轟音戦隊バイレンジャーの存在証明(仮)

八家民人

第1話 Rhapsody in Blue

「ぐわっはっはっはぁー泣き喚け人間ども! エゴイズの力を思い知れ」

天に向かって叫ぶジャガーチェーンの咆哮とも言える叫びが、市中に響く。

その周りで、黒づくめの戦闘員たちが通行人を襲っている。

ジャガーチェーンの目は鋭く、不敵に笑う口元からは獰猛な獣特有の牙がのぞいている。

「逃げろ逃げろ、人間ども」

そういうと、右の腕を振り下ろす。

ジャガーチェーンの体の大半はサイボーグ化されており、生身の体は頭部と左胸から左手全体である。その右手の内側から鎖を出すことができるのだ。

そのチェーンがサラリーマンに伸びると意志を持ったかのように巻き付いた。

悲鳴を上げるサラリーマンの表情を満足そうに眺めると、おもむろに腹部に手を伸ばす。

腹部にはゲートのようになっており、ジャガーチェーンの体にぽっかりと穴が開いたようになる。この穴の中は転送装置になっており、捕らえた人間をこの中から

「ふん!」

巻きつけたサラリーマンを自分の元に引き寄せると、その穴に引き込もうとする。

叫ぶサラリーマンに高笑うジャガーチェーン。

その瞬間だった。

ジャガーチェーンとサラリーマンを繋いでいる鎖が断ち切れた。

二人は同時にはじけ飛ぶ。

「ぐおっ、なんだ!」

当たりを見渡したジャガーチェーンは、地面に突き刺さった黒いブーメランを発見する。

「くそぉ、あいつらかぁ」

遠くから空気を震わせるようなエンジン音が鳴り響く。

五台のバイクがジャガーチェーンに向かって走ってきた。

バイクは赤、青、黒、緑、ピンクに塗り分けられており、その運転手は同じ配色のマスクとスーツを着用していた。

それぞれのバイクが飛び上がり、ジャガーチェーンを左右から攻撃する。

「ぐおっ」

倒れこむ怪人の奥で、サラリーマンが逃げて行った。

五台のバイクはタイヤを滑らせながら停車する。

地面とゴムの擦れる音が空を裂く。

「エゴイズ! そこまでだっ」

「バイレンジャー……貴様ら、何度も現れやがって。何度我々の邪魔をすれば気が済むんだ」

「何度だって邪魔してやる。お前らが滅ぶまで」

五人はバイクから飛び出し、空中で回転をしながら着地する。

五人はじっとジャガーチェーンを見据える。

「バイレッド!」

「バイブルー!」

「バイグリーン!」

「バイブラック!」

「バイピンク!」

五人が各々ポーズを披露する。

「轟音戦隊、バイレンジャー!」

五人の声が市街地に響いた。

「罪もない人々を苦しめるエゴイズ! 覚悟しろ」

「来い! バイレンジャー!」

五人はジャガーチェーンに向かって駆け出す。

ジャガーチェーンと戦闘員の集団も同時に駆け出した。

「エンジンブレード!」

振り下ろされたバイレッドの剣に鎖が絡みつく。

「ふん!」

ジャガーチェーンが腕を引き、レッドを自分の方に引き寄せる。再び腹のゲートを開けて引き込もうとした。

レッドは身を翻し、ジャガーチェーンの胸を蹴る形で鎖から抜け出す。

両者は再び向き合った。

「サスペンションアロー!」

バイブル―の弓矢はから放たれた三本の矢は、不規則な軌道を描き、戦闘員たちを貫いていった。

「ウィンカーブーメラン!」

ブラックのブーメランもそれに続く。

「ホイールシールド!」

バイグリーンはシールドを構えると、戦闘員の集団に突進した。

左右に吹き飛んだ戦闘員たちの上には、飛び上がったバイピンクがいた。

「スポークランサー!」

高速で突き出された槍は、吹き飛んだ戦闘員を正確に突いていく。

瞬く間に戦闘員たちは倒されていった。

四人は、まだ睨み合っていたレッドとジャガーチェーンの元に集まる。

「あとはお前だけだ! ジャガーチェーン!」

「勝った気でいるな!」

ジャガーチェーンは鎖を回転させて、五人に投げつける。

五人は華麗によけると、各々が武器で攻撃を仕掛ける。ジャガーチェーンは避けつつ、

鎖を五人に当てていく。

ダメージを受けた五人は片膝をついて、息を切らしている。

