シュレディンガーのあのコ
梶野カメムシ
シュレディンガーのあのコ
あのコ、どうしてるかな?
旧友のBと飲み明かすと、かならず出る話題だ。
Bとは大学のサークル仲間。あのコは、そのサークルの後輩だった。
誰もが認める美人で、誰にも愛嬌たっぷりで、誰とでもつきあう、恋多き女。
私とBも御多分に漏れず、先を争って告白し、ともにOKをもらえたものの、一月と続かず振られた過去がある。卒業から二十年余り、Bとの腐れ縁が続いているのは、負け犬同士で飲み明かした一夜あらばこそだ。
ほぼ全員だぜ。普通、サークル壊れるよな。
移り気だが悪意はゼロだった。よくも悪くもさっぱりした性格だった。振られた者も友人でいられた。Bも話しながら笑っている。
後輩の話によれば、その後、誰とも続かないまま、卒業したらしい。
もう〇〇歳だろ。さすがに結婚したかな。
上場企業の社長とか、石油王が相手じゃないか
案外、子連れのシングルマザーって展開かもな。
そんなあのコとは、卒業以来会っていない。
連絡は数年で途切れ、それっきりだ。
いつか会いたいと思いながら、おそらくはもう会うことのない、そんな、よくある関係。
Bも同じだ。だからこそ妄想が取り留めない。
私もあいづちを打ちながら、また杯を交わす。
客商売とかうまそうじゃないか。
クラブのママとか。上客いっぱいつかまえてさ。
どっかの店で再会したらどうする?
お互い、びっくりするだろうな。
あのコの訃報を知ったのは、先日のことだ。
地方新聞の片隅で、偶然見つけた特徴的な名前。
符合するはずの年齢に強い違和感があった。
記憶の中の屈託ない笑顔は、最後まで歳月の更新を拒んだ。
でもさ。
どこで何をやってても、あのコは笑ってると思うんだよ。
男どもの輪の真ん中でさ。
Bの思い描く笑顔は、私のそれときっと同じだ。
歳月を経てなお色褪せず、あのコの面影はBの中に息づいている。
もはや彼女と会うことがかなわずとも。
いや、だからこそ。
人は必ず死ぬ。
けれど、知らなければ死なないのではないか。
人知れず箱の中で待つ、あの猫のように。
Bの語るあのコの物語は、どこまでも続く。
私は杯を干した。
どこか遠くで、あのコが笑っている気がした。
シュレディンガーのあのコ 梶野カメムシ @kamemushi_kazino
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