呪われた王子と幸せにしたい少女
Nadi
第1話 大切なあなたに
「さ、どうかしら? アタクシが作ったそのからだは」
椅子に座っている少女は、ゆっくりと足を伸ばしては膝を曲げを繰り返してからだの調子を確かめた。
「魔法ってすごいね。まるで、もともとこのからだだったみたい」
「んふふ、でしょ? 誰にでもできるわけじゃないのよ。アタクシが、て・ん・さ・いだからよ!」
少女に傍らに立つカールした金髪の女性は自慢げに笑った。
彼女の魔法は確かにすごいものなので、少女はこくこくと頷いて素直に感心した。
「でも、いーい? まだ完璧じゃないからね? そのうち‥‥」
「うん、わかってるよ。少しだけでいいの。あの子が苦しんでいるのを助けられるだけの時間があれば十分だから」
「けなげねぇ~まっ、頑張って」
「ありがとう」
少女は、花のような笑顔を咲かせ、立ち上がり大切なひとに会うための一歩を踏み出した。
「ねぇ、知ってるかい? あの噂」
「あぁ! 知っているとも、化け物になった王子様だろう?」
「前はたいそう美しい方だったらしいけど、今じゃその影もないらしい‥‥」
「それに、あの薄気味悪い屋敷に閉じこもってるんだろう?」
「そうそう! 夜にあの屋敷から恐ろしい叫び声が聞こえてきたって‥‥もうすっかり獣になっちまったんじゃないのかい?」
「あぁ、恐いねぇ! そのうち娘や子供をとって食うなんてことがあったりしたら‥‥」
「こんにちは!」
人々の暗い井戸端会議を遮ったのは、透き通る明るい声だった。
一体誰だと声の主の方に人々が振り返ると、ここらで見かけない少女が立っていた。
「王子様がいらっしゃるお屋敷はあちらですか?」
「え、えぇ‥‥」
人々はその少女を見て、驚きで目を白黒させながら頷いた。
彼らが驚いたのは急にその少女が話しかけてきたからではなく、少女の奇妙な姿のせいであった。
「ありがとうございます!」
人々の物珍しげに少女を見る視線など関係ないとばかりに、少女は無垢な笑顔を見せた。
少女は、銀色のふわりとした髪をなびかせ、くるりと教えてもらった方向にからだを向けたが思い出したように、少しだけ振り返った。
「先ほどのお話しですけど、王子様はお優しい方ですよ。だから、悲しいことは言わないでくださいね」
そう言いながら少しだけ微笑むと、少女は化け物と呼ばれた哀れな王子がいる屋敷へと歩きだした。
取り残された人々は、一体あの奇妙な少女は何だったのかと顔を見合わせた
王子が暮らす屋敷は、装飾品は豪華ではあるが屋敷の窓は重苦しいカーテンで閉め切られて昼間でも暗く、陽ざしが通らないせいで屋敷の中は温度が低く、空気は淀んでいる。
掃除役がいないので、この広い屋敷は最低限しか掃除されずに蜘蛛の巣まで張っている。
この屋敷は、とてつもなく広いがそれに見合わない数人しか暮らしていない。
王子にその側役、料理長に屋敷の周りの庭に生える黒バラを世話する庭師、それとこんな陰湿な屋敷には似合わない音楽師だけだ。
「今日はどうだった?」
「少しは食べてくださったのだけど‥‥殿下のお好きなものを用意してもなかなかうまくいかないわ」
廊下で話しているのは王子の側役のコンゴウという堅物そうな面持ちの男性とふくよかで世話焼きの料理長のエレドナだ。
エレドナは、今日も腕によりをかけて食事を作ったが、半分も手を付けられていないのを嘆いていた。
「ふぅー‥‥どうしたらあの方の呪いは解かれるのかしら? 前はとてもお優しかったのに、どんどん荒んでいくのをこれ以上みていられないわ」
「あぁ、王様も王妃様も心から心配なさっている。このお心が殿下に伝わらないのが心苦しいな‥‥」
コンゴウは、手に持つ盆にのっている分厚い王子宛の手紙を見下ろす。
王子を心配する王と王妃の言葉が詰められた手紙と友人からの励ましが書かれている手紙だ。
「不憫でならないわ、王様も王妃様も‥‥殿下も‥‥」
「‥‥届けてくる。夕食の準備も頼んだぞ、エレドナ」
「もちろんよ」
コンゴウは、靴の音が響く、暗く冷たい廊下を歩く。
緊張した面持ちで扉を叩いた。
「‥‥‥入れ」
「失礼します」
コンゴウが扉を開くと、そこは廊下よりもいっそう暗い部屋だ。
暗い部屋の少し奥に、人専用ではない大きい寝台の上に人よりもずっと大きな影がうごめいている。
その影から鋭い二つの光がコンゴウに向けられた。
「殿下、お手紙が‥‥」
「何度言えばわかる‥‥そんなものはいらない。処分しておけ!」
その黒い塊が口を動かすと凶暴な牙がちらりと見える。
「ですが‥‥」
「ですが、なんだっ!? そこに書いてあるのは無駄な言葉ばかりだっ! それに何の意味があるというのだ? 二度と俺の前に持ってくるな!!」
黒い塊は暗い淀んだ声で怒鳴りつけ、凶暴な牙をむき出しにして唸る。
常人がそんな態度をみせられれば、腰を抜かして部屋から一目散に逃げだすところだ。
コンゴウは王子のことを幼い時から知ってはいるが、化け物の姿になってからは鋭く睨む目つきは凶器のようで、怒りを含んだ声は骨の髄からからだを震え上がらせる。
「申し訳ございませんでした。失礼します‥‥」
コンゴウは、深くお辞儀をして、手紙を持ったまま部屋をあとにした。
王子は起き上がり、奥の部屋に移動した。
その部屋にある割れた鏡に、狼のような顔に凶暴な牙を持った目つきだけで人を怯えさせる化け物の姿が映った。
「くそっ‥‥何故だ? 何故俺がこんな目に‥‥あぁ、全てが腹立たしい! 憎い!!」
割れた鏡を粉々になるまでさらに拳で殴りつけ、その拳から赤い血が滴る。
「くそっ‥‥」
化け物の琥珀色の瞳から涙がはらはらと流れた。
呪われた王子と幸せにしたい少女 Nadi @Nadi119
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