「レッド、それぞれが一人で攻撃をしていてはダメだ」

「よし、それなら五人で連携だ!」

力を振り絞るように五人は立ち上がる。

それぞれの武器を握りしめて、ジャガーチェーンに走り出す。

ジャガーチェーンも咆哮を上げると、五人に立ち向かっていく。

一人二人と攻撃をいなしていくジャガーチェーン。

三人目の攻撃を飛び上がって回転しながら避けると、バイブルーとバイピンクの肩を踏みつけてダメージを与えて着地する。

同時に鎖を目いっぱい伸ばして、五人に叩きつける。

五人ともさらに吹き飛ばされて、大ダメージを受けた。

「くそ!」

バイブルーはかろうじて立ち上がるとサスペンションアローで攻撃をする。

ジャガーチェーンは鎖でそれをはじき返す。

バイブルーは力を振り絞るように立ち上がると、ジャガーチェーンに向かって走り出す。

ジャガーチェーンもバイブルーに向かって走り出した。

バイブルーは飛び蹴りを繰り出すが、絶妙なタイミングで躱される。

同時に鎖が足に絡みついた。

ジャガーチェーンが鎖を引くと、バイブルーの体が勢いよく地面に叩きつけられる。

聞くに堪えない音が響いた。

鎖を引いたジャガーチェーンは、飛んできたバイブルーの腹部に強烈なパンチを浴びせた。

その往復が三回ほど繰り返された。動けずにた四人は黙って見ているしかなかった。

動かなくなったバイブルーを見て、舌打ちをしたジャガーチェーンは鎖を引く。

バイブルーの体が持ち上がり、引き寄せられた。

それを確認すると、ジャガーチェーンは腹のゲートを開く。

ブルーの体はゲートに吸い込まれていった。

「ブルー!」

レッドの叫びを、ジャガーチェーンの笑い声が掻き消す。

「四人になったお前らなんぞ、相手にならんわ」

ジャガーチェーンは鎖を大きく回転させると、四人になってしまったバイレンジャーに向けて放つ。

その鎖に吹き飛ばされた四人は、さらに大きくダメージを受け変身を解除してしまった。

苦悶の表情を浮かべるレッドを、ニヤリと笑って確認するとジャガーチェーンは撤退していった。



ブルーが拉致されて一週間が経過した。

その間、エゴイズの出現はなく、またブルーの行方も知れずに経過した。

四人になってしまったバイレンジャーたちは、何とかしてブルーの行方を追った。

彼らがバイレンジャーに変身するために腕に付けているブレスレットには発信機が取り受けられていて、各人の現在地がわかるようになっている。

シルバリオン星人から譲り受けたそのブレスレットは装着者の生体データと同期して各種機能を管理している。

つまり、装着者だけにしか機能を使いこなすことができないし、変身をすることもできない。

そのブレスレットから出ているはずの位置情報を受け取ることができないのだ。

四人はどうすることもできず、時間を消費するしかなかった。

そんな中、ジャガーチェーンがまた現れたという情報が入る。

四人になってしまったバイレンジャーは現場に駆け付けた。

苦戦の末、油断したジャガーチェーンを何とか倒すことができた。

ブルーが捕らえられたことが、四人の潜在的な力を引き出したのだ。

ボロボロの体だったが、生き残っていた戦闘員を締め上げた。

怯え切った戦闘員から、ブルーは生きていること、現在監禁中であること、そしてアジトの場所を聞き出した。

「よかった。ブルーは生きていたのか」

グリーンは大げさに喜びを表現した。

「善は急げだ! 助けに行くぞ」

リーダーでもあるレッドの声は希望に満ち溢れていた。

戦闘員から聞き出した場所は、郊外に建つ洋館だった。中に踏み込んだ四人は、残党の戦闘員たちを制圧した。

その洋館には、制御室があり、そこに監視カメラのモニターを見つけた。画面は砂嵐が移っていたが、四人はブルーが監禁されている様子が映っていると考えた。

制御室を調査して、ブルーが監禁されている場所を突き止めた四人は、制御室を破壊してからブルーの救助へと向かった。

調査して判明したブルーの監禁場所は、岩山に囲まれた人気のない洞穴だった。

四人は念のため変身を解かずに周囲を警戒しながら、近づく。

