリだった手足は肉付きをおびてきた。
ちゃんとした食生活のおかげで体のリズムが整ったからかちゃんと周期ごとに毎月の生理も来るようになっていた。
一年前の冬は晶子にとって何もできなくなった最悪の季節だったが今年はそうじゃない。
たった一年の間に晶子は自分に合う居場所を見つけ、将来の進路を決めて夢に向かって動いている。
ほんの一年前まで人生や全てのことに絶望して死のうとしていたというのが嘘のように今の晶子は充実していた。
この数か月の間に晶子は栗山圭とも学校以外での付き合いも増えていた。
一緒に映画を見ようということで一緒に学校のない日に映画館へ行ったのだ。
晶子は好美に栗山紹介して三人ともアニメ好きという共通点で話が合ったので日曜スクーリングの日は同じ校舎に通うのでロビーで集まってよく話をしたりした。
栗山以外の同じ学校のクラスメイトとも年齢の壁も分けず誰とでもしゃべるようになった。
もう年上とか年下とか異性同性も関係ない、この学校にいる人はみな同じ学校の仲間なのだ、
みんな、本当に合う友達なんだと今は実感する。
高校生活で本当に欲しかったものはまさにこれなのだ。
学校がない日の午後、珍しくバイトも塾も休みで晶子は好美と遊んでいた。
そしてカフェで好美に想いを話した。
「人生のどん底にいた私がここまで成長できたのも、人生の楽しさがわかったのも本当に好美のおかげだよ。ありがとう」
「そうかな?晶子自身がすごく頑張ったからだと思うよ。あと私だけじゃないよ。晶子のお母さんとか、学校の先生とかそれときっと栗山くんもかなり大きな貢献だよ」
そういわれてから晶子は栗山圭のことが頭に浮かんだ。
元々男性が苦手だった晶子にとって「男性でも仲良くできるタイプもいる」という価値観の変動を与えてくれた。
たしかにズタボロだった自分を助けたのは好美と母親と心療内科の先生だったがこの学校に来て栗山圭という友人と出会うことができたこともまた晶子にとって変わるきっかけだったのだ。
摂食障害を治すことができたのは彼をはじめとしたこの学校で新しくできた友人ののおかげである。
栗山圭は晶子にとって男性嫌いだけでなく摂食障害を克服させるという新しい道をくれた人物なのだ。
入学式の日から痩せてガリガリな晶子に話しかけてくれたあの日から、何やら特別な感情を抱いていた。
「なんかね、ずっと圭のことが気になって、圭のことばかり考えちゃう」
ここ数か月の間にちょっとずつ関係にも変化があった。
晶子は圭と親しさを増して彼を苗字呼びから名前で呼びあうようになっていた。
それだけ今は栗山圭とも親友ということだ。
彼と過ごしていくうちに新しい気持ちを抱き始めていることに気づいた。
「晶子、それってまさか……」
「うん。私、圭のことが好きだな」
晶子は初めて異性を「好き」になるという感情も芽生えたのだ。
圭も前の学校を辞めたとかコンプレックスや悩みなど何かを抱えていてもいい。
晶子は圭の笑顔、声、性格が大好きだ。
「こくっちゃおうかな」
晶子はそう言った。
登校日の昼休み、晶子は圭を連れて二人である場所に来た。
体育館の裏、ここなら誰も来ないことを知っている穴場だった。
この前、好美とたまたま見つけた場所だ。
ここなら同じ学校の生徒に見られることもなく想いを伝えることができる。
「なんでわざわざこんな場所来るんだよ。話があるんなら普通に教室でいいじゃん?めっちゃ寒いし」
栗山圭はコートを着て外に連れ出されたのだ。
身長の高い栗山圭のスタイルに、ロングコートがよく似合っている。
入学式のスーツだけではなくまさに冬のファッションも似合う美男子だ。
「二人っきりで話したいことがあったの」
冬の外は冷たい風が吹き付けていた。
しかし今日は冬にしてはまだ気温が高い方で比較的に過ごしやすい日だ。
外で話すとしたらこの日しかないと踏んだからだ。
「で、話ってなに?」
晶子はすーっと息を飲み込み、ためてきた想いを伝えるように言った。
心臓はドキドキしている。いよいよ気持ちを伝えるのだ。
「私、圭のことが好きです」
その瞬間世界中のすべてが時間が止まったような気がした。
晶子はついに言った……と再び心臓は鼓動が止まらなかった。
「好きってのは?」
鈍感なのかそれとも純粋に意味が理解できないのか、圭は状況を飲み込めていなかった。
「付き合ってほしい、の意味だよ」
「付き合う?俺と」
友人として接していたためにいまいち状況が飲み込めてない圭にわかりやすく単刀直入に言った
「私と、恋人になってくださいの意味だよ!」
顔を赤らめながらも晶子は言い切った。
それを聞いた圭はそういうことか、とまるで合点がいったようにようやく状況を理解した。
「いいの? 俺で。きっと付き合うとか、理想の彼氏じゃないかもよ?」
恋人として付き合うことになると色々と苦労があることを言っていたのだが晶子にとってはそれも全て受け入れるつもりの覚悟の上での告白だった。
「それでも私は圭のことが好きだから……。圭の性格も、顔も、声も全部好き」
こんなことまで言うことになると晶子は恥ずかしさのあまりに顔が真っ赤になった。
「……改めて言うよ。私と付き合ってください」
その言葉を聞き終えると圭は一瞬頬に赤みが入ったが納得したようだ。
「はい。ふつつかものですがよろしくお願いします」
圭は軽い言い方をしたが了承したようだ。
その返答に晶子は少し笑った。
「何それ。お嫁さんじゃあるまいに」
「こういう場面に慣れてなくて…」
お互いに笑いながらその場の余韻に浸った。
「まあ、こういうとこも圭も面白いとこなんだよね」
「こういうとこって……。じゃあ恋人らしく手を繋ごうか」
そう言うと、栗山圭は晶子へと手を差し出した。晶子はその手にがっちりと自分の手を重ねた。
二人は手を繋いだ状態で校舎に戻っていった。
ここに一組の年の差高校生カップルが生まれたのである。
食べない私と食べる私 雪幡蒼 @yutomoru2
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