第9話 目に映るもの
ペラさんとの訓練というなの地獄の日々も一ヶ月は経とうとしていた。
最近は動きを目で若干追うことは出来る様にはなってきたものの未だ片手間に遊ばれている状態だ。
「才能ないのかな......」
確たる進歩も無く毎日一方的にボコられていると心も折れそうになるというものである。
「ドウシタ? モウヤメルカ?」
普段は異様な無口なペラさんが珍しく話し掛けてきた。
「いや、余りの自分の不甲斐なさに情けなくなってまして」
あはははと渋い顔で苦笑いをする。
「オレハアマリハナスノハトクイジャナイ」
ペラさんはそう断った上で自身の話を聞かせてくれた。
要訳するとこうだ。
産まれたのは魔境の様な土地。周りには誰も居なかった。
気付いたらそこに立っていたらしい。
自我というか自意識も曖昧でただフラフラと彷徨っていたらしい。
魔物は正に弱肉強食の世界で弱いものは直ぐに死ぬ。
少し強いものも更に強いものに殺される。
強いものだけが生き残り弱いものは生き残れないただただ力だけが全ての世界なのだと。
ペラさんはたまたま運が良かったのか強い魔物には出会わずそれに長い時間山を彷徨っていたらしい。
ハッキリとした自我は無かった為、ただ弱いものは自分の餌という認識しかなかったと思っていたようだ。
日々が退屈とか同じ事の繰り返しとかそういう認識は魔物には薄く毎日決まった様に同じ動き同じルーティンを繰り返し生きていると言っていた。
そんな日々の中でたまたま出会った自身に対する絶対的な捕食者に出会い本能で山脈を転がり落ちる様に下りこのエンデュミオン領に半死半生で辿り着いた様だ。
エンデュミオン領に辿り着いて彷徨っていた所でキングデスベアーやベヒーモスが闊歩している姿を見て流石に諦めたようだ。
そんな時に父上に出会ったらしい。
「ドンナホショクシャヨリモオソロシイモノダトオモッタ」
父上は魔物よりも恐ろしいらしいですよ?
我が父ながら魔物にすら恐怖を抱かせるってどうなんだろうと少し不安にもなるという物である。
ペラさんはこの時に初めて明確な自我を感じたと言っていた。
ただ自分はここで死ぬという本能の様な物だったらしい。
初めて明確な自身の意識の中で死を覚悟したもののどうやら父上はそのまま手を下すことはしなかったようだ。
只一言、強くなりたいならこの領地を見て回るといい。
そう言って立ち去って行ったらしい。
父上からすればゴブリン一匹始末するのはいつでも出来るのでただ面倒臭かっただけのような気もしないでもないが。
その後ペラさんは初めて自分の意識でこの領地を巡り色々と見て回った様だ。
幸い自分より遥かに格上の魔物ばかりだったが何故か襲われる事は無かった様だ。
その理由は父上がゴブリンを襲うなと厳命していた様だがその時の事をペラさんはその時は知る由もなかった。
領地を見て回っている中で今まで意識すらしてこなかった風景や周りの魔物をしっかりと認識する事で自分もこの領地の中で強く生きていきたいと感じたと思ったようだ。
それからは見様見真似で領地の作業に勝手に参加している所を再び父上に見つかりこの領地で生きていくなら強く在らなければならないと言われデスベアーやベヒーモスに挑んでは軽くあしらわれ時には半殺しにされながら今に到るようだ。
「オマエハハジメカラメグマレテイル。」
ペラさんに言われたこの一言が折れかけていた心にスッと染み込んだ気がした。
そうだ、前世が嫌で自殺までして僕は逃げ出したのだ。
まだ、何か出来たことや努力も出来たかもしれなかった。
やる前からすべてを環境のせいにして僕は逃げたのだ。
またこうやって直ぐに駄目だからと勝てないからと逃げるのか?
自問自答する。
「ヤメルカ?」
そんな僕の心を見透かす様にペラさんは僕に訪ねてきた。
「何を言ってるんですか、今から初めましょう。まだまだ僕も強くならないといけないですからね。」
「ソウカ、ナラハジメヨウ」
「はい! お願いします。」
ペラさんは多くを語ることはない。
本来なら自身がまだまだ強くなりたいのにこんな僕に付き合ってくれている。
僕はまだまだ弱い。それでもこの人を失望させてはいけない。
折れるのは全てを本当にやり終えてからにしようと決めた。
「もう僕は逃げない!」
声に出す必要はないけど誰かに聞いて欲しかったのかも知れない小さな決意
「サァ、コイ アストラル。」
この時初めて相手として僕はペラさんの視界に映ったのだろう。
その後も何度も何度も吹き飛ばされはしたが、僕はこの訓練をいつまでも続けたいと初めて思ったのだった。
ヴァーミリアン・エンデュミオン辺境伯家の華麗なる日常 @kwkek
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