「周囲には見張りはいないようだな」

バイブラックが三人に伝える。

「よし、行くぞ」

レッドの掛け声と共に、四人は洞穴の中へと入っていった。

半円上の洞窟は天井に照明があるものの、薄暗い。

慎重に進んでいく。道は緩やかに右に曲がる。

正面に、檻が見えた。岩肌を掘って作られたと思われるその檻は、周囲の景色と不釣り合いだった。

その光沢を帯びた檻の中に、ブルーはいた。

「いたぞ!」

「よかった!」

「ブルー!」

四人とも叫び、囚われのブルーの檻に駆け寄る。

ブルーは変身を解いた状態で檻の中に仰向けに横たわっている。

「おい、ブルー! 大丈夫か?」

レッドの声かけにも、ブルーはピクリともしない。

「どうしよう……」

ピンクが心細い声で言う。

その声がきっかけだったように、レッドは鉄格子を掴むと、力を込めて左右に広げる。

「レッド、こっちに扉あるんだけど……」

ブラックが檻の左隅を指す。そこには胸の高さ程度の扉があった。鉄格子の途中が扉になっていたのだ。

ブラックの指摘を無視して、レッドが檻の中へ飛び込んだ。続いてピンクとグリーンも飛び込む。

倒れているブルーを抱きかかえたレッドは必死にブルーに呼びかけた。

「レッド。無駄だよ」

最後に入ってきたブラックは語りかけるように言った。

「ブルーはもう……死んでいる」



ブルーの死体を囲み、四人は沈黙を貫いていた。

その中、一人しゃがんでいるグリーンはブルーの体を調べている。

「体力が低下しているところに、何も食事を摂っていない状態だった、それが原因だ」

バイグリーンは、日常生活では医者として働いている。

ブルーの死因を調べていた。

「ブルーが捕獲されたときは、俺たちもボロボロだったからな。その状態で何も食わされなければ……エゴイズめ……」

レッドが憤り、ピンクは涙目でブルーのそばに寄り添っている。

バイブラックは檻の中を観察していた。

天井の照明は、通路にあったものと同じで、薄暗い。

岩肌に直接取り付けられているようだった。

周囲の壁と床は造られたもので、ブラックには鈍色に光って見えた。

憤っているレッドに向けてブラックは口を開く。

「レッド、あれを見てみろ」

ブラックに促され、レッドは素直にそちらへと顔を向ける。

「あれ……は?」

視線の先、檻の隅に銀色のプレートがいくつも並べられていた。

「薄暗くて見えなかったが……あれは食事か?」

グリーンも立ち上がりそちらに近づいた。

「食事がないわけではなかったのか……」

プレートに乗っている料理や乗りきらなかったのか、地面にひっくり返っているものもあった。

「美味しそう……パンケーキもあるぅ」

「こっちは焼き魚に……筑前煮? 和食の板前もそろえているのか?」

ピンクとグリーンは料理を物色していた。

「あんたら、どういう気持ちでここにいるんだよ」

「おい、待て」

二人の脇でプレートを調べていたレッドが声を上げる。

「中華は美味しいぞ。味付けは最高だ」

頭部だけ変身を解いたレッドの頭をブラックは叩く。

「あんたは馬鹿か? 毒物でも入っていたらどうするんだ!」

「そんなもの入っているはずないだろう! 皿は全てひっくり返っているけれど、プレートの上だから汚くはないし」

「そうじゃねぇよ。エゴイズのやつらが、ブルーを毒殺しようとしてたのかもしれないだろう?」

「確かに美味しいな」

「本当だぁ。マーボー豆腐美味しい」

ピンクとグリーンもレッドに続く。

「もう知らねぇぞ」

「ブラック、心配いらないぞ。ブルーは飢餓状態で死んだんだ。毒で殺されたわけではない」

ブラックの肩に手を置いてグリーンが諭す

「いやいや、違うだろう。毒が入ってるかもしれないって考えたから、ブルーは食べなかったんだ」

それにしても、とグリーンは腰に手を当てる。

「ブルー……なんでこんなことに」

表情は確認できないが痛ましそうな

「聞けよなぁ……」

ねぇ、とピンクが立ち上がる。

「なんでブルーは変身しなかったのかな?」

「それは俺も思っていたところだ」

