ツネ子ちゃんとカツオブジ

和響

ツネ子ちゃんとカツオブジ

 昔々、あるところにツネ子ちゃんと言う女の子がいました。ツネ子ちゃんはふさふさした尻尾と、お耳が三角のとっても可愛い女の子でした。


 ある日のお昼過ぎ、ツネ子ちゃんはお母さんのお使いでお里にお買い物に出かけました。


 「今日のお買い物は、大根と、人参と、カツオブジ、ん?カツオブジってなんだっけ?」


 見たことも聞いたこともない初めての名前『カツオブジ』

 

 ツネ子ちゃんはお母さんから渡された紙を見て、しまったと思いました。わからないことがあったら出かける前に聞いてねと言われて紙をもらったのに、はーいと返事をしただけで、ちゃんと中身を確認していなかったのです。


 ツネ子ちゃんは家からもうだいぶ歩いてきてしまい、目的地のお里はもうすぐ目の前です。ツネ子ちゃんは考えました。


 「いま家に帰ったら、夜ご飯に間に合わなくなっちゃうな。よし、誰かに聞いて何とかしよう。カツオブジ、カツオブジ、誰か知ってる人いるかなぁ」


 お里についたツネ子ちゃんは、最初に八百屋さんに行きました。八百屋さんは耳の長い丸い尻尾が生えているご夫婦がやっています。ツネ子ちゃんがお買い物に行くといつもちょっとだけおまけしてくれます。ツネ子ちゃんはおまけしてもらったお釣りでこっそりお菓子を買うのがお楽しみのひとつです。


 「ツネ子ちゃんえらいねぇ、お母さんのお使いかい? 」

 「うん。ねぇねぇ八百屋のおばちゃん、『カツオブジ』って知ってる?」

 「かつおぶじ? なんだいそれは? 」

 「お母さんからもらった紙にカツオブジって書いてあるの。」

 「かつおさんが無事かどうか知りたいのかねぇ、ちょっとお父さん、かつおさんなんて名前この辺りにいたっけね? 」

 「あぁ? かつおさん? いたっけな? ちょっとうちではわかんないから、酒屋さんで聞いてみたらいいよ。あそこの奥さんウワサ好きでお里のことなら何でも知ってるから。」


 ツネ子ちゃんはお釣りをもらって、すぐにでもお菓子屋さんに行きたい気持ちをぐっとこらえ、酒屋さんに向かいました。酒屋さんには行ったことがないので、ちょっとドキドキします。


 「ごめんくださーい。」とツネ子ちゃんが酒屋さんをのぞき込んで声をかけました。酒屋さんにはキラキラしたいろんな色のボトルが並んでいて、きれいだなと思ってみていると中から、まあるいお腹をして目の周りがちょっぴり黒い奥さんがでて来ました。


 「はーい。あら? キツネの子じゃないかい。うちは子どもにはお酒を売れないよ、悪いけどおかえりなさいな。」

 「違うんです。八百屋さんのおじちゃんが、酒屋の奥さんはウワサ好きでお里のことは何でも知っているから、聞いて来てごらんって教えてくれてやって来たんです。」

 「あらやだ。ウワサ好きだなんて、もうあの親父ときたら自分の方こそ長い耳しちゃっていろんな話盗み聞きしてるくせにさっ。まぁ、いいや、で、なんだい? 聞きたいことって。」

  

 ツネ子ちゃんはかつおさんのことを聞きました。ない首を捻りながら酒屋の奥さんは、かつおさんって名前ならお里の外れのあばら屋に住んでるよ、でももう死んじまったかもしれないねぇ。だいぶお年のおじいちゃんだったから。と教えてくれました。ツネ子ちゃんは急いであばら屋に向かいました。


 木でできたあばら屋はところどころ穴が開いていて、誰かが住んでいる気配がありません。木枯らしがヒューッとツネ子ちゃんのヒゲをなでていきました。ツネ子ちゃんは怖くなって来ました。でも、ツネ子ちゃんは勇気を振り絞ってあばら屋の中に声をかけました。


 「ごめんくださーい。かつおさんいますかー?」


 返事がありません。


 「ごめんくださーい。かつおさんいますかー?」


 もう一度ツネ子ちゃんは中に向かって呼びかけました。

 すると、ガタガタっと物音が中から聞こえます。

 ビクッと尻尾を丸めたツネ子ちゃんは、恐る恐るもう一度声をかけました。


 「かつおさーん? いるんですかー?」

 

 ガタガタゴトゴトッ!バタン!


 扉が音を立ててツネ子ちゃんの足元に倒れ、びっくりしすぎてぴょんと飛び上がったツネ子ちゃんの目の前に、真っ白な長い髭をたずさえたおじいさんが現れました。


 「ニャンだお前は。」

 

 「あなたがかつおさんですか?」

 

 「いかにも。まだワシを訪ねてくる奴がおるとはびっくりしたものだ。」

 

 「お母さんがかつおさんが無事かお使いを頼まれたんです。」

 

 「わしが無事かどうかかにゃ?」

 

 「はい。」

 

 「まだわしの無事を心配してくれるものがおったとは驚いたもんだ。お前のお母さんは何歳じゃ?」

 

 「多分、36歳くらいだったかな・・・・」

 

