第4話 未来を考える彼女

 麗と和臣はある神社へ散歩するのが日課になっていた。

 この神社は周りよりも魔素を多く感じることがわかったのだ。

 それでも微々たる量なのだが、日々体に溜め、一ヶ月に一度程度はごく初歩の魔法が使えるようになった。

 マッチで火を付ける程度のことなので、実用にはならないが、麗が魔女であることを和臣が信じるには充分だった。


 麗は家事を覚え、野良仕事を一緒に行った。

 体力も筋力も以前からすると見違えるほど向上し、今や和臣の欠かせないパートナーとして活躍している。


 ある年の春、その神社にある桜が満開を迎えていた。

 堂々たる垂れた枝が二人を囲むドームを作っていた。

 和臣が手を差し出し、所謂恋人繋ぎで麗はそれを握り返す。


「麗、俺と結婚してくれないか」

「今更ですか──随分長かったですね」


 麗には戸籍がないから正式な結婚はできない。

 それでもずっと一緒にいたいとどうしても伝えたかった。

 

「麗が向こうの世界へ気兼ねなく帰れるように我慢してきたつもりだったんだが──情けなくてごめん」

「ずっとそのつもりでしたよ」


 お互い頭を下げて、夫婦として歩み始めることが決まった。

 とは言え、たった一つを除き、何かが変わった訳ではない。


 今まで麗と別々だった寝室が一つになっただけだ。




「お昼ができました」


 麗の呼びかけに和臣は仕事の手を休め、畦道にレジャーシートを広げた。

 今日のメニューは梅干しのおにぎりと『緑のたぬき』。


 カップ麺は麗がこの世界で最も感動した食べ物だ。お湯を注ぐだけで食べられるものがあるなどと想像したこともなかった。

 魔法は便利でも、それを使いすぎると文明は進歩しないとつくづく思い知らされたことを片時も忘れなかった。科学の奥深さを身に浸みて感じたのだ。


 田植え機に乗り、鏡のように水を張った田んぼで稲を植えていく。

 麗の世界だと植えているイメージを作ればあとは勝手に苗が田んぼに飛んでいったのだが、これ程綺麗な直線では植えられていなかった。もちろん収穫量も低い。


「むしろこの世界の方が魔法使いが沢山いるみたい」


 田植え機だけではない、トラクター、コンバイン、草刈り機・・・・どれも魔法よりも効率が良く、綺麗に仕事をこなしていく。収穫量も格段に多いし、味も食感もまるで違う。

 それらを縦横に使えるようになった今、二つの世界が合わさればどれほどのことができるのだろうと想像が広がる。たとえ叶わぬことだとわかっていても、いつその時が来ても良いように自分は頑張ろう。それが日々の原動力になっている。



 ある日、テレビに遠い国の景色が映った。

 画面越しにも大量の魔素がそこにあることがわかる。

 いつかそこに行けば、自分の理想が叶うかも知れない。


 そんな日が来ることを考えていると和臣から「いつかそこに行こう」と提案があった。

 彼に魔素の存在がわかるはずはないので、純粋に観光のつもりで言ったのだ。

 それでも麗は以心伝心ができているようでとても嬉しかった。長い期間の繋がりがどこかで思考まで共有できるようになっていたのかも知れない。


「うん、絶対に行こうね。約束だよ」


 とびきりの笑顔で返事をした彼女は、和臣と小指どうしを絡めていた。


「もちろん」


 和臣も笑顔で頷いた。

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魔界よりも魔界らしい場所とは ~降ってきた彼女が見たもの~ 睡蓮 @Grapes

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