ブラックは同意する。

「どういうことだ、ブラック」

レッドも立ち上がった。

「ピンクが指摘したとおりだ。ブルーは変身すれば良かったんだ」

「もっと分かり易く話してくれ!」

レッドが叫ぶ

「これ以上分かり易くならねぇよ。ああもう……お前はここにどうやって入ったんだ」

「お前こそ、どうかしてしまったんじゃないのか? あの鉄格子を広げて入りやすくしたんだよ」

「それだよ。変身すりゃ、抜け出ることは可能だったってことじゃねぇか」

レッドは腕を組んで唸る。

「ちょっとまだよくわからないが、要点をまとめると、変身すれば出れたんだな」

「頭がおかしくなりそうだ」

「ブラック、話を聞いてくれ」

グリーンが立ち上がって口元のソースを拭う。

「お前、しっかり食べてたな」

「昼がまだだったんだ。それより、君の言う事はもっともだが、変身してもブルーには出れなかったのではないか?」

「どういうことだ?」

「怪我をしていて、体力も低下していた。そんなブルーが、スーツを着用できたとはいえ、あの鉄格子を曲げるほどの力を出せたとも思えない」

ブラックは顎に手を当てて考える。

「確かに一理ある。瀕死の状態だったらそれも無理かもしれない。だが、まだここに連れられてきた段階ならば、まだ可能だったってことはないか? 医者としてどうだ?」

グリーンは喋り出そうとして、何かを思い出し、マスクを着用する。

「別にそこ、律儀にしなくても……」

「ヒーローとしての矜持だ。当たり前だ」

レッドは腕組みをする。

「俺、短い時間でお前のこと大嫌いになりかけてるよ」

それに答えることなく、レッドは満面の笑みで頷く。

「そんなこというなら、さっさとマスク付けろ!」

「ブラック、ちょっと真面目な話だから、良いか?」

「ふざけてるのがどっちかわかんねぇのか? それで?」

「やはり、ここに連れ込まれて間もない、今日が七日目とすれば初日であっても、鉄格子を変形させるほどの力はなかっただろう。個人差だが、腕を動かせるくらいがやっとだろうな。パワー型のレッドならまだしも、テクニック型のブルーなら尚更だ」

パワー型とかテクニック型とかは初めて聞いたフレーズだったが、ブラックは納得した。現にブルーが連れさられたときのことを思い出せば、納得せざるを得ない。

五人とも、ジャガーチェーンにボロボロにされたのだ。

ねぇ、とピンクが割って入る。

「ウェポンを使ったんじゃないかな?」

三人がピンクの方を振り向く。

「自力じゃ無理ってことならさ。文明の利器を使うって頭になるじゃん?」

「ウェポンか……。確かに力が足りないならそれを補う方法を……考えればいいってことか!」

レッドのこうした前向きな姿勢が、彼をこの集団のリーダーの地位に留まらせているのだろう。

「この鉄格子はウェポンで破壊することは可能なのか?」

グリーンが鉄格子の近くで観察していた。

「グリーン、やってみた方が早いって!」

レッドは固有ウェポンであるエンジンブレードを取り出し、腰を落として構え始めた。

「ちょ、ちょっとタンマ、レッド!」

ブラックが今にも切りかかりそうなレッドを制する。

「何を止めることがあるんだブラック。まずは実験検証が基本だろう?」

グリーンが詰め寄る。

レッドも、そうだぞ、と一言付け加える。

「いや、やってもらっていいんだけれどさ。レッド、お前の固有ウェポンじゃだめだ」

レッドは構えを解いて頭を傾げる。

「どういうことなの、ブラック」

ピンクも不思議がっている。

「忘れたのか? この行動をしたかもしれないのはブルーなんだぞ? あいつの固有ウェポンを忘れたのか?」

三人とも顔を、といってもマスクだが、を見合わせる。

「あいつ、そんなに影薄いのか? 戦闘中何度も見たことあるだろう?」

三人は、ああ、とか、うん、とか煮え切らない反応だった。

「ブルーが浮かばれないな。俺は忘れないようにしようって心から思ったよ。あのな、ブルーの固有ウェポンはサスペンションアロー、つまり、弓矢だ。固有ウェポンで鉄格子は切断できない」