 「ふん、若いな。ワシは今年で150歳じゃ。にゃんでそんな若い女狐がワシのことを心配しているんじゃ?」


 「そんなこと知りません。」


 「にゃんじゃ、お前は知らないことを聞いて知ろうとは思わんのか。理由も知らないくせにこんなへんぴなところまでワシを探しに来たのか。」


 「だって、お使いだから。」


 「もうちょっとで無の境地に達するところだったのに。ワシの化け猫計画の邪魔をした罪は重いぞ。」


 「化け猫計画?」


 「そうじゃ、化け猫計画じゃ。お前たち犬科にはそんな芸当はないじゃろうがな、猫科はそう言う不思議な能力があるんじゃ」


 かつおさんは、自分たち猫は無の境地に達すると化け猫になれるんじゃと教えてくれました。150歳ならもうすでに化け猫じゃないのかな? とツネ子ちゃんは思いましたが、怒られそうなので、言わないでおきました。


 「もうあと一歩のところまで来ておったのに、お前が邪魔をしたんじゃ。惜しいことをした。またいちからやり直さねばならぬ。」


 「いちから?」


 「そうじゃ、いちからじゃ。まず一番に自分の好物を食べる。その後は、会いたい猫に逢いに行く。そしてその後は、やり残したと思うことをやり尽くす。そうしてやっと、この小屋に戻って来て、無の修行をするんじゃ。」


 かつおさんはツネ子ちゃんに邪魔をしたつぐないとしてかつおさんの好物を持ってくるように言いました。


 「ワシは赤いきつねが大好物なんじゃ。」


 「赤いきつね!? 私を食べるってことですか?」


 「お前は赤いきつねも知らんのか、最近の若いもんは赤いきつねを食べたことがないのか?」


 かつおさんが言うには、『赤いきつね』とは、カツオのお出汁がふわっと香る大きな油揚げの入ったうどんで、お湯をかけるだけで直ぐに食べられる魔法のようなうどんだとツネ子ちゃんは教えてもらいました。


(大きな油揚げにかつお出汁がふわっと香る・・・・なんて美味しそう!私も食べてみたい!)


「赤いきつねは、ワシが昔若かった頃、愛する妻が作ってくれたんじゃ。もう一度食べてみたい。最後に食べたのは、もう何十年も昔じゃ。食べるときっとまた妻に会える気がするんじゃ。あの美しい黒猫の妻に。」


 ツネ子ちゃんは困りました。赤いきつねを食べさせてあげたいけれど、そんなものはどこにもありません。かつおさんが無事と言うことは分かったので、ツネ子ちゃんは一旦家に帰ってお母さんに相談してみようと思いました。


 必ずまたくるからね待っててくださいと、かつおさんに言い残し、ツネ子ちゃんは急いで家に帰ってこのお話をお母さんにしました。するとお母さんが言いました。


 「かつおさん? 何のこと? え? ツネちゃんこれ、水しぶきが飛んでシミになってシがジになってるわ。買って来て欲しかったお使いは『カツオブシ』よ。」


 どうしましょう。ツネ子ちゃんは勘違いをして、カツオブシを買わずに、かつおさんを見つけて、そして化け猫計画の邪魔までして、さらにさらにみたことも食べたこともない「赤いきつね」を持っていく約束までしてしまいました。

 

 お母さんは、これはもう作ってみるしかないわね、と、妙にやる気になって台所に立ち、シュッシュと鰹節を削り始めましたが、もう小さくなった鰹節は上手に削れません。あぁ、もうこうなったらと鰹節を粉々にして、お出汁をとり始めました。ふわっといいカツオと昆布の香りがツネ子ちゃんの鼻をくすぐります。

 次におうどんを茹で始め、お揚げをふんわり炊き上げました。試食ねと言って食べたおうどんは今までツネ子ちゃんが食べた事ないくらい美味しくて、丼のお汁の最後の一滴まで飲んでしまいました。


 「でもこれをどうやってかつおさんのところまで持っていこう?」


 心配そうなツネ子ちゃんにお母さんは、大丈夫! 私に任せなさい! と言って、うどんを油で揚げカリカリにしました。その上にはみ出すほどの大きなお揚げを乗せて、お出汁を水筒に入れました。


 ツネ子ちゃんとお母さんは急いでお里の外れのあばら屋のかつおさんの所に向かいました。お出汁が冷める前にお届けしなくてはいけません。

 あばら屋に着くと、かつおさんに声をかけました。


 「かつおさーん、赤いきつね作って来ましたよー」


 ところが中からは返事がありません。どうしたのでしょう?

 キツネの親子は中を覗き込みました。


 「あっ!」


 そこには、「名物!大好評!赤いきつね」と書いてあるうどん屋さんの真っ赤なのれんと、かつてうどん屋さんをしていた若き日のかつおさんが美しい黒猫の奥さんと仲良く並んで笑っている写真がありました。


 「ワシの願いはもう一度赤いきつねを食べる事じゃった。ワシの願いを叶えるためにお前たち親子が頑張ってくれているのを見れて嬉しかったぞ。そののれんはお前たちに譲ろう。やっと愛する妻のもとへ行ける。さらばじゃー。」


 と、どこからか声が聞こえた気がして、キツネの親子は顔を見合わせました。やはり、150年も生きたらすでに化け猫だったのかもしれません。


 それからお里の近くの峠には、「名物!大好評!赤いきつね」ののれんがかかったうどん屋さんができました。毎日毎日お客さんが来てキツネの親子は大忙しです。時々ふっとツネ子ちゃんは思い出します。あの化け猫のかつおさんは、この赤いきつねを受け継いでくれる人を待っていたのかな、と。



 


 


 




 

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