サンタクロースクライシス
彰くんのパパには、一つ気掛かりなことがありました。
それは、彰くんがなかなか欲しいものを切り出せずにいたので、タイミング的に入手が難しいかもしれないということです。
これがナンバーワンサンタだったら、強力な魔法で彰くんのプレゼントを用意するのも簡単なのでしょうが、彰くんのパパはランクの低い五次請けサンタなので、少ししか魔法が使えません。
ですから、彰くんのパパサンタは、プレゼントをお店で買うのです。ですが、変身ヒーローのベルトは人気商品なので、品切れの可能性が高いのです。
パパは万が一、手に入らなかった時のために、彰くんに念を押しておくことにしました。
「どこも売り切れみたいだから、手に入れるの難しいかもしれないよ。その時は別のプレゼントで我慢しようね」
「うん、わかった」
予想外に聞き分けの良い返事だったので、パパは、ほっとしました。
パパが気掛かりだった品薄状態は、パパが思っていた以上に深刻な状態でした。
定価よりも安く買える大型の家電量販店で完売なのはもちろんのこと、一般の大型スーパーやデパートなどの定価販売のお店でも軒並み完売。更に、市場に品薄な上、欲しい人が多いことに目をつけた転売屋が、元々品薄だというのに買い占めていたのです。
ネットには子どもが欲しがっているのに手に入らないと悲痛な書き込みや呟きが溢れていました。
目ぼしいお店をあらかた回って完売状態を見せつけられてしまったパパは、「ヤバい、どこにもない!」とママに連絡しました。
「あきら、サンタさんのプレゼントの話、パパに話した?」
「うん、パパにお話したよ」
「なんてお話したの? ママにも教えて」
「あのね。ぼくね。パパに変身ヒーローのベルトが欲しいって言ったの。そしたらね、よーしって。サンタさんと一緒に探してくれるって」
彰くんは、パパががっかりしなかったことでご機嫌です。
「パパ、なにか言ってた?」
「うん、手に入らないかもって」
ママは彰くんがきちんと理解してくれているのを確認して、少しほっとしました。が、次の一言で凍りついてしまいました。
「でも、サンタさんなら大丈夫だよ」
確かに。確かに、ナンバーワンサンタだったら大丈夫でしょう。でも、彰くんのパパは、そこまでの魔法は使えないサンタなのです。
彰くんがサンタさんに全幅の信頼を置いているとママから報告を受けたパパは焦りました。
――マズイ。これは非常にマズイ。五次請けとはいえ、サンタクロースはサンタクロース。サンタクロースのあの高名な名を預かる者の一人として、これは沽券に関わる問題だ。
そうです。これはパパ一人の問題ではないのです。サンタクロースの大ピンチです。
次の一週間、パパはそれこそ死にものぐるいで奔走しました。完売状態と知りつつも、店をまわり、僅かでも入荷してないか、せめて次の入荷予定が分からないかと駆けまわりました。ママもあちこちのおもちゃ屋さんや、おもちゃを取り扱うお店に電話をかけまくって在庫がないか調べまわりました。
そうとは知らない彰くんは、アドベントカレンダーをめくって、中のお菓子を取り出しながら、早くクリスマスが来ないかと心待ちにしています。
パパサンタもママサンタも、生きた心地がしませんでした。転売屋の吊り上げたネットオークションの価格は、日に日に上がっていき、初値で既に定価の2倍を超えはじめていました。落札価格は3倍。
ですが、パパは転売屋を憎んでいましたし、駆逐すべきとの堅い信念を持っていましたので、転売屋から高い値段で購入するなどという考えはありませんでした。
通販ショップもやっていることは転売屋と大差ありません。需要が勝っていて流通している品数が少ないとみれば、高値で推移し続けるようにと、出し渋りました。
メーカーの生産量が回復するのは、一月に入ってから。これではクリスマスに間に合いません。
彰くんのパパ同様、何とかクリスマスプレゼントに変身ベルトを確保したい親たち、特別なサンタたちが、量販店の入荷情報を聞きつけて、前日の深夜からシャッターの前に並びます。その中には、憎きあの転売屋も居ます。
ネット掲示板やツイッターの情報は、たいてい何とか自分の分を確保する事に成功した人が安堵と共に発信するため、これを見てから動いていても間に合いません。
なにしろ、始発早々乗り付けた人でさえ、入手できない有り様なのです。
通販価格、オークションの落札価格は、更に高騰していきます。あまりに異常。あまりに不条理。
たまに大手の通販サイトで定価販売していると情報が流れてきましたが、それを聞きつけてから見に行っても「在庫なし」。
彰くんのパパは、
※ ※ ※ ※
「もしかしたら、今日は入荷しているかもしれない」
そんな期待を抱きながら、何度も同じ店に足を運びました。ですが、返ってくるのは「申し訳ありません」「完売しました」「次回入荷は未定です」ばかり。
彰くんのパパは、もう手に入れらないんじゃないかと、気持ちが負けそうになってきました。
「クリスマスイヴに向けて、ますます値が上がっていくだろうから、いっそ今からでも転売屋から買うべきか?」
そんな風に、彰くんのパパの心に隙が出来る度に、
「いいや。サンタクロースを信じる子どもたち、その夢に答えようとする親たち、特別なサンタたちを喰い物にする転売屋なんかに、びた一文やるもんか!」
と、そう思い直して、入荷情報の多い週末に向けて、再び情報収集を行うのでした。
焦り。怒り。……そして悲しみ。
彰くんがサンタクロースの魔法の力を信じている限り。彰くんが信じるサンタクロースからのプレゼントを望む限り。サンタクロースはサンタクロースであり続けないといけないというのに……。
🎄 🎅 ⛄
彰くんを担当するサンタは、パパサンタだけではありませんでした。彰くんにはグランパサンタという強力な味方もついていました。
グランパサンタは地方の都市部に住んで居ましたが、やはり周辺のおもちゃ屋さんは軒並み完売だったようです。
しかし、二つも県を越えた田舎のお店に在庫がある事を聞きつけて、わざわざ車を飛ばして買ってきてくれました。
現代のトナカイの橇は宅配便です。この方が早く確実に届くので。
グランパサンタから届いた小包を受け取った彰くんのパパは、目頭をうるうるさせながら喜びました。
これでサンタクロースとしての務めを果たすことができます。
――やっぱり、サンタはいるんだよ。
彰くんのパパは、このささやかな奇跡に感謝したのでした。
※ ※ ※ ※
いつか彰くんは気がついてくれるでしょう。一度、サンタクロースなんて居ないと
いつか彰くんは気がついてくれるでしょう。自分が、どれ程の愛情を受けていたか、どれ程の優しさに包まれていたか。そして、欲しかったプレゼントが枕元にある幸せには、そんな愛情と優しさがいっぱい詰まっているのだということに。
メリークリスマス!
サンタクロースクライシス 潯 薫 @JinKunPapa
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