再び顔を見合わせた三人は落胆した。表情が見えない分、悲壮感が生まれている。

「がっかりするなよ。固有ウェポンがダメって言ってるんだ。共通装備のイグニッションブレードだったらブルーも持ってる。それを使ってみてくれ」

「なるほど。そういう事か」

レッドは元気いっぱいに答えると、腰のホルスターに収まっている銃を取り出す。

「いや、レッドじゃなくて……ピンクがやってくれ」

「どうして?」

「体力の面を考慮してだよ。あまり優劣付けたくはないが、パワーの面では恐らく五人の中で君が最も下だ」

ピンクの隣でグリーンが大きく頷く。

「確かに、ヒーラー型の君がこの鉄格子を切ることができれば、ブルーも切断できた、ということになるだろう」

ピンクはヒーラー型だったのか、だったら全員の体力をすぐに回復してくれればよかったのに、とブラックは思った。

「というか、医者のお前はヒーラー型じゃないのかよ。だったら全員のタイプが気になってくるよ。残っているのは俺とお前か?」

「私はディフェンスタイプだ。固有ウェポンもホイールシールドだからな。君は……とにかくやってみよう」

「……はぐらかしやがった」

イグニッションブレードは、バイレンジャー全員が所有している武器で、通常は銃形態、イグニッションガンの形である。状況に応じて、剣と銃を使い分けるのだ。

ピンクはイグニッションブレードに変形させると、レッドが曲げ広げた鉄格子の脇に狙いを定めて、一閃を放つ。

金属同士が触れ合う音がしたかと思うと、鉄格子が四本ほど切断された。

「うおっ、お見事、素晴らしいねぇ」

レッドとグリーンは拍手でピンクを称える。

毎日幸せそうな三人は放っておいて、ブラックは考えた。

「これで、変身すれば確実にここから脱出することは可能だった、ということだな」

「そうだな。だが……そうなると、尚更ブルーが変身しなかったことが不思議でならない」

グリーンはブルーの体を見下ろしながら言った。

「壊せると思わなかったってことはないかなぁ」

のほほんとしたピンクの声で、悪気はないとはいえ、ブラックは苛立ちを覚える。

だが、それを検証しないといけないことは理解している。

ただエゴイズに怒りを向けて、ブルーの仇を討つだけでは、ブルーが浮かばれないとブラックは考えていた。

この理不尽な状況でブルーが命を落とさなければならなかった理由、それを知らなければ、自分が納得して打倒エゴイズ、とはならないとも考えていた。

それは自分だけではなく、ブルーのためでもあるはずだ。

少なくとも、と言ってブラックは鉄格子に近づき、入念に調べた。

「鉄格子に傷は見られない。つまりこの鉄格子を破壊する、という考えはなかったってことだ」

ブラックは振り返る。

「だけど、わかることはそれだけだ。壊せると思っていたが、グリーンの言う通り体が動かなかったのかもしれない。あるいは……他の理由があったのか」

グリーンが長考に入ったので、ブラックは足で調査することにした。

レッドとピンクは再びブルーに出された食事に興味が移ったようだった。

ブルーを閉じ込めた牢獄は、鉄格子の反対にある壁とその左右にも壁で囲まれている。

天井のみ、岩肌が見えている。

その端に監視カメラを発見した。

だが、壊されているようで天井から外れてコードだけでぶら下がっている状態だった。

制御室で砂嵐だったモニターに映っていたものは、この監視カメラの映像だったのだろう。

だとすると、破壊したのはブルーということになる。

「この岩肌の天井だったら壊せそうだな」

ブラックの横にはレッドが立っていた。

食べ物には興味がなくなったのだろう。

「出来るだろうな。でも無理だ」

「なんでだよ? 上からでもブルーは逃げれたってことだろう?」

「違うよ。ここは岩山に作られた穴だぜ? 天井を破壊したら、すぐさま生き埋めだ。つまり天井からの脱出は不可能。そっちの線は排除しなきゃならない」

「ブルーは気づいていたのか!」

なんでお前は気づかないんだ、と突っ込みたかったが、放っておいた。こっちが疲れてしまう。

ブラックは三方を囲む壁に近づく。

三方とも同じ材質で光沢があり表面が滑らかだった。

よく見れば、等間隔に数ミリの穴が開いていた。

学校の音楽室などで見られる吸音壁のようだった。

それは床も同じで材質や細孔も同様である。

不思議な材質だった。

変身していればこの壁すら破壊することは可能だろう。

だが、ここを破壊しても脱出できる目算がない。そちら側に空間があるという保証がない。

ならば、変身できたとしてもこちらを破壊する意味がない。

やはり鉄格子を破壊して脱出するしか道はないのだ。

結局振り出しに戻った形にはなる。

改めて、変身していなかったことの理由が重要になる。

この理由がわかれば、ブルーが考えていたこと、そして脱出する、という選択肢を取らなかったことの説明がつく。

ブラックは、初めてブルーの亡骸の元へと行き、ブルーの表情を伺った。

苦悶の表情ではなく、安らかな表情だった。

苦しまずに逝けたのだ。だが、きっと苦しかったはずだ。

身体の痛みと空腹、人生の最後がこんなことになってしまったのだ。

苦しくないわけはない。

なぜこんな表情なのだろう。

ブラックはブルーのことを思い出していた。

ブルーの職業は小学校の教師だった。

子供たちだけではなく、保護者や教員からも絶大なる信頼を置かれていたらしい。

エゴイズの侵略は時と場所を選ばない、だからいつでも学校を飛び出せるように信頼を勝ち取っていると都合がいいんだよ、そう笑顔でブルーはブラックに語ってくれたことがある。

にやけ笑いで皮肉っぽく言うブルーだったが、本心ではないだろうとブラックは思った。

そんな打算的な理由で信頼なんて勝ち取ることはできない。

実直でまっすぐな性格なのだ。

バイレンジャーとしての活動にもその性格が現れていた。

戦況をしっかりと把握し、サポートにも回れる。

ブルーがレッドだったらよかったのに、そんなことも考えたことがあった。

ブルーがいることでブラックは ちゃらんぽらんな奴らの中でも我慢できた。

「ねぇ、ブレスレット壊れちゃったのかなぁ」

ブラックの思考にピンクが割り込んでくる。

視線は左腕に嵌められている変身ブレスレットに注がれていた。

ブラックはゆっくり左腕を持ち上げてブレスレットを観察する。

ピンクの言う通り、その可能性もある。

見た目では壊れているようには思えない。

「よし、ブルーには申し訳ないが、この状態で変身させてみよう!」

癇に障るトーンでレッドが提案する。

「レッド、それは難しい、というより無理だ」

グリーンがブラックの隣にしゃがむ。

「忘れたか、このブレスレットは我々の生体反応が起動の鍵になっている。死んでいる人間が変身することはできない。おまけにDNA情報が登録されているから装着者本人しか変身できないし、外すこともできない」

「過剰な認証システムじゃないか?」

「レッド、同じことをシルバリオン星人から受け取った時にも言っていたぞ」

「そうか、亡くなっていたから発信機の信号も途絶えたんだな」

グリーンの指摘を無視するレッドを見て、こいつ天然じゃなくてバツが悪くなったとわかってるんじゃないのか、と思う様になってきた。

「破壊して調べることもできないのか? そうすればどの段階で信号が途絶えたかとか、何かわかることがあるかもしれない」

「レッド、それは無理だ。とてつもない攻撃や戦いを経験してきたが……見ろ、私たちのブレスレットには傷一つついてない。とても破壊できるとは思えない。それに分解を試みたこともあったが、どう頑張っても無理だった」

レッドはマスクの顎に手を当て、考え込んだ。

「分解? グリーン、そんなことしてたのか?」

ブラックの指摘にピクリとグリーンの体が強張った。

「そうさ。いいか、この技術は素晴らしいものだ。これからエゴイズのような異星人がいつ襲ってくるかもわからない」

手を大げさに広げて、三人に訴える。どこかわざとらしくブラックには聞こえた。

「だったらどうだっていうんだ?」

レッドも大げさに言う。

「異星人の技術を研究して応用できれば、我々だけでは賄えない範囲への攻撃をカバーできる。自衛隊とかしっかりとした訓練を積んだ人間に!」

牢屋内が静寂に包まれる。肩で息をしているグリーンの息遣いだけが聞こえていた。

グリーンがそんなことを考えていたのか、とブラックは見る目が変わった。

襲撃が広範囲になった時のことまで考えていたのだ。

「グリーン、わかった。申し訳なかった。だが、分解できなかったということだな?」

「ああ。イライラしてプレス機でも潰してみたが、無理だった。プレス機の方が耐えられなかったよ」

やはりこいつもどこかおかしいのかもしれない。

「ああ、もっと早く助けに来てあげられたら……」

ピンクが肩を落とす。

「ピンク、気持ちはわかるが悲しんでもブルーは帰ってこない。俺たちがするべきはエゴイズを壊滅することだ」

拳を握りしめてレッドが言った。

確かにそのとおりだ。

だからこそ、自分は伝えなければならない。

「改めて決意が固まったってところだな」

だが、とブラックは続けた。

その言葉に三人がブラックに注目する。

「俺たちはブルーに感謝しなければならない。こいつは……」

ブルーの顔を覗き込む。

「自分の命を削って、俺たちを守ったんだ」

三人はそれぞれ顔を見合わせた。



ブルーは、床に叩きつけられた。

もう痛みも感じられないし、全く体は動かない。

冷たい床だということだけが、かろうじてわかった。

重心を移動させながら仰向けになるが、同時にひどい痛みが体を走る。

天井の簡素の照明を眩しく感じる。その照明の奥に岩肌が見える。

岩山の中だろうとあたりを付ける。

どうやって四人に連絡を取ろうか。と考える。変身ブレスレットには発信機の機能があるが、仮に自分が命を落とすことになってしまえば、その信号も途絶える。

その場合は助けに来る必要もないか、と考え、すぐに考えを改める。

どんなときも最後まであきらめない、自分たちはその姿勢を人々に見せてきた。

あきらめるわけにはいかない。

「まったく粗暴で仕方がない。まともに考えられないのかね」

鉄格子の奥から声が聞こえてきた。

「うるせぇ。こっちも迎え撃たねぇと身が持たねぇ。五対一だぞ。ああ?」

その声は両方とも聞き覚えがあった。

一つはこんな体にした張本人、そしてもう一つは。

「やあ、バイブルーそんなところで痛々しいな」

鉄格子の間から顔を見せたのは、陸上自衛隊の花厨陸将だった。

「……は、花厨陸将、なんであなたが」

エゴイズに立ち向かっているのはバイレンジャーだけではなく、自衛隊も総力を挙げて対抗していた。

だが、現代兵器や戦法で立ち向かえる相手ではなかった。

花厨はしばらく沈黙だった。小さく溜息を吐いた後、口を開く。

「想像もできない、かな? まあ、君らのように絶大な力を手にしていれば、想像がつかないということも理解できるがね」

肩で息をしているブルーを鉄格子越しに見下ろしている。

「エゴイズの侵略は、それまで国を守ってきた我々が全く手に負えない事態だった。当たり前だね。未知の惑星からの侵略者だ。我々は相手にならないだろう」

隣でフンと鼻息を吐くジャガーノートが自慢げに腕を組む。

「ただし、エゴイズだけではなく、君らも現れた。よくわからん星人に力を貰って? その力でエゴイズの侵略を食い止めていた。たった五人で、だ。我々の立場がない」

花厨の表情は薄暗くてよくわからなかった。

「そこで考えた。君らが手に入れた力を我々が手に入れればエゴイズに対抗できる」

花厨は大げさに手を広げる。

「我々が使えれば、その守備範囲は日本全域に及ぶ。それにエゴイズだけではなく、近隣諸国も恐れる武力ともなり得るしな」

本音は後半だろう、とブルーは思った。

「だからってエゴイズに……魂を売ったのか?」

「何を言っているんだ? 我々は彼らにこの星から出て行ってほしいのだよ」

ジャガーチェーンの喉が鳴っている。

「俺らは人間が必要なんだ、お前らの脳みそが必要なんだよぉ」

牙を見せて笑う。

「だから我々は条件を提示した。私たちは君らの力が欲しい、彼らは人間を必要としている」

「いつものように人間を襲ってたら、いつもお前らが出てくるからなぁ。人間が集まんねぇんだよ。そしてら、こいつらがきて人間を用意してくれるっていうからよぉ。おかしいやつもいるんだなぁ。人間ってわかんねぇ」

ブルーの身体はまだ動かなかった。

「我々は彼らに手土産を用意した。それを持って地球を出て行ってもらおうとね。日本のすべての刑務所にいる受刑者たちを連れていって貰おうと考えた」

「受刑者だって人間だぞ!」

「そうか? 罪を犯して閉じ込めている人間だぞ? いなくなっても不利益にはならんよ」

「お前は……人間を何だと思っているんだ!」

花厨は無視して続ける。

「我々は君らの力が条件だった。だから今日、彼らに市民を襲ってもらい、君らが出てきたところで、攫ってここに連れてきてもらうことにした」

一歩進んで鉄格子に手をかける。

「この牢屋は、君らの力で簡単に破壊して逃げることが可能だ。自由に出て行ってもらっていい」

ブルーにはその意味が分からなかった。

「ただ、この鉄格子にはセンサーが組み込んである。その壁、床もだ。君が変身してこの牢屋で動いてくれれば、それだけでデータが取得できる」

ブルーは壁に床に目を移す。小さい穴の中にカメラやセンサらしきものが組み込まれていた。

「一つ誤算だったのが、君がこんなにボロボロの状態でいることだ」

花厨はジャガーチェーンを睨む。

「知らねぇよ。こいつが向かってきたからな。迎え撃っただけだ」

「好戦的な種は手に負えん……」

花厨が呟く。

「そんなこと……。話したのはミスだったな。だったら変身しなければいいだけだ」

「そうか。それでもいい。同じ部屋はいくつも作ってある。他のメンバーを拉致してそこにぶち込めばいいだけだ」

花厨の卑しい笑顔を殴りつけることさえもできない。それが腹立たしい。

「君がどうするかは自由だ。助けを呼ぶのも良し、自力で脱出するのも良し。といってもしばらくは動けなさそうだな。食事くらいは持ってこさせよう」

花厨は振り返ると、ジャガーチェーンと共に牢屋から去っていった。

「くそっ……」

この怪我と体力では変身したところで何もできないだろう。

「多分……無理だな」

ブルーは覚悟を決めた。

周囲を観察する。自分の牢屋の隅に監視カメラがある。これで監視しているのだろう。

「まずは……少しだけ体を動かせるように……」

倒れこんだまま目を閉じた。



五日ほど経過しただろうか。

体力は少し戻ってきたように思う。初日に倒れたままほとんど動かなかった。

その間も、誰かがはわからないが、食事を運びこんでいた。

三食出されているので、牢屋に食器が乗ったプレートが並んでいる。

三日目に少し体を動かせたから、変身ブレスレットを外し、天井にある監視カメラにぶつけて破壊した。

そのせいで牢屋内の様子がわからずに食事を運ぶ時間を利用して内部を確認しているのかもしれない。

変身なんてするものか。

それにしても、食事が乗っているプレートは回収すればよいのに、何をやっているのだろうか。

学校の子供たちだったら𠮟りつけているところだ。

ああ、また子供たちに会いたいな。

でも、ここで何とかしなければ、その子供たちの笑顔すらなくなってしまう世界になる。

それだけは嫌だ。

仲間たちは自分を探しているのだろうか。

きっとそうだと信じたい。

抜けているところもあるが、あいつが、ブラックが何とかしてくれるだろう。

あの四人でジャガーチェーンに勝てるだろうか。

いや、きっと勝ってくれる。

目がぼやけてきた。まずい。

そうだ。あいつらに伝えるべきことがあった。

花厨のことだ。

あいつが黒幕にいることを伝えなければ。

しかし、通信は使えない。文字を書くものもないし、書かれていたらあいつらが消すだろう。

視線を横に移すと、食事が手を付けずに並べられている。

もう腐っているものもあるかもしれない。

そのラインナップの中には、中華料理がいくつかあるようだ。

「……くだらねぇ」

だが、それくらいしかメッセージを残す方法が思いつかない。

身体を這ってプレートの方に近づくと、中華料理が乗っているもののみ、すべてひっくり返した。

ちゅうか、かちゅう、花厨。

これで理解できるかわからない。こんなのはメッセージとも言えないかもしれない。

だが、信じるしかない。

仲間を。ブラックを。あいつならわかってくれる。

ブルーはゆっくりと目を閉じた。

子供たちの笑顔を思い浮かべながら。

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轟音戦隊バイレンジャーの存在証明(仮) 八家民人 @hack_mint

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